餃子 〜愛娘の愛情〜
「ママー、ぎょーざつくるの?」
朝食分の洗い物を片付けていると、美羽が私の右足にしがみついてきた。さっき仕事に見送ったパパが「餃子が食べたい」と言っているのを聞いていたのだろうか。屈んで美羽に目線を合わせる。
「うーん、どうしようかな。美羽、お手伝いしてくれる?」
「する! ぎょーざニギニギするー!」
美羽は餃子の餡を皮で包むのが好きで、よく手伝いをしてくれる。まあ、ほとんどは形が崩れてしまうから、大抵は私がこっそりと修正を加えるのだけど。
「じゃあ今日の夜ご飯は餃子で決まり!」
「やったー! ぎょーざニギニギー!」
美羽は飛び跳ねて喜んでいた。我が娘ながら、そんな無邪気な姿が可愛くて仕方ない。
「お昼ご飯食べたら、お買い物に行こっか」
「うん、じゃあごはんたべよ!」
「さっき朝ご飯食べたばっかりでしょ!w」
「えー」
美羽は今すぐ買い物に行きたかったみたいだけど、私はまだ家事が残っている。
「ママはお仕事があるから、遊んで待っててね」
「みうもママのおしごとするー!」
言いながら抱きついてきた。私を見つめる瞳の奥は、キラキラと輝いている。……ほんっとかわいいっ!
「美羽は優しい子だなぁ」
我が子への愛おしさが溢れて、私は美羽の頭をくしゃくしゃと撫で回した。
「えへへー」
「じゃあ、後で一緒に洗濯物畳んでくれる?」
「うん!」
にっこりと笑って、ご満悦の様子だった。
「よし、お皿早く洗っちゃうね」
「みうまってるー」
トタトタと足音を立て、キッチンから出て行ってしまった。折りっぱなしだった膝を伸ばし、再びスポンジを手に取った。
美羽が大きくなったら、二人並んでお皿洗いをしたり……そんな未来が近いかもしれない。
買い物から帰ってコートを脱いぎ、手洗いうがいを済ませると、時刻は十五時を過ぎていた。美羽におやつのプリンを食べさせて、私はその間に餃子作りの下準備に取りかかった。
豚ひき肉に、にんにく・醤油・砂糖などの調味料で味をつける。最初お肉だけに味をつけることで餡が水っぽくならないと、以前どこかのサイトで見た。あれ、にんにく入れすぎたかな……まあ、明日はみんな休みだし、ちょっとくらい多くてもいいか。野菜を入れる前に一旦混ぜる工程があるけど、これくらいはやってしまおう。
味付けした豚ひき肉を軽く手で混ぜ合わせ、次は野菜をみじん切りにする。我が家の餃子の餡に使う野菜は、キャベツとニラ。これもネットの情報だが、キャベツの代わりに白菜を使うご家庭もあるらしい。野菜の旨みと栄養を逃がさないよう、水切りをせずに豚ひき肉が入ったボウルに入れた。
さて、いよいよ美羽がやりたがっていたまぜまぜなんだけど……
「美羽ー、まぜまぜの準備できたよー」
「はぁい」
プリンは食べ終わっていたらしい。目の前に美味しいプリンがあれば餃子への関心が薄れそうで心配していたが、美羽は喜んでこちらに向かってきた。
「まーぜまぜっ♪ まーぜまぜっ♪」
いつも美羽が手伝ってくれるのは餃子を包む工程だけだったけど、今日は餡を混ぜるところもやりたいと言うのだ。ダイニングテーブルにボウルを運び、手を洗わせてイスの上に立たせる。美羽の身長的に、それが一番やりやすい体勢だった。
「手でよーく混ぜてね」
「はーい!」
美羽は味付きひき肉と野菜の塊に手を突っ込むと、途端に怪訝な表情をした。
「なんかベチャベチャするー」
確かに、まだ幼稚園の子には慣れない感覚だろう。美羽は肉を手のひらいっぱいに掴み取って、高くから落とした。ベチャッと音がする。
「……やめる?」
「まだやる!」
私の問いかけにハッとして、美羽は真剣にひき肉を混ぜ始めた。
「こお?」
「上手上手! 野菜がよく混ざるようにね」
褒めてあげると、さらに早くひき肉を混ぜた。野菜もいい感じに混ざって、我が子ながら手際が良い。
「うん、こんなもんかな。ありがと美羽」
「つぎはニギニギ?」
「ニギニギはまだだよ」
味を馴染ませるために冷蔵庫で一時間ほど寝かせなければならない。ニギニギはまだ先なので、とりあえず美羽に再び手を洗わせて、テレビを見せた。
「ママ、テレビおわったよ! ニギニギのじかんー!」
ダイニングテーブルでうたた寝をしていると、美羽の元気のいい声で起こされた。時計に目をやると、ちょうど一時間くらい経った頃だ。
「そうだね、ニギニギしよっか」
「やったぁ!」
はしゃぐ美羽を横目に、冷蔵庫から餡と餃子の皮を取り出した。皮が足りるか心配だったけど、ぱっと見た感じ、十分量はある。
「おてて洗った?」
「まだー」
洗面所へ駆けて行くのを見送ると、私もキッチンで手を洗った。美羽が戻ってくるまでに、包んだ餃子を乗せるトレイと水を用意し、皮を袋から出して、餡はスプーンで軽く混ぜておく。
「あらったよ!」
さっきと同じように、美羽をイスの上に立たせた。ダイニングテーブルに広がったニギニギセットを前に目を輝かせている。
「ほら美羽、ニギニギしていいよ」
「うーん、どうやってやるんだっけ」
一足先に二、三個握っていた私の手元を、美羽はまじまじと見ていた。
「まず、左手に皮を乗せて」
「こっち?」
「そっちは右手だよw」
美羽はまだ右と左が判別しきれていない。小学校に入るまでに、なんとか覚えさせなければ……
「次は、皮の真ん中に餡を乗せる。このスプーン使って」
スプーンを受け取った美羽は、もりもりと餡を乗せた。
「できたぁ!」
「ふふっ、中身ぎっしりの餃子になりそうだね」
ちょっと多くて包みにくそうだけど……まあいっか。
「そしたら、皮に水を塗ります。ぐるっと一周ね」
「ぐるっと……」
「そうそう! 最後に包んで完成なんだけど……これが一番難しい。いい、よく見ててね」
言葉で説明するより、やって見せる方が早いだろう。皮の端をつまみ、右手の人差し指で上から押さえつけるように、ひだを作っていく。
「……できた、こんな感じ」
「わぁ! ママじょーず!」
「ありがとう。美羽もやってごらん?」
美羽は小さな指で、少しずつ皮をつまんでいった。眉間に皺が寄るほど、真剣に餃子と向き合っている。
「できた! どお?」
ぷっくりした餃子を手のひらに乗せて、こちらへ差し出した。端までしっかり閉じていて、形も結構整っている。あれ……
「前より上手くなった?」
「ほんと⁉︎ えへへー」
トレイにそれを乗せて、美羽は新しい皮を手に取った。それにしても、もう数ヶ月は餃子を作っていなかったはずなのに、どうして上手くなってるんだろう……手先が器用になったのかな?
「パパ、たべてくれるかなぁ……」
美羽は手を動かしながら、そう呟いた。手の中で出来上がっていく餃子を見る目が、なんだか愛おしそうで。
「絶対喜んでくれるよ」
「うん、みうがんばる!」
上手になった理由が、少しわかったような気がした。
餃子を焼く音に混じって玄関の方からガチャっと音がした。間もなく足音が近づいて来る。
「ただいま——」
「しーっ!」
パパが声を張ったけど、私はそれを制止した。パパは頭にハテナを浮かべていたので、ソファーの方を指差す。
「おかえりなさい」
「美羽、寝ちゃったのか……」
「パパのために一生懸命お手伝いしてくれたから」
起こさないように、コソコソと話す。美羽はパパに褒めてほしいからって、帰ってくるのを首を長くして待っていた。けれど睡魔には敵わず、寝落ちしてから約一時間が経過したところだ。ご飯の準備が終わったら起こそう。
「もうちょっとで出来るから」
美羽が愛情込めて包んだ餃子……焼きで失敗するわけにはいかない。私はいつになく真剣だった。
「おー。じゃあ着替えてくる」
いい感じに焼き色がついてきたので、水を入れてフライパンに蓋をする。弱火に調整をして、五分後キッチンタイマーが鳴るように設定した。
「スープ作らなきゃ……」
簡単に、卵のスープにしよう。水を入れた鍋に火をかけ、鶏がらスープの素・塩・コショウ・醤油で味付けをする。沸騰するまでに卵を溶いておかないと。小さいボウルに卵を割って、白身と黄身ができるだけ均等になるように、菜箸でしっかりと混ぜる。……あ、今日は中華風にしてみようかな。足元の引き出しから取り出した水溶き片栗粉を、沸騰してきた鍋の中に加えて、とろみをつけた。続けて、溶き卵を少しずつ入れる。卵を全部入れ、何回か鍋の中を菜箸でかき回して火を止めた。小皿にちょっとだけ移して、味見をする。うーん、ちょっと薄いかも。鶏がらスープの素でも入れておこう。
「餃子できたー?」
スープが完成し、パパが戻ってきたところで、キッチンタイマーが鳴った。
「あと少し」
蓋を開けてみると、ジューーーという音とともに食欲をそそるいい香りが立ち込めた。水分もなくなっていたので、少量の油を振りかけて、あとはパリッと焼き目がつくのを待つだけ。
「めっちゃうまそー! 美羽起こしてくるよ」
「あ、待って。先にご飯混ぜてくれない?」
「りょーかい」
私が餃子を見守る背後で「熱っ」と言いながら炊き立てご飯と格闘しているのが聞こえた。
「……ママぁ」
キッチンの向こう、姿は見えないれけど、愛娘の寝ぼけ声が聞こえた。
「美羽ー? 起きたの?」
「んー、いいにおいでおきたぁ……あ!」
視界にパパを捉えた途端、美羽は目を擦るのをやめてパパに駆け寄った。
「パパー‼︎」
「おはよう美羽」
パパの足にしがみついて、美羽はご満悦の様子。ご飯を混ぜていたパパは、ジャーの蓋を閉めて美羽に目線を合わせる。
「おかえり! あのね、みうね、ママといっしょにぎょーざいっぱいニギニギしたんだ!」
「そっかぁ。お手伝いできて偉いなぁ」
帰宅前にメッセージを送っていたから知っているはずなのに、パパは初耳のフリをする。
「えへへー」
美羽の頭を撫でるパパの方も頬を緩ませていて、娘にデレデレだなぁと思った。決して人のことは言えないけど。
「パパに喜んでほしくて頑張ったもんね」
「うん! パパたべてくれる?」
「もちろん!」
そんなやりとりを横目に、フライパンの上で整列した餃子を一つ菜箸で持ち上げた。……焦げすぎず、ちょうどいい焼き目。
「餃子できたよ!」
「「「いただきます!」」」
三人揃って、最初に餃子へ手を伸ばした。ちょっと酸味の強いタレの上で軽く弾ませて……
「ん、美味しい」
「うまっ!」
「おいしー!」
それぞれが単純な感想を述べた。自分で言うのもアレだが、本当に美味しい。パリッとした後に、もちもちの皮の食感。市販の皮とは思えないほど美味しく焼きあがっている。そして何より餡の味が良い。いつも通りに作ったはず、と思っていたが、風味が以前よりしっかりしていた。入れすぎだと思っていたニンニクが逆に良かったのだろう。これはご飯がすすむ。
「パパ、おいし?」
「美味しいよ。ありがとう美羽」
「えへへー、やったねママ」
餃子をもぐもぐしながら、美羽はにっこりと笑っていた。
「ほとんど美羽が包んだんだよ。しかも、私は一切手を加えてない」
「マジか、上手になったな」
「えっへん!」
卵スープを口に運んでみた。入念に混ぜたかいあって、卵はふわっと仕上がった。とろみは強すぎず、弱すぎずのちょうどいい感じ。最後に鶏がらスープの素を入れてから味見はしなかったけど、味付けも問題なかった。
「今日の卵スープは中華風?」
「うん、挑戦してみた」
「これめっちゃうまいよ。また作って」
パパと結婚してもう長いけど、料理を褒められるのは未だに嬉しかった。身体が温まっていくのは、たぶんスープのせいだけじゃない。
「……明日休みだし、どこか出掛けるか」
「おでかけするの⁉︎ やったー!」
「大丈夫? 疲れてない?」
最近仕事が忙しかったパパがそんな提案をしたので、私は心配した。
「大丈夫だよ、ご飯食べたら元気出た」
「ねえ、どこにいくの?」
「そうだなぁ……」
人に元気を与えられるご飯。それって、なんだか幸せな響き。
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