閑話休題1~その頃のヒッグス家その1~

「どうしてこうなった」


 エリカの祖父であるセオドア・ヒッグスは自問自答する。


「気に食わん小僧を追い出したまではよかった。だが、どうしてエリカまで一緒に出ていくんだ」


 天塩にかけて育てた孫娘が、あんな小僧を選ぶなんて。セオドアは地団太を踏んで悔しがった。


「くそう。エリカがこのわしを置いて出ていくわけがない。きっとあの小僧がエリカを誑かしたにちがいない。ちがいないんだ」


 セオドアはそう決めつけ、強がって見せたが、それもエリカから誘ったという真実を知る者から見れば、滑稽な光景である。

 実に哀れだった。


「お館様」


 男が一人部屋に入ってきた。


「オットーか。入れ」


 男は小僧ことホルストの父親であるオットー・エレクトロンであった。


「で、首尾はどうだ」

「それが南のサウスブリッジタウンまで馬車で行ったことはわかっているのですが、その先は皆目見当もつきません」

「貴様!」


 セオドアは持っていたペンを投げつけた。

 ペン先がオットーの額をかすめ、切り裂き、額から血が流れる。


 それでもオットーは動かなかった。いや、動けなかった。これ以上の醜態を晒すわけにはいかなかったからだ。


「なんでもいいから、とっととエリカを連れ戻せ。さもないと、どうなるかわかっているだろうな」


 オットーは目の前のセオドアや自分たちがホルストにしてきた仕打ちを思い出して震えた。


「御意。何とかして見せます」

「ふん。言い訳はもう聞き飽きたわ。……もういい。わしは気分が悪くなったから部屋に帰る」


 セオドアはオットーを置き去りにしたまま執務室を出ると自室へ帰った。


★★★


 自室に帰ったセオドアを待ち受けていたのは妻のメアリー・ヒッグスと、娘でエリカの母親であるレベッカ・ヒッグスであった。


「旦那様、今日も成果ナシですか」

「うむ」

「ああ、エリカ。あなたはどこにいるの?元気にやっているの?」


 父親の返事を聞いてレベッカが悲嘆にくれた表情をするが、それも束の間、すぐに怒り出す。


「大体父上が悪いのです。エリカが嫌だというのに、無理矢理婚約破棄なんかするからです」

「でもな、レベッカ。魔法を使えない者を……」

「いいえ。魔法など使えなくてもよいのです。ホルスト君には溢れんばかりの魔力があるのです。トーマス様も言っていました。『魔力が高い者の子供も魔力が高くなる可能性が高い。ホルストとエリカの子なら優秀な魔術師となり一族を背負ってくれるだろう。我々は今だけを見ず、将来も考えなければならない』と」


 トーマス。トーマス・ヒッグス。エリカの父親で、ヒッグス家の次期当主である。

 トーマスはホルストの父オットーの従兄弟で、優秀だったのでレベッカと結婚し、婿養子としてヒッグス家の跡取りとなった人物である。


「それなのに、父上は全然聞く耳を持たず」

「いや、わしはヒッグス家の当主としてだな」


 セオドアは怒れる娘を宥めようとしたが、それはさらなるレベッカの怒りを買っただけであった。


「当主として、ですって?笑わせないでください。それならなんで一族を煽ってホルスト君をイジメるような真似をしたんですか」

「うっ」

「どうせくだらない意趣返しでしょう。私が何も知らないとでも思っているんですか。私もトーマス様も母上も一族の人を呼んで止めたのですよ。でも、『お館様の命令だから』『一族の秩序を乱すのは許されませんぞ』『お館様に諫言するなどもってのほかですぞ』と言われてしまい、それ以上何もできなくなってしまいました」


 レベッカは涙を流す。


「自分でも本当に情けないです。あの時に無理にでも止めていればと、悔やんでいます」

「レベッカ」

「言っておきますけど、父上には何も言う資格はありませんからね。で、イジメに飽き足らず今度はエリカが弁当をあげていただけで追放ですか。本当に父上には呆れるばかりです」

「でもな。レベッカ」

「言い訳は許しません。父上に許されるのは私の説教を聞くことだけです」


 その後もレベッカの説教は1時間くらい続いた。

 最近、毎日これで、さすがのセオドアもげんなりしてきていた。


「今日はこのくらいにしますけど、エリカが無事だとわかるまで毎日続けますからね」


 最後にそれだけ言うとレベッカは母親と一緒に部屋を出て行った。


「くそう、あの小僧のせいだ」


 セオドアはホルストを罵って留飲を下げようとするも、これからの毎日を考えると、途方にくれるしかなかった。

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