双星の天剣使い
七野りく
第1巻
序章 上
「馬を止めろっ、逆賊っ! 抵抗すれば容赦はしない――がっ!」
私――
夜明け間近の薄闇と北方の冷気の中、悲鳴があがり、鞍の灯りと共に落馬する。
多少視界が悪いとはいえ、戦場であれば額を射貫いているが……襲撃者であっても、同じ帝国の民なのだ。殺したくはない。
私は両脚だけで馬を操りながら、その間も追手へ次々と矢を速射する。襲撃者の血に汚れた外套と黒基調の軽鎧、腰に提げている黒鞘と白鞘の双剣が揺れた。
『っ⁉』
動揺し速度を緩めた残りの騎兵達の腕や腿に矢が突き刺さり、動きが止まる。騎射を習得している者はいないようだ。
今宵泊まる予定だった帝国最北都市『
「……私が逆賊と呼ばれる日が来ようとはな」
春近し、と謂えど荒野の夜明けは冷え、息も白い。本来ならば、今頃は温かい部屋で微睡んでいただろうに……。
私や、今は帝国大丞相を務めている幼馴染の
十五で初陣を果たした後は、先帝に双剣を託され、何時の間にやら軍事を統括する大将軍となり東奔西走。
数多の苦難を乗り越える中――私と内政を司る英風は【双星】と讃えられるようになり、今や帝国は、北方草原地帯に位置する小国【
私達三人があの日、千年を生きたと伝わる巨大な桃の大樹の前で誓い合った夢は、手が届くところまで近づき、双剣は天下を統べる剣――【
しかし……先帝が亡くなって以降、帝国領は拡大していない。
現皇帝には天下を統一する意志がないのだ。
私自身も最早大将軍ではなく、あれ程近しかった英風とも、数年の間会ってもいない。
物悲しさを覚えながら、薄闇の中を動く追手へと矢を送り込む。
再び悲鳴と叫びが響き渡った。
「ど、どうして当たるんだっ⁉」「た、松明を消せっ!」「負傷者多数っ! 手が足りませんっ‼」「盾に隠れろ! あの御方が本気なら……俺達は今頃、みんな死んでるぞ‼」
弓に矢をつがえながら、相手戦力を分析する。
――追手の多くは実戦を知らない新兵。
数少ない古参兵も、視界の悪い夜明けに騎乗戦闘の経験はない。
今や私を追う余裕を持つ者はいなくなっていた。矢を外し、独白する。
「……弱い。皇帝陛下直属軍がこの程度とは。私を確実に殺したいのであれば、もっとやりようがあるだろうに。都で暗殺する気概もなく、『来春の侵攻に備え、北辺を偵察せよ』なぞと嘘の任務をでっち上げて――いや、わざと、か……そこまで恨んで……」
最後まで言葉は出て来ず、私は馬の手綱を引いた。
夜明けの近い北の空に双星が瞬く中、踵を返させ、目的地へと急ぐ。
――私が大将軍を退いたのは、先帝が亡くなった翌年だった。
早急な【斉】侵攻を訴える声が、五月蠅かったのだろう。
二代目皇帝から遠回しに引退を促され、まずは将軍位。
以後、兵権、領土を順次返上し、実質的に隠居状態となった。
一度だけ英風と激論を交わしたものの、帝国の政治を司る、大丞相閣下との議論は噛み合わず――腰で揺れる、漆黒と純白の鞘に触れる。
私に残されたのは今や【天剣】のみだ。
これだけは――……どうしても返上する気にはなれなかった。
「いたぞっ!!!!! 討ち取れっ!!!!!」
前方から若い男の命令が響き渡り、数十の騎兵が小高い丘を駆け下りて来る。
伏兵か!
馬を駆りながら、軍の指揮官として考える。
――これで暗殺者達を含めれば五隊目。
たった一人の目標に対するならば、初手から大兵力で圧倒すれば良いものを……。
過去七年間の軍事費削減は、兵達の練度だけではなく、指揮官にも悪影響を与えているようだ。同時に間違いなく、英風の指揮ではない。
急速に近づいて来る騎兵の群れを見つめる。
朝靄の中とはいえ、弓で狙い撃つのはわけもないが……。
弓を背負い、鞍に結わえつけてあった槍を手にし、
「はっ!」
左手で手綱を持って馬の速度を一気に上げさせる。
昔、私が命を救ったらしい『老桃』の若き守備隊長は、良い馬を選んでくれたようだ。
……後で罪に問われなければ良いのだが。
そんなことを思いながら、薄い靄の中へ突入。
「⁉」「ぐはっ!」「つぅ!」「なっ!」
『っ!?!!!』
敵部隊内を真正面から貫き、擦れ違い様に柄で数騎を叩き落とす。
咄嗟に剣で反撃してきた若い騎兵の一撃を軽く躱し、馬首を返す。
靄が晴れ、兵達の『信じられない』という表情が見える。
かつて、私達三人が誓った『乱れた天下を統一し、悪政と異民族、賊によって虐げられている民を救おう!』という夢は、最早叶えられまい。
……それでもっ!
右手で槍を大きく振るい、名乗りを上げる。
「煌帝国前大将軍、皇英峰だ。小僧共――我が首、取れるものなら、取ってみよっ‼」
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