壊し愛（統合版）

2．💘🔫

ゆらりゆらり

ふわりふわり

暖かくぎゅっと締め付けられる中で

私の意識は沈んでいく

それは、この部屋へ来て3週間程たった頃のこと、だっただろうか。

女の人が男の人を誑かして、隙を見て毒薬を盛った酒か何かを飲ませて殺す……そんなシーンがテレビから流れていて。

私は眠りに付いたばかりの男の上に乗り上げていた。

「どうしたの？」

いつもと様子の違う私に気付いたらしい男は、その手のひらで私の頬を撫でた。

ぞわりとした嫌悪感、あの頃は殺したくて衝動のままその腹を、頭を、真っ赤に染め上げたくて。

けれどその日は、あのシーンの再現なら、出来そうな気がしていて。

無言で、彼の肩に手を掛けて、首に噛み付いた。

ピクリと反応する男に、私はそのまま首筋に沿って唇を這わせる。

噛み付いてやりたい、この耳を引きちぎって、髪をむしり取って、首を締め付けて、目を潰して……そんな湧き出す気持ちを、好奇心で打ち消した。

『ハニートラップ』

いつもゆらりふらりと私の殺意をかわすこの男は、一体どんな風に欲情して、無様に溺れて、どこまで突き落とされてくれるのだろうか。

風呂場に溜めた、お湯に溶け込ませた漂白剤は、あの締め切った湯気の漂う空間にどれだけの毒を漂わせてくれるのか。

それがせいぜい私の知識の限界だけれど、換気扇を付けるように書かれているくらいなら体に毒くらいあるだろう、と。

私はこの男をその風呂場にぶち込んで、閉じ込める気でいた。

今考えると、頭の弱い発想だけれど。

「ご褒美くれるの？」

なんの、だ。

なんのご褒美だと捉えやがったのかこの変態男？

意味わからない受け取り方をしたその男は、想定通りに私の背に指先を這わせてくる。

ゾクリと背筋が震えた。

ここで、鎖骨を舐めていた私は、ふと気付く。

この後、どうすればいいのか。

勢いのまま襲いかかったはいいけれど、自分から男に対してシたことなんて、なかった。

勝手に盛り上がられて勝手に終わってるものだと思っていた。

あれ、この後私、どう誘い込めばいいの……？

大変だ、経験はあるからといって完全に流れのままいけると思っていたけれど、男の方に身を委ねてしまったら途中で離脱が出来ないじゃないか。

その時、いつの間にか背中を這っていたその手が、ぷつ、とその締め付けを外す。

締め付けが……え？まって？

服の、上から……外せるものなの？？

「……ちょっと待て」

「ん？」

「なにしてんの」

想定以上に早い展開に、私の思考はパニックを起こし始める。

まって、まさかこいつ意外と手馴れてるタイプなの？

引きこもりで？

引きこもりなのにどうやって手馴れる機会なんてあるの？？

腕に力を入れて起き上がろうとする私の背を引き寄せ、ガッチリホールドされる。

ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい

項をそわそわと指のひらでなぞられ、知らない感覚に背中が引き攣る。

後頭部の髪の方まで下から掻き上げるようにそわそわと刺激されると、頭皮にゾワリとした感覚が広がる。

今度はその手を私の脇までなぞり、差し込んで持ち上げて、私が上に行くように位置を変えた。

見下ろせば、彼の藍色の髪が、ふわふわと私の首をくすぐっている。

待って。

「待って待って待って待って」

「まさか君が誘ってくれる日が来るとは」

「待って待って待って待って待って待って待って」

見下ろした男と、視線が絡まる。

ニヤリと悪戯に笑った男は、私の鎖骨辺りに唇を付けると、私の背をまた強く引き寄せてくる。

キツく吸われている感覚に、腕を突っ張って離れようとするにも、男の力に敵わず、シーツの上を滑るだけ。

なんっっってバカ力してんのこの男！？

ほとんど引きこもりなのに！？

「や、やめ、変態！」

「君が寝込みを襲って来たんだよ？」

私の体から顔を離した男に、次の瞬間、力強く引かれたと思ったら、その位置が逆転していた。

男を見上げる私に、目を細めた男が見下ろしてくる。

「大体やりたいことの予想は付くけど」

「違う！」

「何が？」

「……違、く、なかったかもしれないけど、でも、もう違くて」

「……何が？」

ちゃんと会話は出来る。

会話できるなら……見逃してくれたりしないだろうか？

もうこんな体勢になってしまったら、逃げるも何もない。

最悪……いや、どこかで隙が出来て逃げられるはずだとも思ったけれど、よくよく考えてみて、攻撃が全く当たらないような男に隙が出来るとも思えない。

ヤバい、詰んだ。

「自分から仕掛けておいて、そんな不安そうな顔するの？」

「……しようと思ったけど、よくわからなかった」

「……何言ってるの？」

この時のユラは、今思うと珍しく怪訝な顔を向けていて。

本当に私の言っている意味が理解できなかったんだろうと思う。

「……私、気持ちよくなる所、知らなかった」

「……は？」

私がそれを言った後、彼の表情がどんどん険しくなっていく。

その表情はいつもほわほわと微笑みを向けている表情とは全然違っていて。

初めて、この人に対して、この人の態度に対して、恐怖感を煽られたかもしれない。

「君、だって……してなかったわけがないでしょう？」

「だ、だっていつも……痛かったし、入れられるだけ、というか」

「は？」

「……あんな触り方、し、知らないし……テレビとかで見たことあるだけ……」

「……」

男の表情が無になる。

あ、これはきっと……怒っている。

そう感じた。

何に対して怒っているのか。

私が経験豊富かとでも思って期待でもしていたんだろうか。

「……あのクズ」

ぼそりと小さく呟かれた言葉は、うまく聞き取れなくて。

次の瞬間には、頭をふわりと撫でていつものようなふんわりとした笑みを向ける男がそこに、いて。

今の一瞬で表情を戻した男に、私は再び心を乱される。

何を考えているのか、なぜそんなにすぐ表情を変えられるのか、本当にこの男の考えることが理解出来ない。

「知らないなら、知っていけばいいね」

「……なに、言って？」

にこりといつものように笑う男は、私の唇を親指でなぞる。

たったそれだけのことすらも、むずむずとくすぐったいような感覚がして、顔を反らした。

指が離れたのに、まだ、その感覚が残っている。

なに、これ？

「特別に、君には愛し方を教えてあげるよ」

その言葉が耳元で囁かれたかと思った直後、刺激と共に耳にダイレクトに水音が響き渡って、変な声を上げていた。

な、に？今の。

耳、舐められた？

そんな思考はすぐに消されるように、次々と刺激が、集中的に与えられる。

耳の周りを食み、舐め、引っ張られ、耳全体を食べられてしまうように刺激されると、頭から腰までビクンと体が反応して、逃げたくて仕方がなかった。

どれくらい経ったのか、耳がその口から離れた頃には、私の息は途切れ途切れになっていて。

……違う、まって、私が反応する場所を教えられても困る、違う、そうじゃなくて。

私は男の気持ちよくなる場所を知らない、だけで。

というか耳だけでこの倦怠感……どういうことなの。

「大丈夫？」

「……くそが」

「悪態付く余裕があるなら次行くね」

「え、ちょっと待……ふぁっ」

急に腹部をゆっくりとなぞられたかと思うと、冷たい指先のせいなのか何なのか、ビクッと力が入ってしまう一点に指先が当たって、また変な声が出る。

まってそこ、学生時代にさんざんくすぐられて遊ばれていた場所……！！

「やめっ」

「くすぐったい？背中の方がまだいいかな」

ぐるりと腰回りをさわさわとなぞられ、その指が脇腹を通って背中に回り、抱き着くような体勢で体を横向きにされる。

「やだ、や……あ、」

腰から背筋をつー……と、嫌にゆっくりとなぞられると、背全体がぞわぞわとして、言葉が紡げなくなる。

抱き込まれるように男の腕の中に入っているせいで、彼の体温や匂いがダイレクトに刺激してきて、焦っていた頭が落ち着いてくる。

……落ち着いてくる？

落ち着いてくるのに、ぞわぞわとした刺激に、鼓動が速くなる。

「君、背中好きだね？」

肩甲骨周辺をタッチするように、なぞるように、広めてすぼめるように触れて来る動きに、刺激に、私の頭が捕らわれているのを感じる。

背中って……そんなところ、直接性器に関係ないところなのに。

「へ、変」

「ん？」

「おかしい、だって」

だってあなたはまだ、性感帯と呼ばれる場所に直接触れてなんていないのに。

そんな言葉は、彼が首筋に顔を埋めて舐め上げた刺激で消え去ってしまった。

「今、触れてるのが第二次性感帯」

「……？」

「君が思っているような場所は、第一次性感帯」

ぞわぞわとした刺激の沼に、ドロドロと溶け込んでしまいそうな、そんな頭の中で、心地よさの中で。

彼の言葉が、降ってくる。

「男と女で、気持ちよくなる感じ方とか、触れられ方って違っていてね」

ちゅ、ちゅ、と首筋からキスの音が響いてくる。

音や心地よさまで、刺激に変わる。

この男に触れられて、顔が、体が、どんどん熱くなってくる。

こんな感覚、初めてで、戸惑いも大きいのに、心地よさに飲み込まれていく。

逃げないと、なのに。

呑まれていく。

「AVなんかは、大半は男目線で興奮できるように作られているから、激しく魅せるものが多いんだよ。実際に激しくすると女の子は痛みの方が強く出る」

「は……？」

「あーいうのは演出。それに濡れるのは気持ち良さだけじゃなくて防衛本能も兼ねてるから、濡れてれば感じてるとも限らない」

「ぬれ……ちょっと、待って、何が言いたいの……？」

一旦その淡い刺激を止めて、撫でられる頭すら、心地よく感じて来る。

瞳を合わせる男の視線が恥ずかしくて、服なんてほとんど乱れてなんていないのに、その視線から逃げたくて、けれど、逃げたいのに、逃げたくなくて。

「つまり君の前の男は、自分よがりな勘違い野郎だったっていうことだよ」

「……は」

「男は視覚情報で興奮するけど、女の子は安心感や心地よさの時間があって、ようやく相手に興奮する」

呼吸が乱れている私は、この男に安心しているというのか。

いや、この男は私の殺したい男、絶対に心なんて開かないはずの相手。

なのに、触れられる指が、撫でられる手のひらが、ゆっくりで、もどかしさまで感じて……けれど核心には触れてくれない。

おかしい、欲しいと思ってしまう、私の心がおかしい。

おかしいのに……この腕から離れたくない。

「激しければ女が乱れるって勘違いしているそのクズ男のような奴が多いと、不感症だなんだって言われて勘違いさせられる女の子まで増えるんだから、害でしかないよね」

ゆるりゆるり、また肩甲骨辺りの刺激が再開して、その刺激が再開されたことに体が喜んでいるのを感じる。

男が何を言いたかったのか……とりあえず私の前の男に対して不満があったらしいことだけはわかった。

肩のラインから頬にかけて、もう片方の手が撫でていく。

こめかみにキスを落とされると、背中に触れていた腕がゆっくりと前に回ってきて、胸の下のラインに沿って撫でられると、期待と欲望が膨れ上がるのを感じた。

それなのに。

その手はそこから先に進まず、止まる。

「ここまでかな」

「……？」

欲にまみれた表情で、彼を見上げる。

なぜやめたのか、なぜ触れるだけ触れて、熱を上げるだけ上げて、この先をくれないのか。

彼の服の胸元を、きゅっと力を入れて握りしめる。

「かわいい。もっと欲しいの？」

呼吸の乱れたままの私は、彼の瞳をじっと見つめる。

欲しい、なんて、言えないけれど、言いたくなんてないけれど。

でも、この疼きを、どうにかしてほしくて。

「なんで」

「もっと、俺のことを欲して」

ギュッと握りしめていた私の手を取り、そこに頬擦りをされる。

その刺激すら、気持ちよく感じてしまっている私。

「君が本当に求めてくれない限り、俺はこの先に踏み込まないよ。本気で欲しくなったから」

狙いを定められたような瞳に、捕らわれる。

呑み込まれそうだった欲望が、刺激を失ったことでゆっくりとゆっくりと、落ち着きを取り戻して来る。

「ハニートラップ、ごちそうさま」

冷静さを取り戻し始めた私の頭が、男を再度拒否するモードに移行する。

腕に力を入れて彼から離れようとすると、今度はすんなりと離された。

「な、な、な、」

「寝る前にお風呂行かなきゃかな」

そう言って起き上がる男がドアから出ていく時、ようやく思い出したことに気付く。

そう、お風呂に準備していたもの、のこと。

私が行かなければ閉じ込められない！！

急いでベッドから起き上がり、浴室へと向かうと、彼はその前で立ち止まっていて。

その扉を開けるか？と思ったけれど、パチッというスイッチの音が響いてきて、私の思考が止まる。

明かりを点ける方のスイッチではない。

換気扇の方だった。

……バレていた？

「あぁ、処理はしておいてあげるから。寝てきていいよ」

「……なんで、わかったの」

「匂い。君からも漂ってきてたよ」

まさか、そこで察されるなんて、思わないじゃないか。

そんなことがあったのが、二ヶ月近く前に起きていた、私がもう今後絶っっっ対しないと誓った『ハニートラップ』の一件の出来事。

あの時を境に、仕返しでいたるところに触れて来るようになった、ユラ。

それ以前の仕返しなんて、あってないようなものだったのに。

『好きなように』するなんて、最初の頃に言っておいて、主にされていたことはデコピンだったり、組み敷かれて凶器を没収されるだけだったり、大したことはされていなかったのだ。

ただ、あの日を境に愛撫のような仕返しに切り替わっていて、今に至る。

そんな彼が夢に出てきたということは、まだあの感覚を体が忘れられていないということだろうか。

そんなことを考えながら、まどろみの中から覚醒していく。

お昼ご飯にお粥を食べる彼の隣で、私も少しだけヨーグルトを食べた。

一緒の空間で食べ物を食べたのは、初めてだったかもしれない。

吐き気は来なかった。

ただ、優しい瞳をこちらに向けながらお粥を食べている彼を感じながら口に運んでいたら、いつの間にか小さいお皿一杯分のヨーグルトを食べ終えていた。

お姉さんが、ユラの食事と一緒に用意してくれていた、ヨーグルト。

その後、ユラは薬を飲んだけれど熱は高くなっていって、私はなんとなく、その傍を離れられなかった。

私に何かが出来るわけではない。

外へ出られない私には行動制限もあるし、こういう人の看病とかもしたことがないし……された記憶もない。

寝ていれば治った。

酷くなれば病院に連れていかれた。

けれど、それだけだ。

その時私が欲しかったもの……。

それは『寂しさ』を埋めてくれる何か。

苦しくなるほど増していく孤独感。

このままもしも死んだら、誰にも気付かれないんだろうなという、諦めの気持ち。

ただ、そんな気持ちにだけはなってほしくなくて。

目を覚ました時に、人が付いていてくれる安心感なら、私でも役に立てると思って。

彼の熱が下がるまで、私はそのそばを離れなかった。

暖かなその腕の中では、不思議と眠りにつきやすかった。

「あかね？」

ふとその声が聞こえて顔を上げれば、彼の優しい瞳と交差する。

「おはよ」

「……お、はよう？」

つい考える前に、そう返していた。

ふわりと笑う彼は、またぎゅっと私を抱き締めて、こめかみ辺りに頬ずりをする。

「目が覚めたらあかねがいるって、すごく幸せな気分」

「………………いつから起きてた？」

「15分くらい前かな」

結構前じゃないか！！

え、なに、15分も寝顔見られてたの！？

「なんで起こさないの！？」

「俺の腕の中で眠ってる優越感に浸ってた」

「は？」

「こんなあかねが見られるの、俺だけでしょう？」

また熱上がってんじゃないだろうな？

熱を測る為に彼の額に手を当てても、よくわからなかった。

あれ、こうやって熱を見るんじゃなかったっけ？

あ、比べないといけないのかな。

自分の額にも当てるんだっけ？

そうやって自分の額にも手を当てる。

「うん、まだ熱い。寝てろ」

「あかね優しい。かわいい」

「黙って寝てろ」

最近かわいいって言われ過ぎてもはや流しつつある。

たぶん、この男の目にはなんか変なフィルターが付いてるのか、それとも人を持ち上げるためにそんな言葉言い慣れてでもいるのか。

心にも思ってないに決まって…………いる、はず。

…………本当に？

寝る前、彼とした会話を思い出す。

『嘘や裏切りの推察』

………………いやいやいや、それを無くそうと思ったところで、これを本当だと信じるにはハードル高くない？

私は自動発動されるその『推察』のせいで人を傷付けるようなことは、したくないと思った。

思ったけど……これは流石に信じなくてもいいんじゃないだろうか？

それともこういう小さなところから意識を変えていくべきなんだろうか。

待って、バカにされた表現が含まれていた場合、それ信じるのって馬鹿げていない？

考えれば考えるほど、わからなくなってくる。

「あかね？」

「……」

そして、ショート寸前の私は、閃いた。

「ゆ、ユラの方がかわいいから！！」

あの『鏡の効果』を思い出して、同じことを返されたらどう反応するのかと、見たくなったから。

いや、たぶん使い方間違ってるだろうけど。

「俺？」

「………………」

なぜなのか、ニヤリとした笑みを向けるユラに、背筋がひんやりとするのを感じた。

なんだ、なんで笑ってる？

嬉しそうというよりは、意地悪そうな、そんな笑み。

「俺の方がかわいいの？」

「………………」

「それ、少なくとも嫌な奴に対しては『かわいい』なんて言葉使わないってこと、自覚して言ってる？」

「…………………………」

なにか、私は墓穴を掘るような発言をしてしまったらしい。

「まぁ100歩譲って、男が言う『かわいい』には、見下した気持ちを含む人もいるだろうけど、女の子の言う『かわいい』にはほとんど含まれないよ」

「なにそれ」

「男はプライドが高いから、普通は男にかわいいって言うと嫌がられる。見下されているように感じる人もいる」

あまり、その話にはピンと来なかったけれど。

そう、なんだろうか。

でもかわいいって言われて嫌がる男は結構いる気もする。

少なくとも、男同士でかわいいと言い合っている姿は見たことがない。

「一方、女の子の言うかわいいは、褒め言葉。対等な立場だったり、交友の場でもよく使われるし、それを嫌だとは感じない。だから男女で認識が違う」

ユラがそう言う、ということは、だ。

つまり、以前言っていたようにそれは、確率の多い方の人の話ということが前提ではあるんだろう、けれど。

私の言った『かわいい』をユラは褒め言葉として受け取った？ということになる。

女側からのかわいいは褒め言葉、ってそういうこと、だよね？

ユラは嫌だと感じないのか？は、わからないけれど、でも喜んでいるようにも見えるから、かわいいって言葉をそのまま受け取らず、説明されたように褒め言葉として受け取ったのかもしれない。

え、じゃあ待って、ユラが私に言ったかわいいってどっち？

「あ、もちろん俺が言ったのはストレートに、愛らしくて食べちゃいたいくらい『かわいい』って感じた方だからね？」

食べ……ってのは却下だけれど、とりあえず嫌がらせとかで言われた訳では無い、らしい。

疑いたい気持ちは、強く残るけれど。

「基本は褒め言葉だよ。ただ極たまにひねくれた使い方する奴もいるだけ。あかねはかわいいよ」

「いや、だから……いいから、そういうの」

「なんで？」

「……」

恥ずかしがるのもなんか、私が『かわいい』と受け入れるようで、気が引ける。

私は決して可愛さなんて持ち合わせていないと思うし、なんか調子乗ってる様に見られないかとか、そっちの方の心配もあって、素直に喜べない。

男のユラが喜んでいるのに、女の私が喜べないなんて、なんか、ちぐはぐだけど。

「うーん、そうだねぇ」

優しく頭を撫でてくれるユラは、また何か考えているようで。

ていうか、寝ないのかな？

「細かいことは考えないで、俺がそう思ってるんだってそのまま受け止めて、その言葉に対して『ありがとう』って思えればそれでいいよ」

「……」

「『推察』、やめるんでしょう？」

ユラには、私がそのことを気にしてたことも、すぐには受け入れられないことも、わかっていたのかな。

ユラが思ってることを、そのまま受け止める……。

出来るかな？

けれど、少し怖い。

その気持ちを突っぱねた方が気持ちが楽だ。

でもそしたら、ユラからしたら……どう思う？

褒め言葉を、嫌だと、拒否されたら……？

私はそれをしようとしている。

人の言う気持ちを受け入れられないって、つまりそういうことだ。

私なら、拒否、されたくない……。

ゆっくりと、考え方の視点を変えていく。

自分が不安に思うことよりも、私がもし相手の立場だったならという視点。

無駄な『推察』を、やめたい。

こくり、私はひとつ頷く。

変えなければ……自分から、小さなことから、変わらなければ。

他人を傷付ける自分で、いたくない。

利用されるような女には、なりたくない。

その第一歩だと、思えるなら。

「……あり、がとう」

それは、小さくて、空気にすぐ溶け込んでしまいそうな程微かで、少し震えている声だった。

恥ずかしくもなる。

不安だって消えたわけじゃない。

怖い、どう思われてるのか、怖くて仕方がない。

「うん、よく出来ました」

けれど、ユラがそう言って抱き締めてくれたから、私は少しだけ、勇気を持てた。

「ユラは、かわいいって言われても、嫌じゃないの？」

「あかねの言う言葉は全部嬉しいから、嫌になんてならないよ」

あぁ、この人にはきっと一生、敵わない。