酔い
「美味しいカクテルってのがあんの。飲み来なよ」
「お酒?」
「カクテルだよ~楽しくなるよ」
夜、カナとサキんちに行く約束をした。
クニの手が気になって保健室を覗くと、ベッドに横になっていた。シャーッとカーテンを開けるとパチッと目を開けた。手に包帯が巻かれている。
「手、大丈夫?」
ムクッと起き上がった。
「たいした事ねぇよ。あいつの歯が汚ねぇから、バイ菌入った」
「えっ?バイ菌?本当に大丈夫なの?」
手が腐るんじゃないかと焦った。
「何、慌ててんだよ。冗談だよ」
「冗談とか止めてよ~あたしのせいでもあるし、気にしてんだから」
「大丈夫だから気にすんな。相変わらず面白れぇな」
「何がよ‥ゆっくり寝てな。大事にしてよ」
「待てよ」
「いいから寝てな。起こして悪かったね」
とりあえず手当てされてて安心した。
サキんちに行くと、カナはもう来ていた。カナの家も親が不在がちで、最近は頻繁にサキんちに出入りしている様だった。
「遅かったね~先にちょっと飲んじゃった」
「凄い美味しいよ~ジュースだよ」
二人共、楽しそうだ。
「ゆうも飲んでみて~バイオレットフィズだって」
恐る恐る一口飲んだ…美味しい。カナの言った通りジュースだ‥
「気持ち良くなってきた~なんかフワフワしてる」
キャハハハ…カナはずっと笑ってご機嫌だ。
「なんか熱くなってきた」
あたしは雑誌で顔をあおいだ。
「散歩行かない?」
サキが部屋を出て、それに続いて外に出た。夜風が気持ちいい‥サキについてフラフラと歩いた。気がつくと、いつものベンチに座っていた。久しぶりだ~ボケ~っと空を仰いだ。サキ達のキャッキャと楽しそうな声が聞こえてくる。風が吹いてフワッと香りが鼻をついた。
ドキッ…田所くん?
慌てて上体を起こした。
「来なかったね」
いつの間に‥隣で瀬戸が空を見ていた。
「この香り…」
瀬戸がチラッとあたしを見た。
「嫌い?」
「…好き」
泣きそうだ…前は匂わなかったのに‥
「待ってたんだよ」
「誰を?」
また空を仰いだ。香りが鼻をつく…胸が痛い。
「俺が待ってたのは」
「知ってる。聞いた」
瀬戸の言葉を遮った。
「何を?」
「仲良くやんなよ」
ダメだ。香りに酔いそう…ベンチを立ち皆の所に歩いて行った。
「気持ちいいね~」
カナがニコニコ笑って地べたに座っていた。サキはカンジくん達に追われ、駆けずり回っている。
「どれか好きなの食べる?」
瀬戸が手に乗せたアメをカナに見せた。
「じゃあ~これ~」
「もっと取ってもいいよ。でもこれはダメ」
「瀬戸~あたしにも頂戴」
サキが走って来て手を出した。
「後はいいよ。全部あげる」
サキの手にバラバラとアメを乗せた。
「俺が好きなのはこれ~ママの味」
あたしを見て‥パクっと食べた。
「何それ~ママの味~」
キャハハハ…サキとカナは笑い転げた。
「はい。好きでしょ」
瀬戸はミルキーを手に乗せ差し出した。
「これは誰にもあげないから」
子犬のような潤んだ目で見ている…
危ない‥また酔いそう‥
田所くんがジェットコースターなら、瀬戸はゆりかごだ。心地良く誘う。
トントン…肩を叩かれた。
ん?叩かれた方を見ても誰もいない‥
トントン…ん?逆隣の瀬戸を見ても知らん顔でそっぽを向いている。
トントン…ん?瀬戸をジッと見た‥
チラッとあたしを見た‥
プハハハ…
「ちょっと~やめてよ~」
アハハ…瀬戸が反対側に手を伸ばし叩いていたのだ。二人で顔を見合わせて笑い合った。
「やっと笑ったね」
あたしの頬をスッと撫でた。
「冷たい」
そう言って、両手であたしの頬を包んだ。
「あったかいでしょ」
突然の事に驚き、手を掴んで払おうとしたら、ギュッと手を握られた。
「あったかいでしょ」
嫌になるくらい…熱かった。
いや…ダメダメ…みいの男、みいの男と心の中で呪文のように唱えた。
「俺、誰と仲良くするの?」
両手であたしの頬を押さえたまま、訴えるような真剣な眼差しでジッと見ている。
「みいの男なんでしょ?」
思わず呪文が口から出ていた。
うわっ‥まるでヤキモチ妬いてるみたいじゃないか…
「気にしたの?」
ほら‥やっぱり‥見逃さない。
「彼女いたら誘わないよ。信じてくれる?」
この心地良さ‥この眼差し‥吸い込まれそう‥
「信じません」
振り払って行こうとしたら、手を強く握られ歩き出した。
「ちょっと~どこ行くの?帰るよ」
「信じてくれるまで離さないよ」
「皆、置いて行けないよ」
瀬戸はピタッと立ち止まった。
「じゃあ明日、俺んち来てくれる?」
何故だかすぐに拒めない。
「寒いから俺んちで、みんなで遊ぼ」
「…」
「好きじゃなきゃ、こんな危ない事できないよ」
この時は、この言葉の意味が解らなかった。
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