第10話 置いていかないで!
入園受付でチケットを渡しゲートをくぐるとその先は、ずっと昔に訪れた当時とは大きく異なり真新しいアトラクションが各所に散在していた。
「俺は十年ぶりくらいに遊園地なんか来たけど沙耶乃はどうなんだ?」
「わたくし遊園地に来るのは初めてですの……」
浮かれた様子で周りに見える色々なものを撮影していた沙耶乃は少し恥ずかしそうにスマホをポケットに収める。
「昔に来た時とかなり変わってるから俺も初めてみたいな物だし。 折角写真を撮るならあそこで記念写真でも撮ってやろうか?」
ゲートから入園してすぐの遊園地の名前とマスコットキャラクターの描かれたパネルに視線を向けると沙耶乃はぱあっと顔を輝かせた。
沙耶乃の癖にマジで可愛い。 そんな本日何度目だよと言いたくなる感想を抱いてしまった。
今日は一日彼女とか言ってたし終日こんな調子なのか? 沙耶乃相手にどきりとするのはなんか悔しいけど今日は諦めるしかないようだな……
「先輩……? 先に記念撮影していた方はいなくなりましたし、わたくしたちも……」
「悪い、少しぼーっとしてた。 じゃあ、そこに立ってくれるか?」
沙耶乃は軽い足取りでパネルの元まで小走りで向かうと、楽しいや嬉しいの気持ちが見ているだけで伝わってくるほどの笑顔を向けてくる。
「じゃあ、撮るぞー」
撮り終わるとすぐに駆け寄ってきた沙耶乃が俺のスマホを覗き込む。
「良い感じに撮れてるだろ? 今送るから……」
連絡先一覧を表示させてから思い出したが、そう言えばこいつの連絡先持ってなかったな……普段距離感近すぎて最近知り合ったばかりなの忘れてたわ……
「送ろうと思ったけど連絡先知らなかったわ。 ID交換しようぜ」
「やっと聞いてくれたんですのね。 今まで先輩を呼び出そうと思っても連絡先がわからなくて困っていたのですわよ?」
いや、交換しても変な用事で呼び出さないでくれよ! 俺は便利な妖精でも召使いでもねえ! いや、サーヴァントにされたなそう言えば……
沙耶乃と連絡先交換のために並んでスマホを弄っていると若い男女二人組に話しかけられる。
「すみません。 写真を撮って貰いたいのですが……お願いできませんか?」
「良いですよ。 俺たちも急いで行きたいアトラクションがあるわけでもありませんし」
彼氏さんからスマホを預かると先ほどのパネルの下で並ぶ二人を写真に収めた。
「ありがとうございました! よかったらお二人も撮りましょうか?」
気を利かせてくれた彼氏さんが俺からスマホを預かろうと手を差し出してくる。
断るのも悪い気がした俺が返答に困っていると、沙耶乃が自分のスマホを差し出した。
「でしたらお願いいたしますわ」
腕を引かれて俺もパネルの元へと連れていかれる。 俺の困ったような顔に気付いたのか沙耶乃は少し頬を染めて呟く。
「わたくし今……先輩の彼女ですわよ……」
やはり今日の俺に勝ち目はないらしい。 そんなこと言われたら断れる訳ねえだろ……
大人しく隣に並ぶと沙耶乃は俺の腕を掴んで写真に収まる。
彼氏さんから受け取ったスマホを確認した沙耶乃は満足そうにお礼を言うと小走りで戻ってくる。
「写真は夜にお送りしますわ。 それよりも早く行きますわよ!」
少し先に見えるお化け屋敷を指差した沙耶乃は俺の手を引いて歩いて行く。
「普段大人しそうな先輩が恐怖で泣き喚く姿を楽しみにしていますわ!」
「良い笑顔でとんでもないこと言うんじゃねえ! 泣き喚く野郎とか誰得だよ!」
ホラー系は割とマジで苦手なんだけどな……でも、連れていかれるなら仕方ない。 頑張って堪えよう……
お化け屋敷に入って数分、意外にも俺が平気だったのは連れてきた張本人である沙耶乃の方が怖がっているからだ。
「怖い……先輩助けて……もう帰りたい……」
沙耶乃はその場にしゃがみ込んで何も見たくないと両手で顔を覆って大号泣してしまっている。 周りにいる子どもにすら同情的な視線を向けられる沙耶乃をみていると、ほんの少し加虐的な高鳴りを感じてしまった俺は沙耶乃に意地悪を言ってみる。
「そんな所で止まってると置いていくぞ。 一人になるともっと怖いんじゃないか?」
「やめて! 置いていかないで!」
沙耶乃はバッと立ち上がると、後ろに押し倒されそうなほどの勢いで真正面から俺に抱きつき涙で潤んだ瞳で見上げてくる。
沙耶乃が可愛すぎる……新しい性癖に目覚めてしまいそうだ。
「ママあの人たち何してるの?」
新たな扉を開きそうになっていた俺を現実に引き戻したのは小さな子供を連れた親子の会話だった。
周りに目を向けるとお化け屋敷よりも俺たちの方が展示物かのように視線を集めていた。
お化けより生きた人間の方が怖いって本当だったんだな……沙耶乃が美少女なのも相まって視線に敵意すら感じるんだけど。
「もう置いていくとか言わないから……歩けるか?」
「無理……先輩抱っこして……」
俺に抱きつく沙耶乃の身体は恐怖でガタガタと震えてしまっていて歩いて脱出はまだ厳しそうに見える。
「仕方ねえな……貸しひとつだからな」
俺は沙耶乃の身体に腕を回すと抱き上げる。 お姫様抱っこしていたら注目を集めてしまうのはこの際仕方ない……
沙耶乃を抱えた俺はできるだけ早足で出口を目指して先へと進んだ。
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