第25話 巻き
新しい教官に見せる最初の実技。アピールのためではないと知りながらも、評価というものは粘つく鎖のようなもので、一度でも絡むと容易には外せない。出世や贔屓につながり、その逆もある。それに先ほどのそっけない新教官の態度が拍車をかけていた。
「さん。に。いち。始め」
戦の幕が開いた瞬間、どの砲も一斉に唸りを上げた。あちらのグループもこちらと目的は同じで、一目散に遮蔽物まで突っ走る。
魂鎧は二脚であり、移動は人間と変わらない。そのサイズだけが大きいだけで、動作は縁生の助けを受け、筋力増幅だったりモニター確認だったりはあるものの、パイロットに依存する。
筋肉が鋼だけに、その稼働音は決して静かではない。金属の擦れる音と砲の炸裂音が重なって、巨体が地面を震わせる響きに耳鳴りがする。仲間の数だけある騒音が、聞こえるはずのない雄叫びが、耳から内蔵までことごとく揺さぶる。
ジグザグに走って砲を躱す暇もない。開始わずかで肩に二発受けたが移動速度だけは落とさなかった。
『左腕損傷大! 目標まで五百メートル!』
白兵戦は免れない。だがそこさえ乗り切れば、この戦いの勝ちはぐっと近づく。
『目標遮蔽物まで百メートル』
砲火は増す。モニターの端に映し出されるログには突撃班の被害報告が流れ続けている。
数百メートル後方からの援護射撃の一発が、相手の魂鎧の腹に直撃した。致命的なことは一目瞭然だった。
『横島、大破確認。撃墜だ』
冷静に潜む興奮を隠せない。あれはクラスメイトで、友人だ。それなのに俺はこんなにも興奮している。夜店の射的が命中した時のように、ゴミ箱へのロングシュートが成功した時のように、俺の戦果でもないのに拳を振って歓びたくなった。
「俺は異常か」
遮蔽物は目前であり、もうすぐ接近戦が予想される。場違いで不可思議な叫びにコノミコは鼻を鳴らす。
『知るか。いいから刀を抜け。目標まで五十メートル!』
大刀を鞘から抜き取る。敵味方の突撃班が一斉にそうした。
「オオ――――!」
『……うるせえなあ』
相手は万能だった。コロコロと表情を変えるかわいいやつだ。背も低くおかっぱ頭で、いつも誰かを気にかける。
その万能の刃が袈裟懸けに振るわれた。一旦受け止め、手首の力を抜く。刀の先端に線が引かれていれば、それが円を描くように振り回し万能の刀を上空に吹き飛ばす。
刀を沿わせながら円を描き、相手の力を利用して武器を弾くという「巻き」と呼ばれる技だ。
巻きが成功すれば相手は一時的に無防備となる。まさにいま万能は無防備であり、刀を振り下ろせば彼女の乗る鎧の頭をカチ割ることができる。
『やれ』
コノミコが言うより早く、万能の左肩に大刀を叩きつける。切断するには至らず、めり込んだままになった。
「ふっ!」
バットスイングの要領でめり込んだ刀ごと魂鎧を放り投げた。砂埃を巻き上げて倒れ伏し、撃墜、とコノミコが言った。
『援護班がもうすぐ着く。交戦中は堀田。釜草は撃墜』
手が空いているのは俺と、敵となっている鈴木だ。俺たちと魂鎧、両者の視線が交わされると、すぐに彼は殺意をむき出しにする。
「早くそこを取れ!」
援護班の間宮は叫んだ。
『勝手だぁね。まあそんなもんだけども』
俺と鈴木の鎧が、勢い余った鍔迫り合いで激しく衝突した。その衝撃でコックピット内も揺さぶられ、ガタガタと無重力と着地とを一瞬で何度も繰り返す。反動で後退したのは鈴木の方だった。
ホルスターから砲を抜き出し、弾をばらまく。あっけないほど全弾命中し、仰向けに大きく崩れた。
ログの撃墜報告では田中と堀田の名前が同時に表示される。しかし援護班の到着により、相手は降伏の信号を出した。
『もっと粘るかとも思った』
戦闘終了のアナウンスが流れた。一気に気の抜けた演習場に吹く安堵の風を、鎧のなかでも感じた。
「どのみち相手は数的不利だ。それに被弾を防ぐ方法もない」
わかったようなことを言いやがって。とコノミコは毒づく。
『私だったら鎧の残骸を盾にするね。それなら弾をある程度防げる。武器も同じで拾う。いざとなったらこのぐらいしてもいい』
「心構えの話か?」
接近戦をした連中の数人は整列に参加できなかった。田中と万能と、堀田だ。格納庫に運ばれていくのが見えた。
『今はそれでいい。どこかで聞いたことがあるくらいに留めておいていい。でもな、実際に起こり得ることだ』
その不思議な説得力に唾を飲み込むと、井伊先生が訓練を締めた。
「ご苦労さん。個人面談をするからいつも通りに待機していろ」
そのあとで、またあの声がした。俺の身骨を震わせたあの声だ。
「お疲れ様でした。井伊先生の指示に従うように。解散」
「それは私のセリフ。おら、解散しろ」
二人の関係性が見えるようで変に面白い。俺たちはそのまま格納庫に戻り、鎧から降りる。
保健室へ見舞いにはいかない。たまには行くが、今はそんな気分ではなかった。
他の連中と同じで、戦闘中は考えもしなかったのに、賭けの結果が気になって仕方がないのだ。医務室の連中には申し訳ないけど。
あの新教官は誰だ。声からして若い女性なのはわかる。不安がる必要は全くないのだが、忘れ物をしたような胸騒ぎが治らない。
「お疲れ。早苗と鎌草くん、大丈夫かな」
東風は勝利に喜びながらも、眉根を寄せる。突撃班の損害は仕方がないとわかってはいるが、彼女は難しい顔だ。気持ちはわかるが、そんなことに構っていたら軍人としてやっていけるのか心配になる。
『お前はどうなんだよ』
俺は平気だ。
「大和って戦闘の後は暗い顔だよね」
『お見通しだね。なぁにが平気だよ』
歩きながら覗くガラスに映った自分の顔。いつもと変わらないように見える。
どうしてそう思うのか聞くと、
「なんとなく」
と、東風はよくわからないことを言った。
教室は想像通りに熱気に満ちていた。拳を振り上げたり、貧乏ゆすりが止まらなかったり、その盛り上がりは様々で、中心にいるのは船川だ。
「あ、氷澄!」
「なんだよ」
船川は「ん」と掲示板を指差す。そこでは声からして男ではないとわかり、鉛筆で車線が引かれている。
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