第7話~ダンジョン その隠し部屋~

 最初の依頼を受けてから1か月経った。


 この1か月で俺たちはDランクに昇進した。おかげで多少難易度の高い依頼も受けられるようになった。


「今日も大量だな」

「はい、旦那様」


 俺たちは依頼を完了して帰還中であった。


「ゴブリンは倒すよりも探す方に時間がかかったな」

「本当に大変でしたね」


 本日の依頼はゴブリン30匹の討伐(Dランク依頼)だった。討伐自体は難しくないが、数が30匹ともなるとさすがに探すのに手間取ってしまったのだ。


「おかげで、森の中や川の近くまで出張る羽目になりましたね」

「まあ、でも副産物もあったしな。それで満足するしかないさ」


 俺は背中のリュックに目をやる。


「オーク2匹とビッグアリゲーターが3匹だ」

「いい儲けになりそうですね」

「まったくだ」


 依頼はきついがその分稼げた。俺たちは十分満足した。


★★★


「そろそろダンジョンに挑戦しようかと思う」

「ダンジョンですか」


 夕食の時間になって俺はエリカにそんなことを提案してみた。


「俺たちもDランクにランクアップしたし、何より戦闘力が上がっただろう。そろそろ次のステップに上がるべきじゃないかと思うんだ」


 俺たちはこの一か月の間にかなり強くなった。


 俺の剣技は実戦を経て磨きがかかったし、エリカは魔法の鍛錬と実践を重ねその精度と威力を上昇させ、使える魔法の種類も増えた。


「ギルドで色々聞いたんだけど」

「ギルド?ああ、あそこの酒場に行った時ですか」

「ああ、そうだ」

「そういえば、旦那様周りの人に色々聞いていましたね」


 エリカの言う通り俺はこの前ギルドの酒場に行ったとき、飲み食いのついでに冒険者に色々聞いてきたのだった。

皆酒が入って饒舌になっていたのか、それはそれは詳しく教えてくれたのだった。


「お酒っておいしいですよね。また飲みたいです」


 エリカが酒の味を思い出したのか、ゴクリとつばを飲み込み、満面の笑みを浮かべる。

 ちなみにこう見えてエリカは酒豪だ。俺がエール3杯でダウンしたのに10杯飲んでも顔色一つ変えずに飲んでいたくらいだ。


「じゃあ、また今度行こうか。……それはそうとしてダンジョンの話だったな」


 話が少し脱線したが、俺は聞いてきたことを話し始めた。


「ダンジョンって聞いていたよりも稼げるらしい。ダンジョンには鉱石の塊とか露出してたりするんだけど、一度取ってもしばらくしたら復活したり、ほかの場所に突然露出したりするらしいんだ」

「鉱石がですか。薬草ならまだわかりますが、どうなっているのでしょうか」

「それだけじゃない。宝箱も同様で、一度取ったと思っても中身が復活してたり、突然新たな宝箱が出現したりもするらしい」

「それは。もう何が何だかわかりませんね」

「まあ、そうなんだが冒険者には好都合さ。ただ、それだけでもない」


 確かにダンジョンは稼げる可能性もあるが、その分リスクもある。俺はリスクの方の説明を始めた。


「モンスターの数がおかしいらしい。どう考えても居住可能なはずの数を超えた魔物が出てくるという話だ」

「居住可能数より多い?普段その魔物たちは一体どこにいるのでしょうか」

「さあ?どこかに集落があるわけでもないだろうしな。ただ、言えることは思わぬ危険に遭遇することがあるってことさ。現に突然魔物の大群に囲まれてパーティーが壊滅。一人だけ命からがら逃げてきたなんて事例もあるらしいからな」

「まあ、それは怖いですね」

「そうだけど、怖がってばかりもいられないだろ。みんなその恐怖を乗り越えて頑張っているんだ。俺たちも頑張らないとな」

「そうですね。私、旦那様が行くとおっしゃるのなら、どこまでもついていきます」

「よし、その意気だ。じゃあ、明日早速行ってみるか」

「それは無理ですよ」


 何とエリカが断ってきた。予想外の答えに俺は拍子抜けする思いだった。


「何を驚いているのですか、旦那様。前々から、『私は明日用事があります』って言っていましたよ」

「そうだっけ」


 そう言えばそんなことを言っていたような気がする。うかつだった。すっかり忘れていた。


「そうです。なので、明日はいろいろ予約を入れているので無理です」

「そっか」


 そうは言ったものの本当どうしようか。明後日でもいいといえばいいのだが、モチベーションはだだ下がりだ。

 せっかくのやる気が失せて、行かなくなる可能性もある。


 よし、決めた。


「仕方ない 一人で行くよ」

「一人で大丈夫ですか」

「雰囲気を確かめに入り口辺りをのぞいてみるだけにするから、心配はいらないよ」


 本当に全然心配などいらないのだ。大した事など何も起こらないのだから。


 この時はそう思っていた。


★★★


 次の日の早朝、俺は家を出た。


「旦那様、やはり私もついていきましょうか」

「大丈夫さ。それよりもいろいろ予約を入れてあるんだろ。約束を破るのはよくないからそちらに行きなよ」


 エリカが昨日からずっと不安を口にするので、安心させようと俺は行ってきますのキスをした。

 しばらくすると、エリカも落ち着いたのか何も言わなくなった。


「じゃあ、行ってくる」

「行ってらっしゃいませ」


 家を出ると、まずギルドに寄った。


 朝のギルドは新しい依頼の張り紙を待つ人でいっぱいだった。依頼の受注は早い者勝ちだ。良い依頼からなくなる。

 皆稼ぐために必死なのだ。


 そんな人たちを横目に俺はカウンターに向かった。


「リネットさんはいないのか。いたらアドバイスをもらおうと思っていたのに」


 仕方なく、俺は別の人に声をかけた。


「すみません。『希望の遺跡』の地図って置いてありますか」

「はい、1階から最深部の10階まであります。それぞれ銀貨1枚です」

「では1階のをください」


 俺は地図を買うと、ダンジョンへと向かった。


★★★


 ダンジョンの入り口は大理石でできていた。


「でも、なんか青いな」


 ダンジョンが青く光っていた。魔力の影響だという説が有力だが詳細は不明だ。

 入口の扉の横のガーゴイルの石像なんかが青く光っているのは非常に不気味だった。


「さて、行くぞ」


 パンと自分の頬をはたいて気合を入れると、中に入る。

 中は暗かったので、ランタンに明かりを灯した。俺の周囲4,5メートルくらいが見えるようになる。


「これならいけるな」


 俺は歩き始めた。


「おっ、聞いた通りだな」


 早速獲物を見つけた。鉄の鉱石だった。持ってきたつるはしとスコップで掘り出した。

 鉱石の周囲の土は柔らかく、簡単に取り出せた。


「これで銀貨2枚は固いな。儲け、儲け」


 この1か月で結構稼いで多少余裕のできた俺たちは、将来について具体的に語り合うようになった。

 子供は3人は欲しいだとか、子供の教育はしっかりしてやりたいだとか、小さくてもいいから家も欲しいよねとか、そんな内容だ。どこの夫婦でも同じような内容を一度くらいは話したことがあるはずだ。


 ただ、それにはたくさんのお金がかかる。幸せに暮らすためにはとにかくお金がかかるものなのだ。


 そうなると、もしも追手が来た時の臨時の費用なんかも考えると、もっと稼ぐ必要があった。


「もうちょっとだけ」


 気が付いたら、さらなる稼ぎへの誘惑に負けて予定になかった奥へと進んでいた。


 数十分後。


「やばい。調子に乗りすぎた」


 俺は10体のゴーストに追いかけられていた。

 ゴーストは実体のない魔物だ。普通の剣ではダメージを与えられない。


「聖水!聖水!」


 ただ、聖水を剣に塗ってやれば倒せるようになる。

 俺は逃げながらも急いで剣に聖水を振りかけた。


 ふと、思い出す。そういえば不意に魔物の大群に襲われて死んだ人もいるんだっけ。内心ブルっとする。

 だが、俺は首を激しく左右に振ってそんな悪夢を振り払う。

 今はそんなことを考えてはダメだ。勝つ方法だけを考えるんだ。


「予想通りだな」


 後ろを振り返った俺はほくそ笑む。


 ゴーストの能力にも個体差があるのだろう。最初は一団となって追ってきていたゴーストの集団が大分ばらけていた。


「各個撃破する」


 俺は反撃に転じた。

 先頭のゴーストから順に切り伏せていく。


「ギャアアアア」


 ゴーストが断末魔の響きを上げながら次々と消えていく。


「キシャアアア」


 無論反撃してくるゴーストもいる。

 ゴーストが『恐慌』の魔法を放ってきた。『恐慌』は対象者の精神に異常を引き起こす魔法だ。


 もちろん目に見えるわけではないのでかわすのは難しいはずだった。


 ただ、魔法というものは術者が意図的に軌道を変えない限りまっすぐにしか飛ばないものだ。

 そしてゴーストにそんな知能はない。


「ふん」


 魔法の軌道を予測してかわすと、魔法を放ったゴーストを切り捨てた。


 どうやらそいつが群れのリーダーだったようで、残ったゴーストたちが途端にオロオロし出した。


「チャンスだ」


 俺は残りのゴーストを殲滅した。


★★★


 ゴーストを倒した俺は疲労でその場に倒れこむ。


「もうちょっと慎重に行動しないとな。さもないと命がいくらあっても足りない」


 そう自戒する。本当、死んだら元も子もない。欲望に身を任せるのはほどほどにしなければならなかった。


 しばらくそのまま休憩するが、ふと気付く。


「ここってどこだ」


 慌てて地図を確認する。


「よくわからないな」


 どうやら道に迷ったようだった。


「仕方がない。歩きながら場所を確認するか。1階だからどうにかなるだろう」


 実際1階は広くない。目印になるものが見つかればすぐに出口にたどり着けるはずだった。


「今日は疲れたし、早く家に帰って休みたい」

「……」


 本音ダダ洩れで歩き始めた俺の耳に何かが聞こえた。


「女の子の声?」


 聞き耳を立ててみる。


「ワッタッシは女神、女神は偉い」


 確かに女の子の声だ。もっと注意深く聞いてみる。


「ワッタッシは女神、女神はかわいい」

「壁の裏だな」


 壁に手をかけてみる。


「?」


突然壁が消える。


「うわ」


 態勢を崩した俺はその場に倒れこむ。


「イタタタ。……うん?」


 壁のあった先には小さな小部屋があった。


「隠し部屋か」


 思わず俺は中に入った。入ってしまった。

 とたんに部屋が明るくなる。地面に魔方陣が浮かび上がる。


「今、慎重に行動しようって思ったところなのに」


 俺の体は魔法陣に吸い込まれるように消えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る