第42話 おっさんと仕事のデキる女性達

 



 間接照明が優しく照らす、オシャレな雰囲気。

 自分には全く縁がなさそうな小酒落た居酒屋だが、


「うわぁオシャレ! さすが彩華さん」

「でしょう? オススメよ?」

「これが出来る女の居酒屋……流石お姉ちゃん」


 それ相応な女性と居ると、その違和感もさほどなくなる。


 笑美ちゃんの一言で開催を決定した井上さん姉妹の歓迎会。すっかり仕事にも慣れたようで、井上さんは2つ返事でOK。彩夏ちゃんもノリノリで……今日に至る。


 まぁお礼も兼ねて、楽しみたいけど……少し不安な点もある。それは……


「あっ、あの……なんか同僚の方の歓迎会の邪魔しちゃって、ホントすいません」


 なぜかその中に雛森も居るって事だ。

 まぁ事の顛末は、歓迎会の日が決まり場所を井上さんにお願いして居る時だった。偶然事務所に雛森から仕事関連の電話があり、その時前に話していたお礼の話になったんだ。

 近くに居た笑美ちゃんにそっと尋ねてみたところ、


『あっ! じゃあ井上姉妹の歓迎会に呼んじゃえば良いんじゃない?』


 なんて事を言い出したもんだ。

 流石に雛森と井上さんは初対面だし、互いの意図とは異なるんじゃないかと思ったけど……


『仲が良い人は多い方が良いって。それに、雛森さんは青空出版でしょ? お世話になったし、今後もお付き合いがあると思うんだ? そんな人と、社長の秘書である彩華さんは仲良くなって置いて損はないじんじゃないかな? その逆も然りっ!』


 その妙に説得力のある言葉に押され……とりあえず両名に話をしてみた。

 すると、まさかのどっちも笑美ちゃんと同じ答えをしてきたんだよな。まぁ雛森には、井上さん姉妹が変な気を使わない様に、お互い大学の友達という関係で行こうと内諾済みだ。笑美ちゃんも俺達の関係は知ってるけど……そこまで空気が読めない子じゃない。いや? 事前に話はしたけど、念の為アルコールは飲ませないように注意しよう。


「気にしないで下さいよ~」

「そうですよ? 改めまして、サンセットプロダクションで社長秘書をしております井上彩華と申します」

「こっ、こちらこそ! 青空出版の雛森香です」

「あっ! 私も私も~、サンセットプロダクションでアルバイトしてる井上彩夏でーす」


 そんなやりとりを目にしながら、隣に座る笑美ちゃんが渾身のドヤ顔をしている。

 いや……問題は1つじゃないんだよ。雛森は笑美ちゃん=俺の同僚の島さんだと思ってるんだぞ? それを伝えないと。一応、その旨は井上姉妹には言ってある。あとは、俺がタイミングを見て話す所だけど……今かな?


 するとドヤ顔の笑美ちゃんが、俺の視線に気が付いたのかこちらに目を配らせる。そして何かを察したかのようにゆっくり頷いた。

 よし。


「えっと、乾杯の前に……雛森、ちょっといいか?」

「なにかな?」


「えっと、焦らず落ち着いて聞いて欲しいんだけど良いか?」

「えっ? どうしたの? 改まっちゃって……」


「えっとな、騙すつもりはなかったんだけど……隣に座ってる島さんだけど……」

「島さんがどうしたの?」


 その瞬間、笑美ちゃんがサングラスを外す。その光景に少し驚いた表情を見せる雛森。


「実はな? 相島笑美なんだ」

「ごっ、ごめんなさい。騙すつもりはなかったんだよ?」

「…………えっ? えぇっ?」


 その反応は当然と言えば当然。何とも言えない表情で、笑美ちゃんを上から下とじっと見つめる雛森。

 暫くの間、テーブル周辺を覆う静寂。そして……


「えぇ!? って、すすっ、すいません! こっ、小声で話しますね? ほほっ、本当に相島恵美さんじゃないですか!」


 ようやく、状況が理解できた様だった。

 ただ、今をトキメク人という事もあって、少し大きな声を上げたのは一瞬。ふと我に返って小声になったのは、流石だと思った。


 以外に大丈夫だったな。とはいっても、雛森もこんなところで大声出して注目されでもしてたら、笑美ちゃん居るのがバレるって危険性を考慮してくれた気がする。その判断力は流石だよ。


「ははっ、すいません」

「ととっ、とんでもないです! てか、それなら尚更お礼言わなきゃいけないじゃないですか!」


 あぁ、確かに今回笑美ちゃんが出演したドラマの原作。それが発売されたのは青空出版だもんな。俺も何度か挨拶行ったよ。


「いやいやぁ。むしろ私がお礼言いたいですよ。あんなベストセラー作品のドラマに出させていただいてありがとうございます」

「そそっ、そんな。笑美さんの努力あってこそ、監督さん達からオファーがあったんですよ」


 なんて、褒め合い合戦が勃発。

 その光景に、とりあえず島さん=笑美ちゃんだと伝えられたことに安心した。そして……


「はいはーい! 褒め合い合戦はここまでにして……せっかくこうして会えたんだし、乾杯しましょう?」


 いいタイミングを見計らって、その場を取り仕切ってくれる井上さん。

 まさに……デキる女性たちの集まりだ。


「そうだねー。とりあえず楽しまないと! 今日は彩華さん彩ちゃんの歓迎会+雛森さんとの交流会っ! 楽しまないとですよね?」

「そっ、そうですね? でも本当に私が居ても……」

「もちろんですよっ! 人が多いに越した事は無いですし、私出版社のお話聞いてみたいですもんっ! ねっ? お姉ちゃん?」

「そうですよ? 私も今後の為に、色々お話聞きたいです」

「井上さん達には事前に話もして、許可ももらってる。それにこう言ってくれてるんだから……気にするな。まぁ俺が言うのもあれだけどな?」


「本当だよ。君島さん! ふふっ」


 ん? いや、笑美ちゃん。そこはスルーしてくれよ。


「確かに、君島さんが言うのはちょっと……」


 あれ? 井上さん?


「確かに君島君が言うのは……」

「確かに……」


 おっ、おい? 彩夏ちゃん? 雛森まで!? なんだなんだ、早速女の子同盟でも創設か!?


「えっ? いや、そこはスルーしてくれよ」

「まぁ、そんな事は置いといて……飲み物も来たし、乾杯しましょうか?」


 置いとくって、随分と扱いが雑な様な……


「ですね?」

「さんせーい!」

「そうですね?」


 って、この際どうでも良いか。とりあえずこういう場では楽しまないとな? 話して笑って……疲れを癒す。これも大事な事だからさ?


「じゃあ、皆さん飲み物いいですね? それじゃ……」


「「「「「乾杯っ!」」」」」




 それからは、なんとも楽しい時間の始まりだった。

 笑美ちゃんと彩夏ちゃんはソフトドリンク。雛森はカクテル系のお酒を嗜みながら、各々様々な話で盛り上がる。


 何処で働いているかなんかは、極力周りの人にバレない様にしていたけど……話の話題は尽きない。

 それにここでも恐るべしは井上さん。俺と同じペースでビールを飲んでも平然としていて、挙句の果てに日本酒と来たもんだ。多分お酒の強さは俺以上だろう。


 それに雛森も……俺の知っている以上にお酒をよく飲んでいた。流石に顔は赤くなってはいるけど、基本的には変わらない。まぁ井上さんとは圧倒的に量は違うんだけど……それでも、皆の話の中に参加したりと、以前とは違う姿が垣間見えた。


 ……なんて、ひたすら人様の様子を見ている俺。それも仕方がない。男が俺一人となれば自然と女子会の出来上がりだ。幸い、女性の話題も付いて行けない事はないけど……なんというか、周りが笑顔でいられる雰囲気が嬉しくて、温かくて……楽しくて仕方がなかった。


 見ているだけでも十分、お酒のつまみになるなぁ。特に、笑美ちゃんが他の人達と楽しそうにしてる姿を見ると、少しでもリフレッシュできてるんだと思ってしまう。


「いやぁ。私、本当にサンセットでバイト出来て嬉しいです! だからもう一回乾杯しましょう?」

「いいねぇ! 彩ちゃん!」


 ったく、彩夏ちゃんと笑美ちゃんが揃うと、雰囲気が大学だよ。まぁ若返った気がしていいけどさ? それに、めちゃくちゃ大声出してる訳じゃないしね。


「じゃあ、サンセットプロダクションと青……」

「あれ~? 誰かと思えば、ウチを辞めた負け犬じゃんか」


 それは……唐突だった。

 楽しい時間と、彩夏ちゃんの声を遮る……男の声。しかもそれは、最悪な事に聞き覚えがあった。

 もう聞くこともないだろうと思っていた声。

 胸糞が悪く、気分が悪くなる声。


 ただ、そんな事よりも……なぜこのタイミングで現れるのかという、憤りが勝る。

 だからこそ、反射的に……その耳障りな声が聞こえて来た、すぐ横へと目を向ける。


「きゃ~本当だぁ」

「ん? うぉ、彩華ちゃんじゃんか~久しぶり」


 すると、そこには居た。

 揃いも揃って、腕を組み……全くもって、ここに似つかわしくない風貌で、俺達をニヤニヤ見下ろしていた。


 ……ったく、最悪だよ。なんでこういう楽しい場で遭遇するもんかね?


 黒滑颯、美浜蘭子のバカップルにっ!



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