魔法

バスで二、三十分の商店街に頼んでいた物を取りに行く日、友達も行きたがったが学校から帰り、すぐに着替えて出かけたかったから一人で行く事にした。田所くんの家が近いらしく、来ると言ったけど学校終わりで時間が未定だったから断った。バスを降り商店街に向かった。

「ゆう」

声がして半信半疑で振り向いた。

「田所くん‥来たの?よく時間分かったね」

まさか、いると思わないから驚いた。

「学校終わったら来るって言ってたから、大体で来てみた」

はにかんだように笑った。

マズい…また神経が波打つ…

「乗って」

近くに停めてあった自転車を引いて言った。

後ろに乗れって事?恥ずかしすぎる…

どこを掴んだらいいの?…

予期せぬ事に固まった。

「歩くと大変だから乗って」

田所くんが自転車にまたがった。

「いや…いいよ‥重たいし」

無下には断れない。

「大丈夫だから」

恥ずかしいけど‥田所くんを拒める訳もない。恐る恐る後ろに乗った‥あたしが乗ったのを見届けると、ニコリと笑い静かにペダルを漕ぎ出した。サドルをちょこっと掴むだけでは不安定揺れたと同時に咄嗟に田所くんの服をつまんだ

「つかまって危ないから」

あたしの手を掴むと、お腹にまわした。

カーッと一気に血が騒ぎ波打った。

訳がわからぬまま店に着き、目的の物を受け取ると店を出た。

「まだ少しでも時間ある?」

待っていた田所くんが聞いた。

「うん。少しなら‥」

本当は緊張で、どうにかなりそうなのに何故かそう答えていた。

「良かった。乗って」

田所くんの顔がパーッと明るくなり、言われるがまま再び自転車に乗ると、今度はすぐにあたしの手を掴みお腹にまわすと自分の手を重ねた。全神経がその手に注がれた様に身動き出来ずにいた。自転車の二人乗りは初めてじゃないのに、こんな感覚は初めてだった。

田所くんは簡単にあたしを別世界に連れて行く。やがて、あるお店の前で自転車を停め、あたしの手を引き、そのお店の裏手にまわると階段を上りドアを開けた。

「入って‥ここ俺んち」

なんか色々ありすぎて追いつかない‥呆然と立ち尽くしていた。促されるまま部屋に入った。

「ちょっと待ってて。飲み物持って来る何がいい?」

「…なんでも」

ポツンと部屋に残され放心状態のまま辺りを見渡した。タバコの空き箱が壁一面に飾られている。日の丸の旗、単車のメット、プラモデル、香水…

あっ…ブレスレット‥急につけてるのを見られるのが恥ずかしくなり、そっと外してポケットにしまった。

飲み物を持った田所くんが戻って来て、立ったままのあたしを見てニコリと笑い、ソファーに座った。

「こっち座って」

おずおずとソファーに、ちょこんと座った。

もう何も考えられない‥言われるがまま‥

田所くんの魔法にかかったみたいだ。

そんなあたしの緊張を解してくれるかの様に、友達の話をしたり写真を見せてくれたりした。

田所くんの家のすぐ近くにバス停があり、あたしの家の近くまで繋がっていた。

遠いようで近いんだな…

何だか嬉しい気持ちになった。

バスの中から、外で手を振る田所くんを見ながら、そんな事を考えていた。



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