第7話 隠れた気持ちとお弁当

 ——翌日 昼休み

 「あら、先輩。 今日はご機嫌斜めですの?」

 一足先に来ていた沙耶乃は俺を見つけるのとほぼ同時に悪戯っぽい微笑みを浮かべ近付いて来る。

 「昨日に続き今朝もお説教されたんだぜ! 誰のせいだと思ってんだ!」

 昨日の帰宅後、両親の宣言通りに沙耶乃をもっと大事にするようにと小一時間怒られ、今朝は沙耶乃が来なかったから学園でちゃんと謝るようにと怒られて……

 「そのうちちゃんと俺の両親の誤解を解いてくれよな……頼むよマジで」

 「あらあら、叱られてしまったのですわね…… 先輩がちゃんと反省すればご両親もきっとわかってくれますわよ」

 沙耶乃は勘違いによる理不尽な叱責を思い出しうなだれる俺に優しげな声を掛け、頭を撫でる。

 俺に何の落ち度も無いはずなのにこんな風に優しく諭されてしまうと何故だか素直に反省してしまいそうになるな……

 「浦影さん……? 貴女、自分が諸悪の根源だって事ちゃんと覚えてます……?」

 「あら、先輩。 まだそんな事覚えていらしたのね」

 沙耶乃は優しく頭を撫でていた手を引っ込めると、また悪戯っぽい微笑みに戻った。

 「忘れる訳ねえだろ! 俺がどんだけ理不尽に怒られたと思ってんだよ!」

 「はいはい、その話はもう分かりましたわ。 それよりお昼ご飯を食べますわよ?」

 抗議の文句を無視するようにバスケットから弁当箱を取り出す沙耶乃を見て、当面の間は両親からの誤解が解けることはないだろうと諦めた。

 俺も昼飯食べて忘れよ……

 弁当箱の蓋を開けた瞬間俺は驚愕した。 弁当箱は白米の白色で埋め尽くされ彩りは梅干しの赤と煮干しの銀の二色だけ。

 そう言えば出かける直前に母さんが『女の子は自分が大事にされてないと凄く傷つくのよ』って言って弁当箱取り替えてたよな。 でもそこまでやるか普通!? そんなに俺悪いの!?

 「先輩!? 何ですのそのお弁当! 昭和初期にタイムスリップでもしたんですの?」

 衝撃の強すぎる弁当に絶句しフリーズしていた俺に気付いた沙耶乃は弁当箱を覗き込んで堪えきれずに大爆笑する。

 「これもお前のせいだからな! 今朝お前が来てくれなかったから母さんに弁当差し替えられたんだぞ!?」

 「先輩、『来てくれなかった』というお言葉ですと『本当は来てほしかった』と言う意味合いになりますわよ? 先輩は今朝わたくしが来なくて寂しかったんですのね……よしよし」

 またも沙耶乃は優しく微笑みながら俺を撫でる。 

 何故撫でる!? お前の特殊すぎるマイブームか!? しかも地味に撫でるのが上手いのかちょと心地良い……

 「あのな、違うからな? お前が母さんの誤解を解いてくれればこうはならなかったんだよ!」

 「何回そのお話に戻るんですの? わたくし先輩と違って馬鹿じゃないので一回聞けば分かりますわ。 これ……差し上げますから大人しくお食べになってくださる?」

 気のせいかも知れないが少し緊張した様子で沙耶乃は言うと、自分の弁当箱から卵焼きを一切れ摘んで俺の弁当箱に乗せた。

 「おお、良いのか? ありがと……」

 三色しか無かった弁当に一つ色が加わるだけでちょっと豪華になった気がして来るから嬉しい。

 「それじゃ、遠慮なく。 いただきます……」

 沙耶乃から貰った卵焼きは程よく焼き色が付いたとても丁寧に作られている事が見た目からわかる品で、味も優しい甘さのとても美味しい物だった。

 「さすがは専属プロの料理だな。 こんなに美味しい卵焼きは初めて食べた」

 「それ……わたくしが作ったんですのよ……?」

 自慢げにドヤ顔で言う沙耶乃の頬が赤く染まっているのを俺は見逃さなかった。

 なんだよ……浦影の癖に。 可愛いとこあるじゃねえかよ……

 「ほう、お前の手料理か……美味しかったぜ」

 何だか今は勝った気がして調子に乗って親指を立てて見せた。

 「勝手に彼氏ヅラしてくる先輩にはもう誤解を解いてあげませんわ!」

 沙耶乃はぷうっと赤い頬を膨らませて語気を強めて怒った。

 初めて見る沙耶乃の表情に俺は内心どきりとしていた。 努めて表情や行動に表さないように気をつけながら。

 ちょっと今日のお前可愛すぎない……? ツンデレキャラってリアルでされると普通にうざいと思ってたんだけど。 何この破壊力……

 惑わされるな俺。 こいつは普段、俺をからかって遊んでる奴だぜ……? 解せぬ。

 よし、一旦忘れて話題を逸そう。

 「そう言えば、他のおかずも浦影が作ったやつなのか?」

 「卵焼き以外は全部料理人の物ですわ。 今週から毎朝少しずつお料理を教わっていますの」

 「お嬢様はお料理なんて無縁に思ってたが色々やらされて大変なんだな」

 「やらされているのではなく、わたくしからお願いしたのですわ」

 「そっか、料理の趣味があったとはなぁ。 意外と普通な女の子の面もあるんだな」

 少し感心して隣にいる沙耶乃に視線を向けると鋭い目つきで俺を見ていた。

 あれ、なんか地雷踏んだかな……? 変なこと言ったつもりはないんだけどな……

 「趣味ではありませんわ! 料理は苦手です! ただ手料理を食べてもらいたい人がいるだけですわ」

 予想以上に女の子な発言をする沙耶乃を俺は少しからかってみたくなってしまった。

 「ほう、お前にも一応好きな人は居たんだな? 先輩が相談に乗ってやろうか?」

 いつもとは逆にからかいの視線を向けられた沙耶乃は少し赤い顔でキッと俺を睨む。

 「乙女心の分からない先輩に聞くことなどありませんわ!」

 いつもは見れない沙耶乃の反応に満足した俺は、沙耶乃の反論を否定はせず適当に相槌を打って聞き流すのだった。

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