転生したらケルベロス

尾上遊星

一話

薄暗い部屋の中。


鉄格子に視界を遮られながら、ただ一点。部屋のドアをじっと見つめていた。


だってそれしかすることがないから――


「ただいまー」


不意打ち。


リサリサの声だ。リサリサが帰ってきた。


『ダンッ、ダンッ、ダンッ』


階段を上る音。


やったあリサリサに会える。


高鳴る鼓動。


気づけば鉄格子にしがみついていた。


おまけに舌も出して、ダラダラとよだれが垂れる。


『ガチャッ』


ドアが開き、薄暗い部屋の中に光が差し込む。


もちろん、ドアの前には赤髪の美少女。俺のご主人様、リサリサの姿があった。


リサリサは、ドアのすぐ横につけられたスイッチを押した。すると、あんなに薄暗かった部屋が一瞬で明るくなり、見晴らしがよくなった。


だけど、なぜだろう。


リサリサの顔色がよくない。......気がする。


それに玄関では"ただいま"と言うのに、俺には"ただいま"と言ってくれない。


最近のリサリサはいつもそうだ。俺はリサリサになにかしたのだろうか?


「リサリサ、元気ない?」


「............」


尋ねてみたけど、返事はない。


それどころかリサリサは俺と目すら合わせず、一心不乱にタンスの中を探っていた。


「これじゃない、これじゃない」


これじゃないと呪文のように呟いて、下着や衣服が次々と床に広がっていく。


オシャレするのに、一生懸命なその姿。


あんなに小さかったリサリサが、いつの間にかこんなにも成長していたなんて。


なんて思い出に浸っていると、不意に外からリサリサを呼ぶ男の声がした。


「まだかよ、リサリサー!」


......ぐっ、なんて、偉そうな口の利き方をする奴だ。


しかし、リサリサは窓を開けた。そして、外にいる男へ向けて可愛らしく手を振りながら、大声で返答をした。


「ちょっと待ってー!」


はあ、リサリサ。キミはなんて優しい奴なんだ。天使かキミは。


俺ならブチ切れてるな、きっと。


「はやくしろよー! パーティーに遅刻するぞー!」


むっ、またしても男から催促の言葉。


思わず本音がポロリ。


「ったく、あの野郎。ちょっと待てってリサリサは言ってるのにうるさい奴だ」


「............」


悲しいことにリサリサは俺を無視。そして、リサリサはそのままオシャレな服に着替えると、タンスの中から香水を取り出して、自分に振りかけた。


「う"」


瞬間、普通の動物の三倍優れた俺の嗅覚が反応。とんでもない激臭に耐えきれず、慌てて両手で鼻を押さえた。


しかし、俺が押さえれるのはひとつまで。


残りふたつの鼻が嫌でも香水を吸い込みやがる。


「ぐっさッ! リサリサは体臭キツくないんだからそんなのいらないよ――」


あ。


その瞬間、リサリサが初めて俺に視線を向けた。


やっと振り向いてくれた。


......けれど、俺が欲しかったのは、こんなにも背筋が凍る視線じゃなかった。


そして、リサリサはグシャグシャと綺麗な赤髪を掻きむしりながら、ヒステリックに暴言を吐いた。


「さっきからグチグチグチグチう"るせえなあ"あ"ああああッ!」


『ガシャーンッ』


リサリサの鋭い蹴りが俺を閉じ込めている檻に激突。


凄まじい衝撃と激突音に鼓膜がジーンッ。脳みそがグランッグランッ。


気持ちが悪くなって、思わずその場に倒れ込んでしまう。


それでもリサリサは、そんなのお構い無し。


さらに暴言を続けた。


「テメェみたいに頭がみっつもある化け物が部屋にいたら、男も連れ込めねえんだよ! あ"あ"あ"あ"あああッ、生理中みてえにイライラするうううううッ!」


リサリサは、白目を剥きながら、天井をあおいだ。


その姿はとても恐ろしかった。


まるで悪魔か、あるいは何かよくないモノが取り憑いたみたいな豹変ぶり。


「リサリサーッ、誰かいるのか!?」


外から男が尋ねてくる。


すると、リサリサは我に返り、窓際のテーブルに置かれた黒電話を顔の位置まで掲げ、


「ううん、大丈夫よルエント! ......黒電話で天気予報士に電話しようとしたら、間違ってギャングに繋がったみたいなの」


外にいる男、ルエントへ向かって堂々と嘘をついて、恥ずかしそうに笑うリサリサ。


「ったく、相変わらず機械音痴だなあ」


まあ、リサリサが機械音痴なのは本当だけど。


「ごめんねー! すぐ行くからー!」


窓を閉め、スイッチを押して部屋の電気を消すリサリサ。


リサリサはそのまま、部屋を出ようとして、俺はその背中に声をかけた。


「待て、リサリサッ!」


その瞬間、ピタリとリサリサの足が止まる。


「............」


俺は照れくさくて眉間を掻きながら、頭を下げた。


「ケルベロスの俺をペットとして飼ってくれてありがとう。......それと、迷惑かけてごめん」


すると、リサリサはこっちを振り向いて、


「ファック! ファック! ファック!」


『プシュッ! プシュッ! プシュッ!』


カバンから香水を取り出して、まるでキンチョールみたいに香水それを俺に向けて三連射した。


「うぐおおおおおおおッ!」


またしても、鼻を押さえながら悶え苦しむ。


『バタンッ』


俺が発狂しているあいだにリサリサは、部屋をあとにした。


「おまたせー!」


「おせえよ!」


外からリサリサたちの弾んだ声が聞こえてくる。


「ううううッ............」


鼻が苦しい。頭痛がしてきた。それに、最悪だ、目から涙が溢れてくる。ああ、かっこ悪い。


「ハーッ、ハッハーッ! 泣くほど辛いならさっさと我の元に来たらいいのに」


人の気も知らず、暗闇の中から高笑いする人物がひとり。


奴の名前はハーデス。


ハーデスは先月あたりから、突然俺の目の前に現れた自称死者の国の神様らしい。


と、言ってもハーデスは暗闇や影の中でしか存在出来ないらしくて、俺はハーデスの姿を見たことがない。


つまり、俺からしたら架空請求やオレオレ詐欺と同じくらい怪しい奴。正直胡散臭い。


それに声がバカみたいにデカくて、鬱陶しい。


だからあんまり関わりたくないんだが、ハーデスはなぜだか、俺をペットにしたいらしく、それはそれは大変迷惑なことに、ハーデスは毎日隙を見て俺を勧誘してくるんだ。


「なあ、いいだろ、我のペットになってくれたって。ちゃんと貴様の名前も考えたんだぞ」


「俺の名前?」


「ああ、プー太郎とかどうだ?」


「............お前のペットにだけは死んでもなりたくねえな」


「なッ! そんな酷いこというなよらプー太郎!」


「だから、俺はプー太郎じゃねえよ! 俺にはマックスっていう最高にイカした名前があんだよ!」


思わずみっつの頭が牙を剥いた。


怒鳴ったあとに、自分でもびっくりしてしまった。


「ハッハッハッ! 珍しく、今日は吠えるではないか?」


「............仕方ねえだろ。この名前はリサリサがつけてくれたんだから」

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