第2話 ハーレムルートとその顛末

「シルビア様、今少し、細かなお話をお聞かせ願えませんか」

「わかったわ、エリス。何を説明すればいいかしら?」

「先ほど、王太子様に断罪されると」

「ええ。私は王太子アーサー・クロムウェル様に断罪されるのよ」

 そう言って、にこりと笑う。


「婚約者であるアーサー様になぜ」

「アーサー様は、男爵令嬢セリア・サクリファイス様に夢中になってしまって」

「男爵令嬢?」


 あまりの身分差にめまいがする。

 貴族なのだから、王太子と自分自身の身分差については、きちんと理解してほしい。

 もちろん、アーサー様は、同世代の貴族令嬢たちから、一度舞踏会でお相手できれば、と夢のように語られる存在だ。

 だが、それはすべて身分差を理解した上での「夢」だ。


 それは、すべての貴族が理解している、また教育されているべきもの。


「彼女はヒロインなの」

「ヒロイン? とは?」

「乙女ゲーム『王宮のロマンス』の主人公よ」


 あー。昔、その手の異世界転生物は、よく読んだ気がする。

 ここ、そういう世界だったのか。


「あ、ごめんなさい。わからないわよね、そんなこと言われても」

「シルビア様。王太子様は『攻略対象』なのですね」

「え……」


 シルビア様の言葉が止まった。


「シルビア様。私は17年前にタカヤマ子爵家の三女として誕生しました。ですが、その前は……。元の世界での私の最後の記憶は乗っていたバスに、トラックが突っ込んでくるというものです」

「エリス……、あなた!」

「はい。転生を信じるも何も。私自身が転生者です」

「そ……そうなのね」


 シルビア様は私の手を握ってきた。


「よかった……。私、誰にも相談できなくて……」

「それは私もです」


「あ、でも私もバスに乗っていたの。ひょっとしたらバスに乗っていた人たち、全員が……」

「可能性は十分にあるでしょう……。シルビア様のおっしゃられたセリア様も、また転生者なのかもしれません」


 身分差を気にしない。

 それは、この世界をゲームと思っているから。

 この世界に生まれて十七年。

 前世の常識は、大体捨て去った。

 民主主義に自由主義、科学技術。

 チート能力も何もない私にとって、目の前の世界こそがすべてだった。

 だから、私は婚約者のいる王太子との恋愛など考えられなかった。

 まあ、男に対して思うところがない、という部分は置いておいて。


 私も子爵家の子どもだ。

 それが、おおいに不敬となるのは、重々承知していた。


 当たり前だ。


 前世の記憶、とはいっても、この世界では夢以上のものではない。

 自分一人の思い込みと言われてしまえば、それまでだ。


 私の場合、スパイ学校で壊れそうな心を慰めてくれたのが、前世の記憶だ。

 私の前世の仕事は商社の情報調査機関の下請け調査会社の社員だった。

 まあ、要するに産業スパイだ。

 だから、やることはよく似ていた。


 似ていたからこそ、前世の知識を反芻して、応用した。

 ひょっとしたら、それが私のチート能力だったのかもしれないが、その経験が前世の知識を確たるものとしていった。


「結論から行きましょう。シルビア様は、なぜ断罪されるという結論に至ったのでしょうか」

「フラグが立ったのよ。先日の学園舞踏会」


 学園というのは、シルビア様が通われている、貴族の子弟たちの学校だ。

 学校という名がついてはいるが、体のいい人質政策で、各貴族の子弟が二年ほど、王都で暮らす義務があった。

 そこで、学園の子弟たちのみでの社交が行われる。


 人質政策というのは、読んで字の通り。

 王家に翻意ありとわかれば、問答無用でその子弟が殺されるということだ。


 ついでに、学園内社交で、結構な費用を使うので、学園の費用と婚姻の持参金、婚姻のための費用が、貴族の財政をかなり圧迫することになる。

 そのため、子だくさんの貴族は、学園ではなく、それぞれの専門校に預けられるのだ。


 私の通ったスパイ学校、また兄弟が通った士官学校をはじめとする「学園」以外の学校もいくつか存在する。


 ちなみに一番上の兄をはじめとする五番目までは「学園」に通っていた。


 兄弟間格差である。


 さて、その「学園」で開催された舞踏会。


「私の知る限り、『王宮のロマンス』には五つのエンディングがあるの。四人の攻略対象とのハッピーエンド。四人の攻略対象それぞれと主人公が結ばれて、幸せに暮らすの」

「攻略対象」

「そう。王太子アーサー・ル・クロムウェル様。そしてスチュアート侯爵家令息ジェイムズ・グレイ・スチュアート様、スティングレイ伯爵家令息アーチボルト・スティングレイ様、ハートリー子爵家令息サイモン・ハートリー様の四人」


 ふむ。いずれ劣らぬ美形とのうわさは聞いていた。



「そして、ハーレムルートという第五のルートがあるの」

「ハーレム……」

「攻略対象全員の好感度が最大のルート。その場合、五人全員と仲良くなって、女神さまみたいに扱われるエンディング。難易度最高の隠しルート。だけど、そのルートに入ったフラグが立ったの」

「フラグ……」


 まあ、そのルートに入ったという証だろう。


「学園舞踏会で、四人全員と順番に踊ることになるの。他のルートだと、もっとも高い好感度の攻略対象としか踊らないのに」

「そして、舞踏会で全員と踊ったということですね」

「そう。そして、このルートにのみ、王太子の婚約者、すなわち私の断罪追放イベントが発生するの」

「なぜ……なのです?」

「まず、アーサー様にとって、私が邪魔になるから」

「はい。でも、それはアーサー様ルートでも同じなのでは?」

「そのルートだと、追放などにはならないの。国王陛下が主人公を気に入って、特別に取り立てるという流れなの。だけど、ハーレムルートだと、アーサー様一人と結ばれるわけにはならないの。だから……」

「だから、私の追放をきっかけに、サファイア侯爵家の失脚。そこから大きな政変が発生し、吏部尚書を中心とした王太子派がアーサー様を擁立。アーサー様体制ができあがるの」

「反乱じゃないですか!」

「そう。そうでもしないと、無理なのよ。ハーレムルートなんて。いくらプレイヤーが望んだからと言ってもね」


 いや、乙女ゲームって、男にとっての美少女ゲームと同じだろう。

 何で、恋愛を成就させるために、国がひっくり帰らなきゃいけないんだ。


 いや、王子様をはじめとする宮廷有力者との恋愛があった後の世界設定だからか。


「シルビア様」

「はい」

「何としても止めましょう」

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