あったかごはん

星合みかん

唐揚げ 〜炊きたての白米と〜

「あー、今日も疲れたぁっ!」

 部活のミーティングを終え、誰もいないグラウンドに向かって叫んだ。下校途中の生徒たちの痛い視線を感じる。

「ちょっ、どーしたwww」

「声デケェよwww」

 友人二人に引っ叩かれて、俺たちは帰路に着く。住宅街の向こうで夕日が沈んでいくのを、家々の僅かな隙間から見た。

「オレんち、今日の夕飯カレーなんだー。いいだろ?」

「いや知らんし」

 横でそんなみ会話を繰り広げられてしまったがために、俺はお腹が空いてきた。疲弊した身体に食べ物の話は禁物だ。うちの晩飯は何だろうな……

「コンビニ寄ってかね?」

「おー。お前は?」

 コンビニ……何か買い食いしても良いが、生憎今日はそんな気分でもなかった。

「わり、俺パス。先帰るわ」

 校門を出てすぐの交差点で、俺は二人と別れた。俺が軽く手を降ると、あっちも気だるそうに手を挙げてみせた。

 

 さっきのカレーの話を聞いて、今日は何故か、無性にあったかいご飯が食べたい気分になった。でもカレーが食べたいんじゃない。『あったかいご飯』だ。たとえカレーが出てきても、ご飯が冷たければ意味がないのだ。……どうして俺がこんなにもご飯を欲しているのか、正直なところよくわからない。

 友達と別れて口を噤んでから、寒さに意識が向くようになった。暑かった夏も終わり、葉が少しずつ色を付ける季節。道路の脇には茶色い葉が散らばっていた。

 ふと、旨そうな温かい香りが鼻口をくすぐった。どんな料理かはわからない、けれどすごく食欲をそそられる匂い。きっとご飯が進むおかずなんだろうな……。そう考えると、気持ちの悪い空腹感が腹の中をぐるぐると回り出した。早く、早くご飯が食べたいっ!


「ただいまー」

 リビングのドアを開けた瞬間、香ばしい醤油っぽい匂いがした。

「この匂い……唐揚げか?」

「おかえり。よくわかったね」

 唐揚げが乗った大皿を手にした母さんがキッチンから顔を出した。あったかいご飯のお供には打って付けのそれを見ているだけで唾液が出てくる。

「今日ガッツリご飯が食べたい気分だったんだよ! 母さんナイス!」

「あー、喜んでるところ悪いんだけど……」

 ダイニングテーブルに皿を置きながら、母さんは苦笑した。

「ご飯、まだ炊けてないの」

「えぇっ! マジか……」

 耳を澄ませば、キッチンの炊飯器が音を立てているのが聞こえてきた。何というか、上げて落とされた感じ。落ち着いていた腹の不快感が蘇ってくる。

「部屋行ってるわー」

「あと三十分くらい。炊けたら呼ぶから」

 ため息を落としながら、階段を上がった。


 ……腹が減った。とりあえず着替えたのはいいが、宿題をしようにも空腹感が邪魔で集中できない。思い切って寝るか。いや、ご飯が炊けるまで約十五分、これじゃ起きられない気がする。仕方ない、動画でも見て時間を潰そう。

「おっ」

 ちょうど今、最近ハマっているチャンネルのゲーム配信ライブが行われていた。この時間帯に配信をしているのは珍しい。

「……『ご飯が炊けるまでわちゃわちゃライブ』?」

 似たような境遇の人が世の中にはいるものだ。サムネイルを触ると、よく見るクレジットカードのコマーシャルが流れ、ちょっとだけ見てスキップする。

『この人に虫見せるとアセアセするらしいよ』

『えっ、マジ?』

 この二人組の配信者は夫婦で、お世辞にも人気とは言えないものの、週に数回だけ十人と少しの視聴者とわちゃわちゃライブをしていた。二人の夫婦漫才のような掛け合いと、和やかな雰囲気が俺は好きだ。

『うぉー‼︎ あっはっはっざまぁみろwww』

『ざまぁみろってwww 性格悪いwww』

 途中から入ったものだから状況はわからなかったが、二人の盛り上がりっぷりに意味もなく爆笑した。

『ざまぁみろwww 鬼畜w』

『wwwwwwwwww』

『おもしろいw』

 チャット欄も大いに湧いていた。その場にいなくても、こうして面白いことを共有できる。いい時代だなと思った。

『ピーローピーローピーローロー』

 画面の向こうで軽快な音楽が鳴った。もしや炊飯器のご飯が炊けた音だろうか。

『あ、ご飯炊けた』

『ちょっと生活音がw』

 時間はちょうど夕食時だ。このライブはもうじき終わってしまう。二人のトークも完全に締めモード。残り十分、どう過ごそうか。

『では、今日はこの辺で終わりたいと思います!ありがとうございました』

『ありがとうございます!』

 画面は止まってしまった。ベッドにスマホを放って、伸びをする。特にすることもないし、現場待機でもしていよう。重い腰を上げたときだった。

「ご飯できたよー‼︎」

 母さんが、階段の下から叫ぶのが聞こえた。俺は慌てて一回へ降りる。

「なんか早くね?」

「十分間違ってたw ごめんごめん」

 まあ、暇になったことだし、早いに越したことはない。ダイニングテーブルのいつもの席に腰掛けた。父さんはまだ帰ってこないから、母さんと二人だけ。あの夫婦も、こんな風に食卓を囲っているのだろうか。

「うわー、めっちゃウマそー!」

 鮮やかな茶色をした唐揚げは、口に運ばずともカリッとジューシーに揚がっているのが伝わる。そして、俺が今日どうしても食べたかった白いご飯は炊き立てほかほかで、わずかに湯気が立っていた。

「いただきまーす!……あっつ!」

 最初にご飯だけを頬張ったら、あまりの熱さに口全体が焼けそうになった。

「炊けたばっかだから熱いよー」

 味噌汁をすすりながら、母さんは釘を刺した。残念、もう遅い。

 口をハフハフさせて、必死にご飯を冷ます。少しずつ味がわかるようになってきた。

「……おいしい!」

 ほのかに甘く、優しい味わいで口が満たされ、素直に美味しかった。今日一日、頑張ってよかったと思える。そんなあったかごはん。

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