【9月30日アンソロジーコミック発売】偽聖女の汚名を着せられ王太子に婚約破棄を言い渡された、虹の聖女は再び求婚される
あずあず
第1話
「見損なったぞ!貴様は今までこの私はおろか、国中を騙していたのだな!」
サントレ・ハルトベルク王太子殿下は私にビシッと指を指して言った。
「恐れながら、どういうことでしょうか?」
なんとも酷い言いがかりだ。
騒つく城内で、私は精一杯の声で聞いた。
「白々しいぞ!イースト・カスケート!虹の聖女は別にいる!」
虹の聖女、この世界の天候を意のままに操る。
いや、"なんとか頑張って"梅雨には雨をもたらし、建国記念日や祭り、祝賀行事には太陽を約束してきた。
日照りが続かない様に気遣い、聖夜には雪を降らせるサプライズだって…それがどれほど大変なことかお分かりになっていない様だ。
「左様でございますか。私は懸命にこの国のために尽くして参りました」
「欺瞞だな」
血が逆流する気持ちだ。
くらくらする。
そもそも、私は虹の聖女として生を受け、先代聖女がご逝去されて、その任を継いだ。
それをどう騙すというのか。
「貴様は、聖女という地位に胡座をかき、驕り、とうにその力を失っているのだろう!?」
ーーそうきたか。
「失礼ですが、なぜそう思われるのですか?」
「なぜ!?愚問だな!このミシェル・マーレン伯爵令嬢が聖女としての力を発現したからだ!」
なるほどピンと来てしまった。
ミシェル・マーレン伯爵令嬢…ことあるごとに私に突っかかって来た、あのミシェル・マーレン。
ミシェルは、サントレ殿下の斜め後ろで、嫌味な笑顔を浮かべた。
おかしいと思ったのだ。
至急登城せよというので来てみたら、ミシェルまでいたのだから。
「イースト・カスケート伯爵令嬢は聖女の任を解き、私との婚約は破棄させてもらう。ミシェル・マーレン伯爵令嬢には聖女に就任してもらい…」
ああ、そういうことだ。
「ミシェルと新たに婚約を結ぶ!」
私は、ゆっくりお辞儀をする。
「婚約破棄の旨承知いたしました」
私がもっと泣いて縋ると思ったのか、サントレもミシェルも拍子抜けの様な顔をしている。
虹の聖女は私の唯一の誇りだったからだ。
「ふ、ふん!聖女として今まで国に貢献したことも事実。力を失っていた事を隠していたのは不問にしてやろう」
サントレは焦ったように言った。
さて、ミシェルがどうやって聖女として働きを見せるのか、見ものだわね。
だって、虹の聖女は私だもの。
ミシェルに聖女の代わりが務まるわけがない。
(今まで気づいてないフリをしていたけれど、あの二人が恋仲にあることは噂になっていたもの)
虹の聖女がミシェルということになれば、二人は結ばれる。
こうして私は王宮を後にした。
✳︎ ✳︎ ✳︎
イーストが王宮を後にした頃、ほくそ笑むミシェルがいた。
「ふふふ、ざまあないわねイースト。聖女の座も、サントレ殿下も、ゆくゆくは王女の座も私のものよ…」
男好きの甘い顔立ちに、豊かな胸、細い指とブロンズの髪、青の瞳は天使の祝福と言われた。
その容貌は、婚約者のいるサントレ殿下をも虜にした。
だが、虹の聖女が将来の妃に決まっていてはミシェルの付け入る隙はない。
それでも、ミシェルはサントレを見かける度にすりより、サントレも満更でもなくなり、月に一、二度二人で出かける仲になってしまった。
もうこうなったら二人の愛の加速度は誰にも止められない。
周りに嗜めた人もいたが、実はミシェルこそが虹の聖女だと言うと皆目を白黒させるばかりだった。
『あんな可愛くもないイーストがチヤホヤされるなんて許せないのよ』
そんなつまらないことから始まったミシェルの嫉妬は、遂に後が引けない事態を呼んでしまったのだ。
「天候を操るですって?バカじゃないの?そんなの簡単じゃない」
ミシェルは知っている。
虹の聖女が天気を操るには、聖女の感情が大きく左右されるのだ。
(自分にもできるじゃないか)
ミシェルは確実に騙せる勝算があった。
「やあ、ミシェル。これで晴れて婚約が結べるね…」
サントレは鼻の下を伸ばしてミシェルの肩を抱いた。
「殿下、私本当に嬉しいですわ」
「イーストが力を失っていたことは水に流すんだろう?ミシェルは本当に優しいな」
「当然のことですわ…イースト伯爵令嬢は大切な友人ですから…」
ミシェルはほくそ笑んだが、サントレは豊かな胸に注視して気が付かなかった。
✳︎ ✳︎ ✳︎
私がくたくたになって帰宅すると、父母が私を出迎えてくれた。
すぐに使用人の一人が飛んでいき、温かいお茶が用意される。
ゆら、と揺れる金色の水に自分の顔を映す。
目が腫れているわ…
菫色の瞳もなんとなく、くすんで見えた。
泣くもんかと思ってなんとか堪えてここまできた。
でも、もう目はパンパンだった。
「聞いたよ、イースト…可哀想な娘よ…」
「あなたは一つも悪くないわ。力が失われているですって!?何を根拠に…」
父母は言って、息を荒くした。
「良いのです。確かに私は力を失ってなどいませんが、殿下のお心を留め置く努力を怠ったのは事実ですから」
「そんなことはない!イーストは妃教育だって懸命にこなしてきたではないか…!」
母もうんうんと頷く。
「ですが、ミシェルの様に容姿に自信があるわけでは…」
「殿下はあんなふしだらな娘に惹かれて愚かな判断をされた…。虹の聖女の力を持たないミシェル伯爵令嬢を妻にするなど…この国は荒れるぞ…」
父はため息をついた。
「それについてですが…」
「まさか、ミシェルに代わって聖女の力を使おうなどと思っていないだろうね!?」
私は俯いて答えた。
「…国民が困りましょう」
「あの女はイーストがそうすると思って、聖女のフリをしているんだわ!なんて人なの…!」
普段穏やかな母も顔を赤くして言った。
父は恐る恐る私の手を取った。
婚約以降、私に触れなかった父は、久しぶりに冷えた手を包み込んだ。
「辛かったね…」
もう、良いんだ。
空模様は風の向くままにーー
私は目から大粒の涙を溢した。
瞬間、ドシャッという音と共にバケツをひっくり返したかの様な荒天になった。
「…イーストが泣き始めてからこの雨。虹の聖女の力が失われている訳がないじゃないか…」
父の言葉が虚しく響いた。
✳︎ ✳︎ ✳︎
時を同じくしてミシェルはサントレと晩餐を楽しんでいた。
そこへ、激しい雨が降って来たのを窓越しに見て
(今日は雨が降ると思っていたけど…タイミングが悪いわね!!)
しかし、悔し泣きだと思うと気分が良かった。
その青の瞳にササッと目薬をさすと、よよよと泣き始める。
「ど、どうしたのだミシェル!」
明らかに動揺するサントレが可笑しくて少し笑いそうになってしまうが、堪えて泣きまねをする。
「サントレ様と婚約を結べたことが、嬉しくて…」
「なんだい?今になって…」
やばい!と思って取り繕う。
「改めて思ったのです」
「ほら、君が泣くから外が土砂降りじゃないか。涙を拭きなさい」
「はい」
(これは当分止みそうにないわね…早く泣き終わりなさいよ!イースト!)
すんすんとしばらく誤魔化しているとようやく雨が止んだ。
(これは楽勝ね)
ハンカチで抑えられた口元は歪んだ。
✳︎ ✳︎ ✳︎
カスケート家の図書室には沢山の蔵書があり、もう何もかもを失った私は本を読むのだけは楽しみにしていた。
特に喜劇作品は、今まで声を立てて笑うことができなかったからなかなか読まなかったけれど、滅多に誰も来ない図書室。
もう婚約も破棄されたわけだし、少しくらい良いわよねと読み出したら面白くて可笑しくてたまらなかった。
(今まで読めなかったから、思う存分読み明かしますわよ!特に今時期は梅雨だから、下手に笑えなかったのよ…)
こうして朝から晩まで読み耽った。
父も母もしばらくは好きにやりなさいと何も咎めなかった。
これ幸いと、沼にどっぷりとハマってしまった。
今日もいつものように、図書室へ向かおうとすると玄関ホールから賑やかな声がする。
その聞き覚えのある明るい声に、私は階段を早足で降りた。
(やはり、お兄様だわ!)
お兄様は階段から降りた私に気づいて、お!来たな!と言う顔をした。
「お久しぶりでございます、お兄様」
「イースト、久しぶり」
お互い挨拶をすませると、長身のサルバはじっと私をみた。
「なんだ、傷心のイーストを揶揄いに来たのに元気そうじゃないか!」
金髪を撫でつけた髪に銀縁メガネといういかにもインテリという出立で、軽口を叩いた。
「お陰様で、自由に本を読み耽る毎日ですわ」
私は大袈裟にお辞儀した。
「うむ、すみませんがイーストを少し連れ出しても?」
父も母も目をぱちくりした。
さて、サルバは家にいてもつまらないだろうと、買い物に誘ってくれた。
そこで着いたのがリリア宝飾店。
王都で一番の女性デザイナーの店だ。
「ふむ、イーストよ。近頃のご令嬢にはどんなデザインが流行っているのかな?」
おや?これは、と思った。
「そうですね、やはりこのネックレスやブレスレットの様に華奢なデザインを好む方が多いですわ」
サルバはほうほう、と頷いて
「では、このネックレスとブレスレットを頂こう」
(あら、2つとも?)
きっと意中のご令嬢へのプレゼントだろうに、2つもあげたら恐縮されないだろうか…?
次に訪れたのはマイヤード洋菓子店。
色んな味のマドレーヌで近頃令嬢に人気の店だ。
「イースト、僕はご令嬢の趣味がよく分からないので、好きなものを選んでくれないか?」
と言うので、定番のバター、ストロベリーと奇を衒ってチーズを選んだ。
それを可愛い箱に包んでもらう。
「…お兄様、ぜひご紹介してくださいませね」
「…?なにをだい?」
「このお菓子とアクセサリーを上げる方ですよ」
と言うと、サルバは目を大きく開けて。
うーん、と考えた。
「?」
菓子店を後にすると、ヒソヒソと明らかにこちらに向けて何かを言っている声が聞こえた。
「…早く馬車へ」
お兄様は気を遣って、すぐに馬車に乗せてくれた。
でも、あれは間違いない。
私に向けての嘲笑か、陰口だろう。
不敬だと言えば簡単だろうが店先で面倒になることは間違いない。
更に目立つことも避けたい。
これからこんなことが続くんだろうか。
「今年の梅雨は雨が降らないな」
お兄様は窓を見てボソッと言った。
「どうするつもりだい?このまま降らせないつもりかい?」
そしてこちらに向き直る。
銀縁の向こう、深い紫の瞳で見つめられる。
「お父様もお母様も密かに私が雨を降らせることを反対しておりますわ」
「イーストはどうしたい?」
「私…ですか?」
どうすれば良いのだろう。
気づけば季節は六月、いつもならば、しとしと雨を降らせるけれど…
「この季節は泣くのが大変です。私が泣かなければ雨は降りませんから。悲しいことを考えたり、どうしても泣けなければ眉毛を抜いてみたり…ふふ、はしたないですわね」
(そうだ、ミシェルが聖女だと言うなら雨を降らせてみれば良いんだわ)
「だがなあ…このまま雨が降らなければ、夏は水不足、野菜も成長しないだろう?」
「仰る通りですわね」
それからお兄様はうーんと考え込んで黙ってしまった。
✳︎ ✳︎ ✳︎
おかしい、あれから雨が降らない。
さぞさめざめ泣いて暮らすだろうと思っていたのに。
ミシェルは苛立っていた。
というのもサントレに会うたび
「雨を降らせなければならないだろう?なぜ泣かないのだ?」とばかり言われるからだ。
(なんでよ!?イースト…本当に忌々しいわね)
殿下からお茶の席に呼ばれたので、王宮のサロンへ入る。
挨拶を述べると座る様促された。
「殿下ぁ。もう、最近どうしてあまり会ってくれないのです?」
ちょっとだけ甘い声で聞いてみた。
すると思い切りうざったいという顔をして
「君な、なぜ雨を降らせないんだよ」
「またその話ですか?それよりも、今日はとびきり素敵なドレスを着て来たんですよ、見てくださいましな」
「なんだ?」
サントレは睨む。
「殿下?」
「明日は六月祭りの日だ。毎年この日だけは雨は降らない。聖女が必ず晴らすからだ。もちろん晴れてくれるんだろう?」
(最近めっきり雨が降らないから明日も降らないでしょ)
「ええ、もちろんですわ!」
そう言うと
「明後日以降は雨を降らせるんだ、良いな」
殿下はものすごく怖い顔をして去っていった。
(何なのよ!?あんただって私のこと最初から下心のある目で見てたじゃない!)
とにかく、何とかしなくてはなるまい。
✳︎ ✳︎ ✳︎
翌日の六月祭りには、カスケート家ももちろん出席する。
今日は何かと理由をつけて、家にいたいと思ったが、やはりそうはいかない。
憂鬱な気持ちでいると、お兄様がニコニコ近づいて来た。
「なんです、お兄様…」
良いから、と言って姿見の前に私を立たせた。
すると、箱から何やら取り出してネックレスとブレスレットをつけてくれた。
「これは、昨日買った…」
「そうだ、僕からのプレゼントだぞ。ありがたく受け取れ。そうそう送り相手を紹介して欲しいと言っていたな、可愛い我がイーストだ」
と言って鏡を見るよう促された。
「あら素敵…」
華奢なチェーンと控えめなアメジストがチラチラと光る。
最近はあまりゴテゴテしたものは好まれない。
「ついでにこれも。疲れて帰るだろうから、菓子を楽しみに一日を乗り切りなさい」
可愛い箱に入ったマドレーヌを渡された。
「お兄様…優しいところがあるのですね…」
「今気づいたか。ちなみに宝石はアメジストにしたぞ。僕の瞳と同じだ。僕のカフスには菫色のウォーターサファイア」
あら?と思った。
「お兄様も行かれるのですか?」
サルバはびっくりしたように私を見た。
「当然だろう。可愛いイーストの座をくすねた泥棒猫を一眼見ないと気が済まない」
「お兄様は全く…」
昔から私に甘いのですね、と言いかけてやめた。
「ついでにいつも下ろしている髪をあげてみたらどうだい」
意外な提案だったが気分転換にそれも良いかもしれない。
そして支度を済ませた私たちは馬車に乗り込んだ。
✳︎ ✳︎ ✳︎
予想通りの晴れ。
これなら一日問題ないだろう。
イーストが来たら、なぜ泣かないのか強く聞きたいところだが、それは難しいだろう。
(最近、殿下はどんどん素っ気無くなるし、なんなのよ)
ミシェルは部屋からありったけのアクセサリーを出し、一番意匠の凝ったものを選んだ。
侍女がこれでもかと髪を巻き上げた。
それからやはりドレスは大きく胸の開いたものを。
「完璧よ。今日も美しいわ」
侍女はいつものことと了承しており、テキパキとミシェルの好みそうなものを差し出し、仕上げていった。
婚約者としてサントレと腕を組み歩く。
考えただけで痛快だ。
イーストがどんな顔になるだろう。
(虹の聖女ですって?地味なイーストがサントレ殿下の妻になるなんて考えただけで腹が立つ。でもその座も私に約束された)
ミシェルはにんまりが止まらない。
ご機嫌で馬車に乗り込んだ。
✳︎ ✳︎ ✳︎
会場に一足早く着いたミシェルが驚いたもの。
(誰よ!あの良い男は!)
しかも、イーストと親しげではないか。
ミシェルはムカムカしていたが、周りでは
「おい、あれ…」
「よく来れたわね」
「偽聖女のお出ましだぞ」
などとイーストへの陰口が聞こえてきて少しだけ気分が良くなった。
「晴れたな」
後ろから声がする。
サントレ殿下がいらした。
「王太子殿下にお目にかかります」
ふんわりとドレスの裾を上げてミシェルは挨拶をした。
「婚約者として君を紹介するが…」
ため息をついて殿下は目を逸らした。
「?」
「なんだその胸元がだらしないドレスとゴテゴテの装飾品は…」
今まで殿下が鼻の下を伸ばしていたそれらじゃないか。
ミシェルは歯を食いしばる。
「ん?なんだか騒がしいな…」
「イースト伯爵令嬢がいらしたので、皆少しざわついているのです」
「ふぅん?」
サントレはイーストに目をやると驚いた顔になった。
その顔をみてミシェルは気づいた。
この顔は後悔の顔だ、と。
なぜだか最近ミシェルにそっけない態度をとっていることも気にはなっていた。
それは聖女としての役割を全うしないミシェルに対しての疑問だけではなく、あちらこちらから当然の如くサントレ殿下も雨が降らないことについて突かれていたのだ。
そのことについてミシェルは本気で分かっていなかった。
そして、遂にミシェルを置いてサントレ殿下は歩き出した。
イーストの方へと。
✳︎ ✳︎ ✳︎
「その男は誰だ」
突然威圧の声がしてビクリとする。
声の主はサントレだった。
「王太子殿下にお目にかかります。お久しぶりでございます」
お兄様と共に挨拶をした。
「私はサルバ・カスケートと申します…」
そう言うと食い気味にサントレは言った。
「なんだ、婚約破棄してすぐ次の男かと思ったら…カスケートと言うことは兄貴か?イーストに兄貴がいたとはな」
何という言い方をされるのだろう…と呆気に取られてしまう。
その割にはジロジロと見てくるのをお兄様が制した。
「失礼ですが…」
「なんだ貴様……っ!」
マナー違反に気づいて咳払いで誤魔化すサントレ。
(婚約破棄したのに…もう関係ないじゃない。関わらないで…)
強く思った願いも虚しく、ミシェルがやって来た。
「これはお久しぶりでございます」
形式的に挨拶をすると、ミシェルは怒りを露わにする。
「よく来れたわね!?」
「失礼ですが、ミシェル伯爵令嬢、青筋が立っていますわ」
「だから!?なによ!?本当に腹が立つわ」
私はにっこり笑っていう。
「あらおかしいですわね?怒りは雷ですわ」
「はあ?雷!?…っ!」
「なぜお天気さんさんなのでしょう?」
会場は騒めき戸惑いの声が漏れた。
「おかしいと思ったんだよ」
「六月なのに雨が降らないものね…」
ことの成り行きを見守っていた人たちの声があちこちで飛び交う。
なんと日和見なことか。
すると、サントレは盛大にため息をついた。
「やっぱりな…」
「で、殿下!?違うのです!」
「ミシェル、お前、虹の聖女なんかじゃないだろう?」
ミシェルは口をパクパクさせる。
「で…ですが、殿下も私を好いてくれたのでしょう?」
「だから?偽ったと?」
「いいえ!嘘などついていません!イーストこそ、力がなくなったのに聖女などと!」
「なら!泣いてみせろ!」
サントレは厳しく言った。
「え?いえ、ここでは…」
「なぜできない?」
「六月祭りの途中ですし…」
「今泣かなければ、私は君を聖女だと認めない」
ミシェルはがくりと膝をついた。
そして、きっと私を睨む。
「何なのよ!?イーストばっかり…」
言って掴みかかってきた。
そこをお兄様が止める。
「おやめなさい」
優しい声音で諭す。
ミシェルはお兄様の顔を近くで見てボッと赤くなった。
「王族に対して偽証罪ですよ、大変な罰を覚悟なさい」
次いで出たお兄様の言葉にミシェルは青くなった。
こうしてミシェルは衛兵に捕らえられた。
「すまなかった。私が浅はかだったよ」
なんと殿下は頭を下げられた。
「お、おやめください殿下!」
「今からでも、やり直せないだろうか」
「っ!…婚約は破棄されたはずです」
「だから、復縁するんだろ」
私はにこやかに笑えているだろうか?
正直ギリギリだ。
そんな都合のいい話、ないだろう。
周囲の人々も驚き、静まり返る。
「国王陛下の御成である!」
響き渡る声がした。
サントレ始め皆が玉座の方を向いてお辞儀をする。
「六月祭りにふさわしい好天だな。紫陽花も綺麗だ。皆楽しむが良いぞ」
国王陛下が手を挙げた。
「して、サントレ。先ほどの騒ぎはなんじゃ?」
「み、ミシェルは偽聖女でした」
ミシェルは鋭くこちらを睨む。
「ほう?」
「やはり私はイーストを妻として迎えたいと…」
「それはならん」
威厳のある低い声で言う。
「陛下、なぜですか?イーストは確かに聖女なのです。ならば…」
「そんなことも分からんのか。嘆かわしいな」
しん、と空気が張り詰める。
「一国の王を約束されたお前に足りないものは、熟考する力と人を見る目。目先の物事にばかり囚われる卑しい奴じゃ!」
(そんなハッキリ言わないで!)
私はもうハラハラして堪らなかった。
「カスケート伯爵令嬢、息子がすまなかったな。どうだろう?これからも虹の聖女は続けてくれるか?」
「仰せのままに」
「して、その青年はカスケート伯爵令息、イースト嬢の又従兄弟だな?」
これにはお兄様が答える。
「国王陛下にお目にかかります。覚えていてくださったのですね。光栄です。イーストの父と私の父が従兄弟、イーストとは又従兄弟にあたります」
うんうんと国王陛下は頷いた。
「ま、又従兄弟?」
サントレは素っ頓狂な声を上げた。
幼い頃から何かと気にかけてくれたお兄様。
年が近くてよく遊んだ。
でも、私が殿下の婚約者になってからは一度も会いに来てはくれなくなった。
「アメジストとサファイアか…よく似合っておるの」
「お褒めに預かり光栄でございます」
お兄様は丁寧にお辞儀をする。
アメジストとサファイア…私とお兄様の宝石…気がついて、耳まで赤くなった。
(これは…お互いの瞳の色…!)
「ではイースト、明日から雨を降らせてくれるな?このままでは農作物が心配だ」
私は深く頭を下げる。
「そしてサントレ、今回のことでお前は王の資質を問われることになった。存分に勉学に励み知見を広げるために隣国のインライに留学してくるといい」
インライって…全寮制のとても厳しい学校があるという?
敬虔な信者も多く、皆規律的だと聞く。
さぞ性根を叩き直される学園生活になるだろう。
サントレはがっくりと肩を落とした。
✳︎ ✳︎ ✳︎
次の日、私は国王との約束通り大粒の涙で雨を降らせた。
ひとしきり泣き終えると、空には大きな虹がかかっているのが窓から見える。
(とはいえ泣くのも楽じゃないのよ…)
涙で濡れた頬をハンカチで拭った。
庭園に降りると、そこには先客。
「これは虹の聖女様、恵の雨をどうもありがとう」
「お兄様…昨日はありがとうございました」
お兄様は少し考えて言った。
「その、お兄様ってやめないか?」
「あらお嫌でした?」
「うーん、宝石をプレゼントしたあたりから気づいて欲しかったんだけど…っていうか、昔から気付いてて欲しかったけど」
「気づいてましたとも」
ふふふ、と笑う。
お兄様、もといサルバは跪く。
「もう一つ、プレゼントを受け取ってくれるかい?」
言って指輪を取り出した。
薬指にはめると、手の甲にくちづけされる。
「君の手は小さいね、まるで昔のままみたいだ」
雲の切れ間から覗く太陽に透かしてみた。
その手を覆うように指の隙間をサルバの指が滑って握られた。
腰を抱かれくるっと回る。
逆光だったサルバに陽の光が当たって、煌めく紫の瞳に吸い込まれそうになる。
「今日は眼鏡をされないの?」
「君のネックレスが僕の瞳の色だって分からせないと」
「それは一体誰に向けてですか?」
言って私は思い切り笑う。
サルバもお腹を抱えて笑った。
その光景はいつかの子どもの頃に戻ったみたいだった。
ただ、お互いを思い合えたあの頃と同じーー
【9月30日アンソロジーコミック発売】偽聖女の汚名を着せられ王太子に婚約破棄を言い渡された、虹の聖女は再び求婚される あずあず @nitroxtokyo
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