転生したテンプレ悪役令嬢は、燃料投下の手を緩めない。

笛路

転生したテンプレ悪役令嬢は、燃料投下の手を緩めない。




「ふぐえぇぇぇ⁉」


 三十歳の誕生日のお祝いで、友達と飲み明かした。

 彼氏って何? 美味しいの? 状態で。

 ベロンベロン。

 ベロンベロンのベロンベロン。

 で、気付いたら、コルセットを締められていた。


「え……えぇっ⁉」

「お嬢様⁉ 大丈夫でございますか? もっと締めますか⁉」


 なぜ蛙の断末魔のような……いや、蛙の断末魔がどんなものなのかは知らないけど。それっぽい声を出しているのに、さらにシメるとか。鬼なの⁉


 ん? んんんん?

 あれ? 私、何でコルセット締められてるの?




 ◇◆◇◆◇




 なんでか知らない。解らない。

 なんとなしに読んでいた愛され系ヒロインの異世界恋愛小説の世界に、なぜか自分がいた。

 物語の中の当て馬的悪役令嬢でザマァされてしまう、シルヴェーヌ・エクフイユ公爵令嬢になっていた。

 しかもデビュタントボールに参加するため、コルセットを締めている最中に。


 てか、デビュタントって、デビュタントボールって、何?

 あれ…………成人式的なやつだったっけ?

 日本では帯で絞め殺されそうになってたけど、ここではコルセットに絞め殺されるの?


 コルセットの苦しさで覚醒したの?

 コルセットの苦しさで前世を思い出したの?

 コルセットの締め具合がアレすぎて、本体の魂が飛んだの?

 え、どっち?


 てか、コルセット苦しいんですけど? え? コルセットくらいじゃ死なない? マジ?

 …………うぐぐぐるじぃぃ。




 コルセット苦しい、ばかり考えているうちに、着飾り終わっていた。

 胸をすんごく強調した真っ白のドレス。

 十八歳のデビュタントが胸をバイーンと強調。

 すんごい世界観だ。

 すんごい悪役令嬢感だ。……知ってたけど。


「お嬢様、とてもお美しいです」


 ハニーブロンドの髪を華やかに結い、薄紫の瞳に、薄桃色の唇。

 容姿は純粋そうな深窓の令嬢風なのに、胸が……たゆん。

 違和感ありまくりだけど、頑張って着付けしてくれたものね。


「……ご苦労さま、ありがとう」

「っ⁉」


 侍女が、驚愕とはこう表現するのですよ、というお手本のような表情をしてくれた。

 そういえば、私って……私? ……まあいいわ。

 私って、こういう時は、お礼じゃなくて『当たり前じゃないのっ!』と叫んで、どえらく硬いセンスで侍女の手をビシィとかしていたっけ。

 最低だなぁ、悪役令嬢。

 

 


 前世(?)の自分と今世の自分の出来事を脳内で整理していたら、いつの間にか王城開催のデビュタントボールに向かう馬車に乗っていた。


 普通は、幼少期からの婚約者であるクロード・ミュザレ侯爵令息にエスコートされ、王城入りするのだけれど、目の前にいるのは、超不機嫌なお父様。

 長い脚を組んで、腕もぎっちり組んで、眉間に大峡谷。


「お父様、そのお顔のままで登城しましたら、伯父様に怒られますわよ?」


 伯父様、お父様のお兄様、そしてこの国の国王陛下。


「解っている」


 第五王弟にあたるお父様は、妾腹の子ではあるものの、歳の離れた末っ子という立場のおかげなのか、国王陛下――伯父様にとても可愛がられている。そして、もれなく私も。


 だからこその驕り、過信、慢心、増長。

 わがままし放題、高飛車な言動し放題。

 そりゃぁ、婚約者も逃げ出すでしょ。

 そもそも、本人たちの意思確認無しでの婚約だったし。


「婚約・婚姻は、家同士の契約だ。エスコートは義務だ。それを放棄するとはな。先程入った報告によると、ブノワ伯爵家の娘のエスコートをしているようだ。一体何を考えているのか……」


 予定調和の婚約者の裏切り。私にとっては。

 でもお父様にとっては予想外の契約不履行と裏切り。



 

 因みに、クロード様とブノワ家の娘、クリスチーヌ様――この世界のヒロイン――は幼少の頃からのお付き合いで、実は相思相愛だ。

 私はその二人の燃料役。ガッツリ当て馬。

 惹かれ合っているのに、愛しの彼には産まれる前から決められていた婚約者が――――的な立ち位置。


 そのおかげなのか、恋愛小説だからなのか、二人は随分前から『アハン』している。

 なぜ知っているかって? 読んだからね!

 満月の夜にクロード様がクリスチーヌ様の部屋に忍び込んで、二人がベッドの上でもつれながらキスするシーンの挿絵があったからね!

 R指定な本じゃなかったから、朝チュンだったけどね!


 いくら愛し合っていたとしても、貴族のルール的にはありえない。

 まず、婚前に散らすな。男はいいが女はバレたら人生終わるよ?

 そして、最悪の場合お家が取り潰されちゃう。

 権力を持った貴族と貴族界の閉鎖的なルール、ナメちゃアカンぜよ。


 小説読んでた時からちょっと思ってたけど、この世界に来て更に感じている事がある。

 …………ヒロインがそんなに好きになれない!

 だって、愛され系ヒロインだから、他のキャラともイチャっとしてたんだもん!


 若いメガネ執事とか、幼いフットマンの子とか、クロード様の友人とか、クロード様のライバル的存在とかとか。本命はクロード様で、クロード様以外とはキスとか軽い触れ合いくらいだったけども。

 クリスチーヌ様、完全に揺れ動いてて、『この人の優しさに包まれていたら、クロード様の事を諦められるかしら』とかいってメガネ執事に抱きしめられてたしぃぃ!

 クロード様のライバル的存在に胸を揉み揉みされてたしぃぃぃ!

 ……いや別に羨ましいとかアレとかじゃない。アレがアレでアレなだけで、ゲホゲホ。




 物語の中では、私は一人でデビュタントボールに乗り込んで、クリスチーヌ様のドレスを飲み物で汚したりと、ネチネチをネチネチする。

 まあ、人の婚約者を横取りしたこの状況ならば、ネチネチも仕方がないような気がするけども。

 どうしてか、あの物語の中では私は悪役令嬢。

 愛し合う二人を邪魔し、ヒロインをいじめる高慢な女。

 そしてデビュタントボールで断罪。

 

 ――――このままだと、私は悪役令嬢のまま退場になるのよね?


 私は今後の展開と行動に悩みつつ、ちょいギレぎみのお父様と会場に乗り込んだ。




「シルヴェーヌ、美しくなったな。社交界デビューを喜ばしく思う。が、何故エスコート役がマリウスなのかな? 婚約者はどうした?」


 伯父様に挨拶に行くと、とても良い笑顔で『今すぐ説明しろ』と圧をかけて来た。

 さて、ここでどう行動するのが正解なのだろうか? と悩みつつも、とりあえず現状を話した。


「婚約者のクロード様は、幼馴染みの女性を伴って参加するとのことでしたので、私はお父様にエスコートを頼みましたの」

「ほう? それはまた、おかしな話だな?」

「うふふ。伯父様ったら、お顔が怖いですわよ?」


 眉間にシワを寄せた伯父様にニコリと笑い掛けると、何故か悪どい笑顔を返されてしまった。謎すぎる。


 お父様と共に挨拶回りをしていると、クロード様とクリスチーヌ様が伯父様に挨拶する番になっていた。家格順に挨拶をしていくことと、今回はデビュタントボールということで上位の貴族達がかなり参加していたこともあり、クロード様は私達より随分後の挨拶になっていた。


「このたび――――」

「挨拶はよい」


 クロード様が挨拶をしようとした瞬間、伯父様がぶった切っていた。さっき私に向けた悪どい笑顔をしながら。


「ミュザレ侯爵家の次代は何人いたかな?」

「はっ、我が家は直系に三人います」

「確か全員が男だったな?」

「はい!」


 伯父様の悪どい笑顔が更に歪み、口角が限界値まで釣り上がった。

 そうして紡ぎ出された言葉は完全に予想外だった。


「では、その方は廃嫡だな」

「へ、陛下⁉」

「ミュザレ家の者はコレ以外に来ているか?」


 伯父様が辺りを見回した瞬間、カーテシーをしていたクリスチーヌ様が立ち上がった。

 そして、何を考えたのか、伯父様に直接話しかけ始めた。

 こちらも更に予想外だ。


「陛下っ! 酷いですわ。クロード様は何もしていませんのに!」

「ク、クリスチーヌ⁉」

「私に直接話しかけても良いと、声を発して良いと許可した覚えはないが?」

「っ⁉」


 ――――あらぁ? 何か、思っていたのと展開が違うんですけど?


 前世の本の記憶(?)では、私が伯父様に訴え出て喚き散らし、クロード様に今までのネチネチや今日のネチネチをバラされて、ざまぁされてしまう。

 伯父様とお父様に『どうやら甘やかしすぎたようだ。王家に連なる者として相応しくない』と切り捨てられ、私は修道院に入れられる、という流れ。


 今までのネチネチは仕方ないとして、今日は何もしていないからなのかもしれない。

 そもそも、今までのネチネチも婚約者として当たり前の牽制や注意だった気がするけども。

 『婚約者のいる男性と密室で二人きりになるのはやめて欲しい』をちょっと激しめに言ったり、『家格が合っていません』をちょっと高慢な感じで言ってみたりしただけ。

 …………まぁ、ちょっと高慢すぎたかもだけど。この世界じゃ当たり前な気もするのよねぇ。


 そして、クリスチーヌ様は毎回オーバーアクションで人前で叫んだり泣いたり、抱きついたり、抱きしめられたりたりたり。

 あぁ、そういうところも好きになれなかったなぁ。なんて思い出して更にイラッとしていた。


「シルヴェーヌ様! 陛下にまで色目を使って意のままに操っていらっしゃいますの⁉」

「「……」」


 うげっ。

 まさかこちらへ飛び火するとは思ってもいなかった。

 そしてクリスチーヌ様、自分が吐いた暴言の意味、解ってるのかしら?

 私を貶める発言だけならギリギリアウトだけど、国王陛下である伯父様さえも貶める発言は完全にアウト。

 国王が一市民の意のままに操られている、なんて侮辱は絶対にしてはならない。


 …………まぁ、多少ソレが感じられたとしても。

 伯父様、ちょっと私に甘いのよねぇ。


 額に青筋を立て、イスの手すりを握りつぶしそうな伯父様をみて、こりゃいかん! と慌てて伯父様とクロード様&クリスチーヌ様の間に割り入った。


「聞き捨てなりませんわね!」


 ハッ、と嘲るように笑って、高飛車お嬢様を演出しなければ。


「なっ、なに⁉ 急に、無礼ではなくて?」

「貴女がソレを言いますの? ちゃんちゃらおかしいですわね!」

「ちゃん? 何を言ってますの?」


 ……つい出てしまった煽り文句のヤツは無視して欲しかった。気を取り直して、総攻撃!


「色目だの何だのとおっしゃられていますが、私からすれば貴女はアバズレですわ!」

「アバ……」

「そうでしょう? 私の婚約者と知っているのに節度も節操もなく、裸の触れ合いをしていらっしゃるのでしょう?」

「「なっ⁉」」

「婚前に人の婚約者と純潔を散らしている方を『アバズレ』と呼んで何が悪いのかしら?」


 会場内がドヨッとした。

 このドヨッて、『うわ、アイツ、余計なこと言いやがった』『そんなもん暗黙の了解でスルーだろ』とかのドヨッではないよね?

 お前、どこからそんな情報を仕入れたんだよ、怖ぇぇ、とかではないよね? ねえぇぇ?


「シルヴェーヌ、なぜそんな事を知っている?」


 お? やっぱり怖ぇぇの方? 伯父様のイケ渋顔が苦い顔になってる。


「うふふふ、人の口に戸は立てられませんもの」


 事後のベッドを整えたり、クタリとしたお嬢様のお世話をしたり、洗濯したりなんちゃり、侍女や下働きのメイド達に全てを任せるのが貴族。バレないはずがない。保身の為に基本は誰も何も言わないだけ……というのは建前で、ただ単に本を読んで知ってるだけだけど!


「ふむ、確かにな」

「それに、クロード様はご友人たちに蜜夜の事を自慢されていましたし。双方の関係者からの情報を鑑みるに、間違いはないかと思いますわ」


 まぁ、本の中では長年の恋が実って良かったなぁとほのぼのと祝福されていたけども。

 両家の関係者には大変申し訳無いけれど、私の身を守る方向で進めさせてもらおう。無実の解雇者などが出たら救済できるよう、後でお父様に提案しておこう。


「何をデタラメを!」

「あら? クロード様が『クリスチーヌは私のものだ!』とか『クリスチーヌの唇を一番に奪ったのはお前だが、身も心も全て私のものになった!』とか言ったり、『クリスチーヌの胸はささやかだが、揉み心地はいい』と言った方をぶん殴ったりなど、色々と伺っておりますわよ?」

「なっ⁉」


 更にザワつく会場。

 真っ青になるクロード様と真っ赤なお顔のクリスチーヌ様は無視。


「あら、お顔が青いですわねぇ。もうちょっと慎みを持ちませんと、このように大公開されてしまいますわよ?」

「わっ……私の好きな人を横から奪ったのはシルヴェーヌ様のくせに!」

「だから何? 私とクロード様の婚約は家同士の契約であって、好きだ嫌いだは一切関係ないと思うのだけれど? もしかして、それも解らないほどに頭に何か湧いていらっしゃるのかしら?」


 くすくすと嘲笑含みで言うと、クリスチーヌ様は更に顔を赤く染め、両手を体の横で強く握りしめて、プルプルと震えだした。


「クリスチーヌ様が壊した私どもの婚約ですが、それに伴う賠償等はクリスチーヌ様のお家の財力で賄えるのかしら? クロード様のお家であれば可能でしょうが…………侯爵様?」


 クロード様のお父様――現ミュザレ侯爵様をチラリと見ると、少し俯き眉間を揉んでいた。


「クロードは廃嫡とし、後継者は次男ユクトスにする。エクフイユ公爵家への多大なる迷惑とシルヴェーヌ嬢に対する侮辱の数々は償いきれるものではないが、真摯に対応すると誓う」


 どう転んでも、どう足掻いても、ミュザレ家が劣勢なのは変わらないと侯爵は判断したらしい。

 伯父様もお父様もそれで手を打とうと頷いて話がまとまり始めていた。けれど、私はクリスチーヌ様が納得のいかなさそうな顔をしているのに気が付いてしまった。

 気付いてしまったのなら、ツッコミを入れないと気が済まないのは前世も今世も同じのよう。


「あら? クリスチーヌ様は不服そうですわね?」

「当たり前じゃない! 殿方が勝手に私を愛したただけなのに、なぜ罪だと言われればなりませんの⁉」


 なぜって、ねぇ?


「いや、人の婚約者に股を開いて寝取ったからでしょうよ」


 会場がシーンです。

 いつもは騒がしい会場が驚くほどに静寂な空間になってしまった。


「私は、クロード様と結婚がなくなりましたので万々歳ですが、クリスチーヌ様はどうなるのでしょうね?」

「ふふっ、私はクロード様がいれば幸せですわ」

「あら、クリスチーヌ様って、とても根性のある方ですのね? 感心しましたわ!」

「は?」


 キョトンとした顔のクリスチーヌ様。まさか、気付いていないのか⁉


「いま、クロード様の廃嫡が決定しましたわよ?」

「だから何なの? クロード様が侯爵になれなくなっただけでしょう? 愛があれば問題ないわ!」

「クリスチーヌ! 私もだ! 愛している!」

「クロード様ぁ!」


 ――――あ、この二人、恐ろしくバカだ。


 廃嫡が決まったということは、その後もれなく侯爵家と断絶されてしまう。つまりは、一般の市民に身を落とすということ。

 なぜなら、伯父様とお父様からの圧力により、傍系の家の養子や妻の家への婿養子などには入れないから。間違いなく入れない。

 だから、どう頑張っても平民。


「凄いですわねぇ、これから極貧の生活を二人でしていくのですねぇ」

「……極貧?」

「ええ――――」


 贅沢に慣れた貴族のご令嬢が、ドレスも作れない着れない、ほぼ毎日同じようなぼろ服。

 食事は一日に二度で、固いパンと薄味のスープ、稀にクズ肉。デザートやお菓子なんて食べられるはずもない。

 廃嫡され資産など無い平民になったクロード様の給金では、自分の満足する生活水準は絶対に保てない。

 肉体労働でボロボロになり、頭はボサボサ、無精髭は伸び、日に焼け薄汚れて、キラキラ王子様みたいな面影は一切無し。

 生活が苦しくなり、外で働こうにも知識は偏り、嫁入りするための知識しかない。

 もしかしたら豪商の娘の家庭教師なども可能かもしれないが、豪商が王家とトラブった者を雇ってくれるのか、という可能性の低さ。


「私では耐えられそうにありません。クリスチーヌ様を尊敬いたしますわ。それにクロード様も――――」


 だって、深窓のご令嬢を平民の身分で妻にするなんて。

 絶対に、自分からは働きに出ようだなんて思うはずが無いもの。

 廃嫡され平民になり、狭苦しい家にクリスチーヌ様と二人で暮らすことになる。

 平民に混ざってクタクタになるまで働いて、僅かばかりの給金を手にして家に帰ると、掃除も料理も全く出来ない女が、新しい服が欲しいだ、高級なお菓子を食べたいだ何だとグチグチと言う。

 頑張って作ったとかいう食事は、いったいいくら使ったんだという高級食材をダークマター化させたものでエンゲル係数が爆上がり。


 ――――まぁ、本当にそうなるかは知らんけども。


「いや、ほんと、お二人とも尊敬いたしますわ」

「「…………」」


 クロード様とクリスチーヌ様がお互いに顔を見つめ合い、そっと視線を逸らした。これはこれは……追い詰めがいがあるなぁ。


「ねぇ、皆様、お若く勇気のあるお二人の門出を祝いませんこと? 平民となってまで愛を貫く、本になりそうなほど素敵な話ではありません?」


 ニッコリと笑って、私達の周りに集まっていた野次馬な方々を煽ると、伯父様がニヤリと嗤いながら大きな拍手をした。

 周りにいた人々もパラパラとした拍手をし始め、しだいに大きな拍手へと変わっていった。


 ――――いよっし!


 これで逃げられない。せいぜい頑張って二人で生きていけばいい。これで二人が幸せに暮らせたんなら、私は心から称賛しようと思う。




 笑顔で二人を会場から追い出…………送り出し、デビュタントボールを再開させた。


 ファーストダンスを伯父様と踊ったあと、少し休憩していると「しかし、えげつないな」と伯父様が眉間の皺を揉みながらそんな事を言うし、お父様はうんうんと頷いていた。


「あら、修道院に入れられて、粛々とした生活を送るよりは、大変でも愛し合った人と生きていく方が良いでしょう?」

「ふむ。捉え方にもよるが、まぁ……そうかもしれぬな。ところで、シルヴェーヌはそういった相手はいるのか?」


 私に、そういった相手?

 記憶にない。

 小説の中で『シルヴェーヌはザマァされて、修道院に送られた』としか描写がないし、シルヴェーヌ自身の記憶にも心ときめかせた相手なんていない。


「これから見付けますわ」


 そう言った瞬間、デビュタントボールに来ていた男性方がザザッと後退りした。


 ――――え、どういう意味なの⁉


 まさか前世みたいに三十過ぎても彼氏ナシとかのパターンにならないよね? ねっ?

 公爵家の力使いまくって、婚約者探してくれるよね⁉ あれ? いや、何で? 伯父様? てか、お父様さえも目を逸らすの?


「頑張れ」


 伯父様は私の肩をポンと叩いて王妃殿下の元へ歩いて行った。「ほんわかした妃に癒やされたい」とか謎の言葉を残して。


「お父様」

「なんだ?」

「私の婚約者、探してくださいますよね?」

「…………………………頑張って諸外国をあたってみよう」


 ――――あら? 国内全滅なの? え? なんで?


「……人の口には戸が立てられないからな」


 まさかのブーメラン。だけど、これは納得するしかない。 

 まぁ、お父様が『頑張る』というのだから、なんとかなるでしょ。浮気せず、我が公爵家をしっかりと盛り立ててくれる人。条件はそれだけだし。


「気持ちは嬉しいが、条件がえげつないな」


 胃を押さえてボソリと呟いたお父様の言葉は、聞き取れなかったことにした。

 お父様の事だから、きっとすぐに見つけてくれるはず。はずったらはず。


「……うむ。頑張るよ」

「はい、お願いいたしますね」


 とりあえず、悪役令嬢でザマァはなくなったし、なかなかに可愛い見た目だし、未だに転生なのか憑依なのか謎だけど、異世界転生生活を堪能することに決めた。


 ――――ガッツリご令嬢やったるわよぉ!




 ―― 終 ――



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転生したテンプレ悪役令嬢は、燃料投下の手を緩めない。 笛路 @fellows

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