第13話 女子大生の昔話2

 



 社長。その言葉を聞いて思いつくのは、事務所の社長だった。

 けど、社長と出会ったって……こういうのってスカウトマンみたいな人達が発掘するもんじゃないのか?


「ちょっと待って? 社長って事は事務所の社長さんで間違いない?」

「はい! サンセットプロダクションの社長。烏真からすま三月みつき社長です」


「……えぇ? 笑美ちゃんがお世話になってるのってサンセットプロダクションなの!?」

「そうですよ? 言ってませんでしたっけ?」


 サンセットプロダクションと言えば、笑美ちゃんと同様にメキメキと頭角を現している事務所。所属している人達の多くは元スポーツ選手で、引退後も活躍の場を提供したいという人が起業したって話だ。なるほどな、飛ぶ鳥を落とす勢いなら関係者の為にこんなマンションを用意できる訳だ。

 けど、その社長と言えばトップオブトップ。まさに起業した本人じゃないか? そんな人物とどうやって出会ったっていうんだ。


「言ってない言ってない! かなり有名どころじゃないか!」

「えっへん。驚いてくれましたか?」


「いやいや、モデルで活躍してるのにも驚いたってのに……想像の斜め上以上だ。それにしたって、どういう巡り会わせで修学旅行中に出会うんだよ」

「いやぁ何でですかね? 修学旅行で行った沖縄。その自由時間に友達と歩いてたら、サングラスをかけた人が目の前から歩いて来まして。通り過ぎるか過ぎないところで、声掛けられたんですよ」


 なっ、なにぃ? 修学旅行で、自由時間で、しかも沖縄でだぞ? そっち出身の人じゃなかったら何かしらの用事でって事だよな? そんなタイミング良く……更に社長直々ってヤバいだろ。


「つっ、つまり社長自らのお誘いだってのか? すごいな」

「今でも思いますよ。本当に運が良かったんだって。それに私自身も、その場で社長について行こうって決めたんです」


「その場で? どうして」

「社長が言ってくれたんですよ。もちろん容姿を褒められたのも嬉しかったんですけど、私にとってはその後の言葉の方が響いたんですよね」


「言葉?」

「はいっ! 君の目には確固たる決意を感じる。それに惹かれたのが、声を掛けた1番の理由だよ? って」


 確固たる決意? まさか……


「その決意ってもしかして?」

「社長は感じてくれてると思ったんです。私の君島さんに会いたいって決意を。まぁ、今思えば私の抱いてるモノと、社長が感じ取ったモノが同じモノかは分かりませんけどね? でもあの時は、そう思っちゃって……それで即決しちゃったんです」


 そっ、即決って……いやいや、なんだよこの子。スケールデカくなりすぎじゃないか?


「はっ、はははっ」

「えっ? 君島さん? なんで笑ってるんですか?」


「なんでって、色々ぶっ飛んでてさ? 思わず笑っちゃったよ」

「そうですよね? 自分も今こうして思い出すと、どれだけ無鉄砲だったか分かります。でも君島さん? 結果として、私はこうして生きてるんですから……OKじゃないですか」


「終わり良ければ全て良しか」

「しかも君島さんとも会えましたし、終わった後にエビで鯛が釣れたって心境ですよ」


 鯛って……俺の事か? いやいや、そんな大層な存在じゃないだろう。けど、聞けば聞くほど望んでいた生活の遥か上を行くくらい、充実した毎日過ごしてきたんだな。


「そうか。でもちゃんと大学にも通ってるんだよな?」

「はい! モデルはそうですけど、大学でしか得られない知識もありますよね? だったらそういう機会を逃すのはもったいないじゃないですか。その件については、事前に社長にも話し済みでしたし」


「凄い活力だ。その向上心には目を見張るよホント」

「ありがとうございますっ!」


 両手を握り、どこかドヤ顔な笑美ちゃん。しかしながらその顔には妙に説得力を感じる。聞いただけでは恐ろしく偶然が重なり合った出来事。けど、それを引き寄せたのは笑美ちゃん自身だ。そして、幸せになれるだけの資格があると思う。


「あっ、そうだ! 君島さん? ちょっと待っててくださいね?

「ん?」


 笑美ちゃんは突然そう話すと、駆け足で自分の部屋に向かって行った。そして数秒後、戻ってきた彼女の手には……ある服があった。


「君島さん? これ覚えてますか?」


 そう言いながら、その服……いやTシャツを広げる笑美ちゃん。その白く、良く分からない英単語が書かれたTシャツは、決しておしゃれとは思えない。ましてや、笑美ちゃんにはもっとも似つかわしくない服だと思った。

 ……なぜならそのTシャツは、ダサいおっさんがダサい高校生だった時に着ていた物だったから。


 なんでそのTシャツを笑美ちゃんが? だってそれはあの時、血まみれで……君の傷口を塞ぐために使ったボロTシャツだぞ? なのになんで……


「それあの時の……なっ、なんで笑美ちゃんが!?」

「なんでって、助けてくれた人の服ですよ? 命を救ってくれた服ですよ? 大事にするのは当たり前じゃないですか」


 当たり前って……あの時の笑美ちゃんは4歳だぞ? あの状況に幼い君が、そのシャツにそこまでの意味を見出せたのか?


「いっ、いや。けど、あの時……」

「ごめんなさい。ちょっと嘘つきました。自分でも覚えてないんですよ? でも、児童相談所の人がいくら言っても離さないって……園長先生に話してくれたみたいです。私がこの服の重大さに気が付いたのはもう少し物心がついた時からですけど……このTシャツのおかげかもしれません。私が君島さんを覚えていられたのも、会いたいって気持ちを持てたのも。つまり原動力なんです」


 その瞬間、なぜか胸が痛くなる。

 目の前の笑美ちゃんは笑顔で……手に持っているTシャツは、話を聞く限りまさしく今の笑美ちゃんに欠かせない存在なんだと思う。


 けどなんでだ? 俺にとっても懐かしくて、嬉しいモノのはずなのに、どうして目にするだけで……


 こんなにも痛くて、情けない気分になるんだ?


「まっ、マジか。よく今まで持っててくれたな? まるで新品みたいにパリッとしてる」


 ただ、そんな姿を今の笑美ちゃんの前で出すわけにはいかなかった俺は……必死に言葉を吐き出した。


「最低限の洗濯しかしてないんですよ? ほらっ、ここに若干見えてますよね? 君島さんの努力の結晶が」

「えっ? これって血の跡か? こうして見ると、結構な量だな」


 ズキッ


「私のも付いてますけど、8割は君島さんのですよ? ホント、ここまでの傷で私を守ってくれるなんて、格好良すぎですね」

「それは言いすぎだろ? あの時は無我夢中だったからさ?」


 ズキッ


「鮮明に覚えてますよ? 両手広げて、私の前に立ちふさがる君島さん」

「おいおい、夢と現実が混濁してないか?」


 ズキッ


 なんでだ? 痛い。笑美ちゃんが昔の話をするたびに、胸が痛い。なんでだ……


「しっ、失礼なっ! ちゃんと記憶として残ってますぅ。それこそ、傷抑えてくれながら必死に肩抱いてくれたのだって覚えてますよ?」

「かっ、肩って!」


 なんで……


「あの時の君島さん、力強かったです。そして温かかったぁ」

「かっ、加減は出来てなかった気がする。ごめんよ」


 なんでこんなにも……


「全然です。私にとっては……忘れられない温もりです」

「大袈裟過ぎだって」


 苦しいんだ?


「本音なんですけどねぇ。私にとっては命の恩人で英雄みたいな存在ですよ? ふふっ」


 ズキッ!!



 …………あぁ。そう言う事か。



「お世辞だとしても嬉しいよ」

「お世辞じゃありませんよ? そうだっ! 久しぶりに着てみてくださいよぉ」


「今は流石に太ったりしてるから入らないよ」

「そんな事ないですって」


「ははっ、じゃあ今度ね? ほらっ! そろそろお風呂入らないと駄目じゃないか? ちなみに明日は大学何コマ目から?」

「えっと……いっ、1コマからですぅ」


「だったら、睡眠不足は肌の天敵。モデルの天敵だろ? そんな事になったら、俺と居るデメリットがまた増えちゃうよ」

「そっ、そんな事ないですよっ!」


「だけど、睡眠は大事。だから、Tシャツは今度ちゃんと着る。仕事が決まるまでここに居させてくれるんだろ? 焦る必要はないって」

「えっ……本当に居てくれるんですか? 仕事決まるまで! はっ! 騙されませんよ? 明日即日決める可能性だってあります!」


「その点については大丈夫。求人票即決で痛い目見たばっかだからさ。信用してくれよ?」

「……分かりましたぁ」


「ふっ。本当に優しい子だよ笑美ちゃんは。となれば、さっさとお風呂入りな? ちゃんと湯船にも浸かるんだぞ?」

「もう、社長みたいな事言わないでくださいよぉ。じゃあご厚意に甘えて、お先にお風呂いただきますね?」


 そう言うと、笑美ちゃんはソファから立ち上がり、お風呂場へと消えていった。俺はそんな後ろ姿を見ながら……後悔の念に押しつぶされそうだった。

 そしてソファに置かれたTシャツが目に入ると、どこからともなく……


 ズキッ


 あの痛みに襲われる。


 笑美ちゃん。Tシャツは着れないよ。

 笑美ちゃんの中で、そのTシャツの持ち主は……あの時の俺だ。

 何も考えず、けど行動力だけはいっちょ前にあった……ある意味勇敢だった俺。


 けどさ? 今の俺は……違うんだ。あの時とはまるで変ってしまった。


 笑美ちゃん。やっぱりそのTシャツは着れないよ。


「……ごめんよ笑美ちゃん。今の俺はそのTシャツを着る資格が……ないんだ」



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