第10話 女子大生の自己紹介
これはなんの記憶だろうか。
目の前は白黒で、どこか懐かしくも……苦しくも感じる。
制服。髪が長い人の後ろ姿。
大学。入学式。大勢の人。私服の誰か。
机とパソコン。誰か怒ってる。泣いてる……子ども。
なんだ……断片的に目の前に現れる。
懐かしい。苦しい。懐かしい。苦しい。
≪理想を追い求めるな≫
「はっ!!!」
気が付くと、目の前はオレンジ色に染まっていた。色のある世界に少し安心したと同時に、いつの間にか眠っていたのだと理解する。
体に感じるモヤモヤした何か。ただ、その理由を思い出すことは出来ない。
……なんだろう。滅茶苦茶嫌な夢でも見ていた気がするけど、その内容は思い出せないな。まぁ、普通の夢でさえ起きた瞬間忘れてるし、気にする事でもないか。さて、すっかり寝ちゃってたけど、今は何時……えっ?
こうしてスマホに手を伸ばし、画面をタップした瞬間だった。俺の背筋は一瞬にして凍る。
これは比喩表現じゃない。なぜなら、そう思わざるを得ない人物からの着信履歴があったから。
っ!!! えみちゃんからの着信……5件!?
その刹那、今朝の話が頭を過る。
『いいから絶対に出ないでくださいね? 今日は仕事もありますけど、5時には戻ってきます。その時居なかったら……』
『いっ、居なかったら……?』
『警察呼びますので。なんか昨日の雰囲気だと、どっか行きそうな気がしたんで、一応念押ししときますね?』
やばい。これは間違いなく、確認の電話だ。それに出ない=居ないものと認識されてもおかしくはない。
「やべぇ。とにかく電話しないとっ!」
よっと。掛ったな? 早く出てくれ……
ガチャ
ん?
「君島さん? 私もう帰って来てまーす」
焦るように電話を掛けた途端、耳に入るドアの音。洗面所への扉が開いたかと思うと、そこにはスマホを手にしたえみちゃんが立っていた。
「えっ? あっ……おかえり」
「ただいまです。それにしても、なんでそんな焦った顔してるんです?」
「いやその……着信……」
「あぁ。ちょっと焦りましたけど、お休みしてるところ見たら安心しました」
ホッ。 ……てか、もしかして寝顔見られてた!? なんか少し恥ずかしいんだけど……
「君島さーん? なんで若干顔赤くなってるんですか?」
「なっ、なんでもないよ!」
ぐっ。色々と言いたい事はあるけど、自ら藪を突く必要はない。とっ、とにかく話題を変えよう。
「にしてもごめん。寝ちゃってて、ご飯まだ作ってないや」
「それなら大丈夫ですよ?」
ん?
そう言いながらえみちゃんはキッチンへと足を運ぶと、ある紙袋を手に取った。それは大手ハンバーガーチェーンの物。
「たまにはこういうのも良いかなって? 嫌いでした?」
いやいや、むしろ大好物の部類なんですけど。しかも、そういうのを口にしないと勝手に思ってたえみちゃんが買ってきてくれるとは。相乗効果で、いつも以上に美味しそうだ。
「全然。ちなみに品名は?」
「ダイナマイトジューシートリプルビーフバーガーセットですっ!」
「最高かよ」
「ふふっ」
★
こうして俺達は、えみちゃんの買ってきてくれたバーガーセットに舌鼓をうった。
その見た目から、こういうのを食べる姿が想像できないだけあって……美味しそうに頬張る姿は、それはそれで新鮮だ。とはいえ、出会って……いや? 再会してそこまで日数も経ってはいないのだけれど。
色々な表情を見れるのが、こんなにも安心する。
むしろ、いろんな表情を出せる様になってくれた事が嬉しいのか。
どちらにせよ、あの頃の……痩せ細った女の子はもう居ないんだ。その事実は変わらない。
「どうしたんですか? 君島さん」
「いや……本当に大きくなったなって」
「えっ? 大き……なっ、何を言ってるんですか?」
「何って、そのまんまだよ。えみちゃんは立派になった。それだけの話」
「えっ……」
驚くのも無理はないか。美味しい夕食の場でいきなり褒められたら、驚くか怪しむかのどっちかだろう。でも、今日くらいは勘弁してもらいたい。過去の自分の功績に懐かしんだっていいだろう?
「それにしても、やっぱり驚いたよ。えみちゃんがあの時の女の子だなんて」
「なっ、何を……」
ははぁん? これもフリの1つか。こういう冗談言えるようになったのも、えみちゃんが教えてくれたおかげだぞ?
「何って、冗談キツイぞぉ? 昨日えみちゃんが言ってくれたじゃないか」
「いっ、言った? 私が……?」
うおっ、迫真の演技。確か雑誌のインタビューで女優も目指してるって言ってたもんな。流石だ。
「いやいや、ここまでくると流石の演技力だよ。けど、今はそういうのは置いといて……ほら? この傷。えみちゃんが先に見せてくれたんだろ?」
「えっ……あっ……」
「えみちゃんにもあるだろ? 左のこめかみ辺りに。えみちゃん……君はあの時の女の子で、公園で落ち込んでた俺に気が付いて、そして……」
「わっ、私が言ったんですか?」
そんな言葉を交わしていく内に、えみちゃんの表情は予期せぬものへと変わっていた。最初は演技だと思っていたけど、その目にはどこか余裕が無いように見えた。そう、まるで本当に分かっていないような。
……あれ? もしかして、昨日の事覚えてないのか? けど朝には、昨日の雰囲気の話してなかったっけ。いや! もしかしてビール飲む前の雰囲気の話なのか。だからこそ察してビールを持って来てくれたんじゃ? となれば、その後は? アルコール摂取後の記憶は?
待てよ。もしかして……有り得なくはない。そもそも、ビール飲んでからの言動は早々におかしかった。
はぁ……やっぱり忘れてるんですね?
まぁ仕方ないですよね。でも、君島さん? これ見ても思い出せませんか?
思い出してくれましたかぁ? 君島さんにも左のこめかみ辺りに、同じ傷ありますよね?
そうですよ? あの時の女の子です
やっぱり、自分で言った事の記憶がないパターン!?
むしろ綺麗さっぱり記憶にないパターン!?
「えっと、もしかして覚えてない?」
「あの……その……」
あっ、顔伏せた。
「俺がここに居るデメリットの話をして、出ていこうとしたらマシンガンの如く攻撃したのは?」
「それはなんとなく……」
「少しばかり持っていた俺のプライド的な部分を、真っ向から否定したのは……」
「そこまではなんとか……」
「人の話聞く時は、ちゃんと顔見てもらえます? あれですか? 良く見たら不細工だとか思ってます? って言われて。美人って言ったら可愛いって言って欲しいって」
「えっ、えぇ!」
えっ? その辺から記憶があやふやなの!?
「可愛いって言ったら、満足げにもう1本ビール飲んで……」
「なっ……」
「もう1本? って驚いたら、何ですか~? ダメなんですか~? 君島さんは昨日10本以上飲んでたじゃないですか! って怒って……」
「ちょっ……」
「せめて、次の仕事決まったらここを離れるってのはどうですか~? 職があれば、私も一安心ですから。なんて提案をしたり?」
「そっ、それは……」
「色々考えてたら、嘘ばっかり。昨日からその顔見飽きたんですけど? だから、私が良いって言ってるんだから良いじゃないですか? てか、良いって言え……という強制的な言動……」
「まっ、待って……」
「挙句の果てに、言わなきゃ警察連絡します。襲われたって言いますという強迫めいた発言をして、無理やり了承を得たり」
「はうっ!」
「そんな一連の出来事……覚えてない?」
「うっ、うぅ……」
その反応に、嘘は見当たらない。
話している最中に何度か顔を上げても、その自身の発言を聞くたびに恥ずかしそうに顔を伏せていたのがその証拠だった。
……マジで記憶にないのか? とすれば、えみちゃんからしてみれば言った記憶がないのに、なぜか俺はえみちゃんとの関係に気が付いてるって状況か。まぁそれはそれで驚くよな。とりあえず、落ち着かせて状況を……
「君島さんっ!」
なんてフォローを考えていた時だった。今まで顔を伏せていたえみちゃんが、勢いよく顔を上げた。
「えっ? あ、はい」
「色々と……いえ、かなり昨日迷惑かけてすいません。それに、自分が言ったんなら仕方がありません!」
「おっ、おう」
あれ? なんか吹っ切れてる? 想像の倍以上立ち直りが早いような……
「あの……その……君島さんが命の恩人だって分かってました。でも、知らないふりしようとしてた訳じゃないんです」
「いや、そこは別に……」
「単純に、どう接して良いか分からなかったんです。どういう対応が、反応が正しいのか分からなくて……だから、今までの態度、本当にごめんなさい」
えぇ!? まさかの謝罪? いやいや、別にその点についても何とも思ってないけど……むしろ当然の対応だと思ってたんだけど。
「なっ、なんでえみちゃんが謝るんだよ。別に全然普通だったぞ? それに、助けられたのは事実だしさ?」
「そう言って貰えると……少し安心しました。それに……もう君島さんも、私が誰なのか分かってるし……悩む必要は無いんだよね?」
その瞬間、今まで見た事のない柔らかい笑顔を浮かべるえみちゃん。正直、その笑顔はこれまで見た事のない程の代物で、歴代ナンバーワンともいえる可愛さに思えた。
「そっ、そうだね」
「ふふっ。なんか急に安心しちゃった。じゃあ改めまして」
なっ、なんだ? またしても急に性格が変わったような……あれ?
「私の名前は、
あのクールビューティーえみちゃんは? こっちが本物?
どどっ、どっち!?
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