第11話 わたくし先輩の彼女ですから
「そろそろ落ち着いたか?」
お化け屋敷を脱出した俺は沙耶乃をお姫様抱っこしたまま休憩スペースまで来ていた。 明るく綺麗なこの場所にきて約数十分、沙耶乃が俺から離れることはなかった。
「もう大丈夫ですわ……ご迷惑をおかけしましたわね……」
俺の腕から離れた沙耶乃は恥ずかしそうに頭を下げてきた。
「ある意味お前のお陰でお化け屋敷は怖くなかったから気にするなよ」
というか沙耶乃を抱いた俺への視線が怖かった事しか思い出せねえ……
それと、泣きつかれた時から数えると一時間以上抱きしめていた沙耶乃が離れてしまってちょっと寂しい気がしているのは気のせいなのだろうか……
「魔法使い予備軍の先輩にはわたくしのような美少女を抱きしめた時点でもうお礼は済んでおりましたわね?」
沙耶乃も長時間抱かれていたことを思い出したのか赤く染まった顔で悪戯っぽい笑みを浮かべた。 何故だか今の沙耶乃の言葉は俺を馬鹿にしているのでは無く、単純に照れ隠しな気がした。
「そうだね〜。 色々柔らかくて大変素晴らしいお礼だったよ〜」
適当にふざけた返事をする俺を沙耶乃はキッと睨む。 自分を抱きしめた事をお礼と言った手前何も言い返せないのか押し黙る沙耶乃が面白くてつい口角が上がってしまう。
「あんなに揉みしだかれてはもうお嫁に行けませんわ……」
ポケットから取り出した目元にハンカチを当てた沙耶乃は涙を拭うような仕草を見せてくる。
「おい沙耶乃、捏造すんな! そんな事言われるならいっそ揉んどけば良かったわ!」
若干笑顔を引き攣らせた沙耶乃はゆっくりと自分の胸に視線を落とすと更に頬を赤く染める。
「変態! な、何を言っているんですの!?」
沙耶乃はその言葉とほぼ同時にバッと上げた腕で自分の胸をガードしながら俺を睨む。
さっきも思ったけど意地悪を言われた時の沙耶乃の反応はマジで可愛い。
だがこれ以上はセクハラになるから勘弁してやるよ。 命拾いしたな沙耶乃!
少し勝った気になった俺はフーッと大きく息をつくと強引に話題を変える。
「そろそろ良い時間だし昼飯にしないか? 向こうにフードコートあるみたいだし」
フードコートと言う単語を聞いた一瞬、沙耶乃の表情が輝いた。 だが直ぐにまた俺を睨みつけてくる。
「まだお話が終わってませんわ! 先輩にはまだまだ問い詰めないといけない事が……」
問い詰めるだなんて物騒な。 俺は沙耶乃の言葉を遮り逆に問いかける。
「じゃあ、フードコートは無しで良いって事だな? 俺は昼飯抜きでも構わないけど……」
俺がそう言うと余程フードコートに興味があったのだろう沙耶乃は悲しげな表情を見せる。
ああ、もう分かったからそんな顔するなよ…… 俺が悪かったよごめんな。
沙耶乃本人に直接言うのは気恥ずかしかったので心の中で呟いておいた。
「やっぱ、お腹すいて我慢できないから行かないか……?」
「ま、まあ今日は先輩の彼女ですし……? ついて行ってさしあげますわよ……」
まったく素直じゃねえんだから……いや、ある意味素直なのかもしれないと沙耶乃から握られた手を見て俺は思うのだった。
フードコートに到着した途端に駆け出した沙耶乃は並んだ出店を楽しそうにみて回る。
「先輩、遊園地の定番食べ物などはございませんの?」
「定番か……俺もあまり来ないから何とも言えないけどやっぱりチュロスとかじゃないか?」
「チュロス……確かスペインの伝統的なお菓子でしたわよね。 わたくしを騙そうとしてます? 遊園地とチュロスに何の関連性も感じませんわ……」
「いや、それは知らんけど……まあ、実際食べてる人多いだろ? 定番人気に違いはないと思うぞ」
周りを見渡して俺の言っている事がおおかた間違いではないと感じたようで沙耶乃は頷いた。
「わたくしお昼ご飯決めましたわ。 先輩もお決まりでしたら十分後に集合ということで……」
沙耶乃は視線の先にあるチュロスの屋台をチラチラと見ながらどこか落ち着かない様子だ。
昼飯チュロスかよ……念のため多めに買ってくるか……
「了解、また後でな」
チュロスに向かって駆け出す沙耶乃を見送ってから俺も屋台へと歩いて向かった。
十分後、集合場所へ戻ると予想通りチュロスを一本だけ持った沙耶乃が待っていた。
「先輩はハンバーガーとフライドポテトですのね。 思ったより普通で残念ですわ」
確かにここのは屋台はキワモノ料理が少なくないけどね? 『当たり無し!ロシアンたこ焼き』とか完全に迷走してるもんな。
「普通に考えてあんなのSNS投稿者向け以外の何でもねえだろ!」
俺のツッコミに沙耶乃はニヤッと悪戯っぽく笑った。
「他にもありますわよ? 先輩のようなマゾの方もきっと喜びますわよ?」
「人を被虐性愛者みたいに言うのやめろ! そこは断固抗議する!」
俺の抗議には一切反応せずに沙耶乃は小さく合掌をするとチュロスを頬張る。
「んんー!、あまーい! 美味しいですわ」
って、聞いてねえし。 しかも、こんな幸せそうにチュロス食ってるなんて可愛いじゃねえか……許す!
抗議するのをやめた俺が大人しくハンバーガーを頬張っていると、もう全部食べ終わってしまった沙耶乃が俺をじっと見ていた。
やっぱそうなるよね……良いこと思いついた、ちょっと俺からも意地悪してみよう。
食べる手を止めた俺はまだ手をつけていなかったフライドポテトを一本摘み沙耶乃に向かって突き出す。
「やっぱチュロスじゃ足りなかっただろ? 食べてもいいぞ彼女さん?」
突き出されたフライドポテトを前にどうするべきか困った表情の沙耶乃が俺から目を逸らした。
おお、困ってる困ってる。 これは俺の勝ちだね!
突き出したフライドポテトを引っ込めて自分で食べようとすると赤く頬を染めた沙耶乃にバシッと手を掴まれる。
「食べますわ……わたくし先輩の彼女ですし……」
引き戻した俺の手にゆっくり顔を近づけた沙耶乃は顔に掛かった長い髪を耳にかけると意を結したようにフライドポテトをパクリと食べる。
「フライドポテトも美味しいですわ……」
「もう一本食べるか……?」
もう一本フライドポテトを摘んで突き出すと少し恥ずかしそうにしながらもまた食べた。
「先輩……もっと食べてもよろしいですの……?」
これ食べさせてる側も想像より恥ずかしいんだけど。 あと、沙耶乃がマジで可愛い。 今日限定だけど!
その後も沙耶乃のお腹が膨れるまで俺はフライドポテトを沙耶乃に食べさせ続けることになるのだった。
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