【増量試し読み】魔女の婚姻 偽花嫁と冷酷騎士の初恋

村田 天/富士見L文庫

プロローグ

 春の終わり。


 エルヴィン・ロイシュタインとソフィー・リンデマンの婚儀が教会で静かに行われていた。今日この日から二人の夫婦生活が始まろうとしている。

 教会は高い天井近くの壁や柱にも繊細な飾りが施され、ステンドグラスから射し込む光はあわく眩しい。空間には神聖な空気が満ちていた。


 花婿であるエルヴィンは長身の引き締まった体躯と金色の髪に、酷薄そうに見える青い瞳を持つ美しい青年だった。すっと通った鼻筋も、美しく形のよい口元も、まるで隙がない。陶磁器でできた人形のような無機質さがある。しかし、彼は式の最中だというのに、心ここにあらずだった。自身の太腿のあたりを長い指先でとんとん、と軽く叩きながら考えごとをしている。彼は彼の仕事で捕まえるべき対象である“魔女”を憎んでいて、頭の中は四六時中その憎しみで埋め尽くされていた。


 一方、純白の花嫁衣装を身に纏うソフィーは、栗色のやわらかな長い髪と菫色の瞳を持つ少女だった。柔和で穏やかな顔立ちだが、薄いベールの奥の瞳だけは今、顔立ちに不似合いなほど好戦的にぎらぎらと輝いている。

 まるで美しい死神と、生命力に満ちた野の花のように対照的な二人は今日初めて会った。彼らは出会ってから一言も話さず、目線さえ合わせることなく式を進行させている。


 この国のしきたりに乗っ取り、司祭の前で誓いを交わし、二人はそっと互いの手のひらを合わせた。

 その瞬間さえも、花婿はあらぬほうに視線を置き、別のものを見ていた。ただ、花嫁は男を強い瞳で一瞬だけ睨みつけていた。

 式は最小限の簡素なもので、何の問題もなく、滞りなく済まされたように見えた。


 しかし実際はその花嫁は、魔女が化けていた。

 化けているのは青の森に住む魔女のネリだ。

かつて彼が連れていってしまった彼女の母のゆくえを探るため、花嫁に化けて彼に近づいた。


 ネリは彼を憎んでいる。

 彼女は憎い男の花嫁になりかわり、これから結婚生活を送るのだ。

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