心に刃を抱える者

プルルル…

出かけようとしたその時、電話が鳴った。

あの日から電話に出なかった‥出られなかった。この日は何故だか受話器を手にしていた。

「もしもし」

「ゆう…俺‥」

ドキッ…一気に神経が波打ち、時が止まったかの様に身動き出来なくなった。

「もう、電話するのやめようと思ったんだけど‥ごめん」

謝るのは、あたしの方なのに‥なんで‥

変わらない、舌足らずの優しい声‥

でも消えてしまいそうな小さな声‥

視界がボヤけて見えない。

「ごめん…」

「よっこから聞いた‥ゆうが俺と会えばって言ったって‥だから俺‥会ったよ」

よっこと呼んだその声が、あたしの中でこだまして心の中のドス黒いものが蠢いた。この優しい声で、あたし以外の名を呼んだ。ただそれだけで、心がかき乱され正気でいられなくなる。

これ以上近づけばきっと深く傷つけてしまう。

「ごめん」

ガチャンと電話をきり外に駆け出していた。

涙が溢れ、まだこんなにも心がざわめく‥

幸せならなんて‥ウソだ‥ウソじゃない。

気がつけば、いつものベンチに座り空を仰いでいた。

バカみたい‥いつまでも、あたしの名前だけなんて‥バカみたいだ。

初めて自分でビールを買い、グビグビ呑んだ。シラフじゃいられない。

不味い…マズくて泣けてくる。

「お前、何やってんだよ。こんなとこに一人で…」

ふと見ると、クニとけいごが立っていた。

「あれ~どうしたの?」

「お前に聞いてんだよ。バカ」

「バカって‥うん‥バカだな‥アハハ」

バカ過ぎて‥笑けてきた。二人は黙って立って見ている。

「おい。やめろよ」

クニは真剣な顔をしている。

「帰る」

居たたまれなくなって歩き出した。

「おい、どこ行くんだよ」

「うるさい」

自分が情けなくて逃げたした。涙なんて見られたくない。

「ちゃんと家に帰れよ」

しばらく、あてもなく歩いた。

コンコン…

「遅かったね」

瀬戸の嬉しそうな顔を見たら、思わず抱きついていた。

「どうしたの?」

髪を優しく撫でられた。それから、あたしの顔をソッと覗きこんだ。

「ぶっさいくでしょ?」

泣き腫らした顔してると思う‥

「可愛いよ」

何も聞かずギュッと抱きしめてくれた。

心が安らぐ‥

「あったかい‥なんか泣けてくる」

「ここに座ってな。飲み物持ってくるから」

口元で、シーッと人差し指を立てて、瀬戸が部屋から出て行き、戻って来るとドアを閉め、音楽をかけた。

流れてきたのは‥ウィスキーコーク‥

あっ‥レモン‥

そう思うと同時に、瀬戸がレモンをがぶりと噛るとグラスに注がれたブランデーを口に含み、あたしに口移した。口から溢れるのも気にならなかった。

流れるメロディー、タクティクスの香り、酔いが回る。

月明かりが‥綺麗‥

「好き」

何度も囁かれ身を任せた‥

月明かりに照らされ光輝く何か‥

あ~ペペの毛かな?キラキラ輝いてる‥

痛みが走り思わず押し退けた。

「帰る」

「待って。行かないで」

「お願いだから‥来ないで」

瀬戸を制して窓から外に飛び出した。

後悔はしていない‥初めから分かっていた。

路地を曲がると、うずくまる影が月明かりに見えた。やがてユラユラと立ち上がり、手に持った何かを持ち上げグビグビと煽った。

ガシャーン‥

煽った一升瓶を勢いよく道に叩きつけた。

割れたビンの尖った破片を目の前に掲げ、あたしににじり寄った。

「無理に何かされたなら、ぶっ殺してやる」

目は潤み、ぶっ飛んでいる。本気だ。

「無理になんかされる訳ないでしょ。関係ないから帰りな」

クニの目をジッと見た‥どこを見ているのか焦点が合っていなかった。

しばらくの沈黙‥クニの前に立ちはだかり動かなかった。

パリン…

破片が飛び散り、持っていたビンの欠片を手放した‥

ゆっくりあたしに背を向けるとユラユラと歩いて行った。その後ろ姿を、見えなくなるまで見守った。

きっとあたし達は似た者同士だ。鋭い刃を抱えている。それは諸刃の剣。刺激されれば直ぐにむき出しになる。距離感を誤れば無傷ではいられない。ソレを止める事が出来るのは、刺激されない人といる事だけだ。相手を見誤れば制御不能‥相手もろとも砕け散る。

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