第11話 戦場のひよこ達
日本国が転移して以降、怪物が高頻度で上陸してくる北海道は面積の4割以上を怪物に制圧されていたが、現地に配備されている戦力も強力であったため、態勢を整えた自衛隊が反撃を開始し、押し返しつつあった。しかし、日本国が蜀と接触したことで状況が変わることとなる。
倭国の使者と接触してから2ヶ月後、日本国の周辺に発生していた黒霧が広範囲で消滅し、日本国は倭国と蜀の両国と無事に接触した。程なくして蜀には豊富な鉱物資源と油田の存在が確認される。ここまでは倭国から得られた情報通りであったが、大きな問題が発覚する。蜀では、大量の魔物が資源地帯を押さえていたのだ。
日本国が必要とする石油を産出するには魔物の支配地域にある油田も確保しなければならなかったため、政府は魔物駆除を名目に蜀への自衛隊派遣を決定する。
日本国、北海道稚内
転移から10ヶ月が経過した某日、国道40号線を陸上自衛隊の地上部隊が北上していた。10式戦車4両を主力とするこの部隊は最近になってできた部隊である。
国は普段から戦時体制を想定して自衛隊を運用してこなかったため、急な人員の増強は直ぐにはできず、自衛隊OBと予備自衛官に新人を組み合わせた、即席の部隊が新設されることになる。
「現在、稚内には姫級13、カニ130、半魚人250が侵攻中である。我々の目標は市街地に侵入した姫とカニの殲滅だ。市街地には友軍も民間人もいない、存分に暴れてこい。」
部隊長の無線指示が飛ぶ。
「まったく、上の連中は何考えているんだ? この忙しい時に第七師団を海外派遣するなんて。」
10式戦車三号車の倉田車長が車内で愚痴る。
「仕方ありませんよ、派遣先の蜀には石油が出るってニュースで放送されていましたから。それに、あの国の怪物はかなり手強いらしいです。」
操縦手の
「海自の友人からですが、哨戒機にナパーム積んで爆撃するなんて話を聞きましたよ。」
砲手の田中もヨンに続いて答える。
「俺が言いたいのは・・・まぁいい、もうすぐ到着する、訓練通りやれよ。」
倉田は本音を言いかけて止める。日本を守ることが自分たちの使命であり、入隊から今まで、そう教育を受けてきた。日本に石油が必要なことは重々承知しているが、倉田にとって新人に国の防衛を任せる今の状況は違和感があった。
「田中もヨンもまだ十九歳。こいつらを死なせるわけにはいかない。」倉田は心に誓い、そして部隊は戦闘地域に入るのであった。
姫級と呼称される怪物は、カニとエビが混ざったような見た目であり、二階建ての住宅ほどの大きさがある。その体躯から放たれる一撃は強力であり、鉄筋コンクリートの建物でも倒壊させるほどであった。定期的にダイオウグソクムシ型の怪物を排出していることから、その成体であると考えられているが、幼体との差が多くあるため確定はしていない。
姫級はパンガイア大陸沿岸でも現れるのは珍しい個体であり、1体でも出現すると現地のギルドが高ランクの人材を集めて共同で討伐を行うほどの強敵であった。北海道のように十数体同時に出現した場合は弱小ギルドでは対応できないため、軍が出動する。しかし、軍でもとれる戦術は限られていた。
姫級は自身と周囲にいる同系の怪物に対して、魔法防御を向上させ、かつ敵の魔法攻撃を減衰させる特殊な範囲魔法を常時使用しているのである。特定の地域では魔術師殺しとも言われており、竜騎士による航空攻撃ですらほとんど通らないほどの強固な防御力を有していた。
多数の姫級と戦う場合は相手の防御を抜ける上位魔法か兵器が必要となり、ほとんどの国は古代兵器を使用するか、戦艦の艦砲射撃で粉砕するくらいしか方法はない。
戦闘開始から30分、稚内では10体の姫級を駆除していた。駆除した姫の周囲には怪物の死骸が大量に横たわっている。
既に戦局は掃討戦に移行しており、市街地に居座る姫級へ向けて10式戦車が走行しながら砲撃すると、姫の前後に穴が二つ空く。甲殻があまりにも強固で小銃の効果が無い相手ではあるが、戦車砲の貫通弾APFSDSの前には意味がなかったようだ。
「デカブツはあと2体だ。探し出して潰せ! 」
指揮車から隊長の指示が飛ぶ。部隊は怪物を順調に駆除していたが、観測ヘリが燃料切れで帰投したため姫級2体を見失っていた。
「たしかこの周辺が最後の目撃地点だったな。」
3号車は建設会社の資材置き場を索敵していた。倉田がモニターを操作して周囲を確認する。
「おっ! あんなところにいたか、でかいから見つけやすかったぜ。田中! 準備でき次第、ぶっ放せ! 」
10式戦車が砲撃する。砲弾は命中したものの貫通弾であったため爆発はせず、姫の後方に中身をぶちまける。動かなくなった姫は徐々に生命活動を停止していった。
「あと一匹だ。 」
倉田が最後の一体を探そうとしたとき、小さな揺れが起こる。揺れは強くなり、不意に体が浮くような感覚に見舞われ、次の瞬間、戦車に強烈な衝撃を受ける。
倉田がモニターを確認すると、そこには地面が映し出されていた。
「なんだ? 何が起きた? 」
「わからない。でも車体がかなり傾いてる。」
若手が混乱する中、倉田は状況を確認する。部下は無事だ。エンジンも止まっていないし、内部の機器も正常に動いている。
「慌てるな、右側が穴に落ちただけだ。後方に下がれ。」
倉田は落ち着いて指示を出したが、その瞬間に無線が入る。
「三号車! 目の前にクイーン、避けろ! 」
倉田たちがいる資材置き場は砂や土を保管してあり、そして数日前からの雨でぬかるんでいた。最後の姫は柔らかくなった地面に潜り込んでいたのである。その真上で砲撃したことで衝撃が地中にも伝わり、姫が慌てて這い出してきたのであった。
「ガンッ」と大きな衝撃と音が車内に伝わる。そして、ゆっくりと傾斜が大きくなっていき・・・
「おおぅ? 」
車両の傾斜はさらに大きくなり、そして、三号車はひっくり返されてしまった。姫は腹を向けた獲物に対して追撃を行おうとしたが、突然大きな穴が空く。先ほど無線を打った二号車が砲撃したのだ。
「三号車転覆! 三号車転覆! 」
無線により全部隊に状況が伝えられる。倉田達の初戦はこうして終了した。
基地に戻ると二号車の砲手が酷く怒鳴られていた。二号車は三号車に無線を送った直後に砲撃しようとしたが、新人の砲手が操作ミスをしてしまい、砲撃が遅れてしまったのだ。
精鋭部隊を引き抜いて海外へ送り、北海道防衛に新兵が送り込まれる・・・倉田が感じた違和感は日に日に大きくなってゆく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます