第23話 先達のお言葉

「またか。早耳は誰だ」


 船川が手を上げる。眩しい笑顔に先生は少し眉間に皺を寄せるだけで何も言わなかった。

 なんとなくソワソワした落ち着かない午前中を超えて、当選発表が訪れる。

 予備の魂鎧に乗り込み演習中に整列すると、全体通信から井伊先生の声。噂の講師の紹介をするはずだ。しかし、賭けを知ってのことか彼女は長ったらしく演説した。

 規律がどうとか、意識がどうとか、こんなことは毎日のように言われ続けていることなのに、いつもより長く行われた。


『まあ、そういうのがなければ軍人じゃ無いからな』


 コノミコは当然のようにそう言った。彼女にしては珍しく真剣だった。


「へえ。そういうもんか」


 心の中で聞いてみると、あっけなく肯定した。持論だけど、と付け加えて、


『軍人は規律で動かなきゃしょうがない。勝ちを拾うためには大事だぜ。物資や人間や鎧は敵の方が多いから、統率力くらいは勝っていないと先はないのさ』


 コノミコは続ける。


『国がなくなればどうなるか、想像できないわけじゃ無いだろう」


 世界中央は武力によってその勢力図を広げている。大陸を鉄道で突き進み、海を渡ってまで攻め込むのは、自身が世界をまとめ上げなければならないという、攻撃される側にはたまらなく迷惑な主義に基づいている。領地となった全ての国が貧困にあえいではいないが、法整備やインフラの保護を受けたりはしない。ただ争いで焼かれた土地を残すばかりだ。ほったらかしで、戦力だけを奪われた国では暴動や内乱が多発し、中央はそれをまた武力で抑える。国は疲弊し、その全てを中央式にされるのを待つのだ。


 もし日本が中央のものになったら。あらゆる港や基地が占拠され、その地域は完全に中央の色になり、さらに資源の少ない日本では、国民の時間と体力を削ることでしか何かを生み出せないために、削り取られるのは輝くはずのあらゆる未来にまで及ぶだろう。


『軍人は規律を守る。規律っていうのは、人間的な常識もそうだし、戦場での立ち振る舞いもそう。さらには勝つ意思も内包されている。あの先生はそういうことが言いたいのさ』


 ちょうど先生はコノミコと同じように、勝利を掴むためには統率が必須と述べた。それよりも驚いたのは、コノミコの真面目さだ。

 彼女はいつだって軽薄で、適当で、ユーモリストだ。それが今に限っていえば、まるで歴戦の軍人のような訓戒をして、なおかつそれが当たり前の常識であるかのように話している。

 そういう見たことのないコノミコの軍人像に身震いした。


「わるい。見直した」


 そう告げても彼女にはなんのことかわかっていないらしい。


『何が?』


 と、困ったように言って、先生の演説に飽きたのか鼻歌を歌いだした。

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