第4話 女子大生に驚かされる

 



 気が付くと、目の前は真っ暗だった。とはいえ、意識はしっかりしている。

 目が覚めているのに、瞼が異常に重く……開くのには時間が掛かる。まぁあの仕事を始めてからの付き合いだ。もう慣れている。


 さて、気合で開けるか。ん?

 いつもなら、目一杯の力を入れて瞼をこじ開ける所だ。けど、その苦痛ともいえる動作の前に……いつもとは違う良い匂いを感じた。


 これって味噌汁? 

 ほのかに香る味噌の匂いが鼻を通る。ただ、蘭子が俺より早く起きてるなんてあり得ない。味噌汁なんて用意してるなんてもっての外。そもそも……目覚ましのアラームはなったのか?


 ヤバッ!

 その事実に気が付いた俺は、焦る様に上体を起き上らせる。けど、目の前に広がる景色は……いつもの部屋とは全く違っていた。


 窓から降り注ぐ光。白を基調とした明るい壁紙。広い部屋。そして横のテーブルには……ザ・日本の朝食を思わせる輝かしい品々。

 あれ? ここって……


「あっ、おはようございます。頭痛とか大丈夫ですか?」


 少し状況が理解できない俺の前に、颯爽と現れる女の子。その表情を目の当たりにした瞬間、俺は全て思い出した。


「あっ、あぁ大丈夫。おはよう、えみちゃん」




 ★




 そんなこんなで、俺は朝から何とも豪勢な和食をいただいている。

 ハッキリ言って、一晩お世話になった上に朝ご飯までご馳走になるなんて、申し訳ない気持ちで溢れ返る。ただ、せっかく作ってくれたものを断るのはもっとマズイだろう。大体、そんな事したら……うおっ。昨日の鋭い視線が思い出される。


 それにしても、マジで豪華だ。朝から湯気のある……しかも和食なんて久しぶりに食べたぞ? 鮭に筑前煮に卵焼き。味噌汁とご飯……最高か?


「なぁ、えみちゃん」

「はい。もしかしてお口に合いませんか?」


「いやいや、そんな訳ないよ。めちゃくちゃ美味しい」

「良かったです。材料がなくて、簡単なものしか作れませんでした。筑前煮はパックの物ですし……」


 ……これで簡単なものなのか? そもそも筑前煮とかいう家庭的なものがある時点で凄いんだけど。


「俺にとっては豪華過ぎるよ。この卵焼きとか最高」

「いっぱい食べて下さい。お代わりならありますから」

「ありがとう」


 こうして最高のご飯を楽しみながら、俺は改めて昨日の出来事に対してお礼を言った。

【酔っぱらってたのに、意外と記憶あるんですね】なんて言われたり、昨日の俺の様子を事細かに知らされたりして、恥ずかしくもなったけど……不思議と嫌な気はしなかった。


「そういえば君島さん、今日はどうするんですか?」

「今日? 仕事はクビになったしなぁ」

「仕事はもう良いとして、一番重要なのは部屋じゃないですか?」


 部屋……確かに。


「同棲してたんですよね? でも浮気されてて、しかも君島さんが寝てたベッドで、何度もシてたんですよね? 私だったら、二度と戻りたくないです」

「ははっ。確かにそうだ。けど……」


「あれですよね? 私物とかありますもんね?」

「正解」

「あっ! 通帳とか印鑑とか、共同の場所に置いてませんか!?」


 その点については大丈夫。過去の経験から、大事なモノについては別な場所に置いてる。まぁ必死に探し回られてたら最後だけどね。


「多分あいつの知らない場所に置いてるから大丈夫な気はするけど、心配は心配」

「じゃあまずは、一瞬だけ我慢して部屋にある私物を持って来ましょう。あれ? そういえば部屋の契約者って……」


「あぁ俺だよ。そのまま不動産屋さん行って、転出の話しして来るよ」

「浮気女さんには教えなくても良いかもですね」


「契約者が俺だって言う事、忘れるほどアホじゃないだろ。あのバカ先輩のトコ転がり込むに決まってる。まぁ、だとしても穢れたあそこにもう1度住むなんて無理な話だ」

「ですよね。水道とかも期間内で全てストップで……ベッドとか要らないものはどうするんですか?」


「処分に決まってるだろ? とりあえず、ベッドとソファは確実だな」

「賢明な判断です」


 それは不思議な感覚だった。昨日出会ったばかりだって言うのに、なぜかえみちゃんとは話が合うというか……話しやすい気がした。

 それこそ、俺の心情を察して居るからこそなのかもしれないけど、ここまで短期間に……自分の気持ちを言えた人は居ない。


 しかも、昨日はアルコールが邪魔してて若干朧げだったけど……見れば見るほど整った顔立ちだな。どちらかといえば綺麗系。茶髪がかったロングヘアに、目も大きくて二重。身長だってそれなりだった。


 ただ、やはりどこかつっかかる気がしてならない。どこかで見た事のある様な……


 ≪それでは、今日発売の雑誌紹介です!≫


 その時だった。テレビから聞こえる朝の情報番組。そのコーナーの声に思わずテレビに目を向けた。


 ≪――――――次に、女性ファッション雑誌アイズです! 今月号の表紙を飾るのは、今回で3度目! ここ最近メキメキと人気を博しているモデルのえみさんです≫


 するとどうだろう。そのナレーションと一緒に映し出された雑誌の表紙に映っているのは、茶髪がかった髪の毛に整った顔立ち。そしてその顔には見覚えがあった。


 あれ? 

 俺はすかさず、テレビと横のソファに座るえみちゃんを交互に見合わせる。

 テレビ、えみちゃん、テレビ、えみちゃん。

 それを何度繰り返しても、やはり……テレビの中のえみと、隣に座るえみちゃんの顔は瓜二つだった。


「えっ? えみちゃん? もしかして、今テレビに映ってるのって……」

「あっ、はい。私です」


 軽っ! なんだろう? 本当に反応が軽いよね? 

 ただ、その答えで俺が昨日から感じていた見慣れた感の正体がはっきりとした。


 営業という職業柄、世間の様々な情報について念入りに調査をしていた。もちろん、相手方の営業担当者の方との会話をスムーズにし、趣味等の話で盛り上がれば印象にも残るし、親しみやすさも生まれる。結果として、契約への大きな武器になるからだ。


 そんな中、俺は色んな雑誌にも目を通した。その中には女性向けの雑誌も含まれていたんだ。担当者が女性の場合もあるし。それで前に見た女性ファッション雑誌アイズ。その時に表紙だったのが……えみちゃんだったんだ。


 それにしても……マジかよ? いや、モデルのえみといえば、テレビでも言ってたように、ここ最近メディアにも出る様になって有名どころだぞ?

 そんな子が、なんで俺なんか……


「いっ、いや……えみちゃん? いや、えみさん?」

「あの……呼び方変えないで貰えます? なんか嫌です」


「えっ、あぁ……じゃあえみちゃん」

「はい?」


「あのさ……」

「なんで俺なんか……なんて言わないで下さいね? 理由なら、散々昨日言いましたし、君島さんも納得してくれましたよね?」


 そっ、そりゃ昨日は聞いたし、俺も納得はしたけど……相手が相手なら気も変わるでしょ!? 

 俺は良いとして、ますますえみちゃんにと迷惑掛けてる気がする。そうだ、一緒にここに入ってる所を週刊誌に撮られたりしたら? 芸能生活の終わりじゃないか!


「それはそうだ。けど、やっぱり心配なのはえみちゃんの方だ。有名人だよ? そんな子が、男とマンション入った所なんて週刊誌に撮られたらマズくないか?」

「昨日の件については大丈夫だと思いますよ? 何かあったら、君島さんもこのマンションに住んでる事にすれば大丈夫ですし」


「いやいや、そんな嘘まかり通る訳ないだろ?」

「何とかなると思いますよ? このマンション……事務所で持ってるマンションですし」


 なっ! ……いや、確かにえみちゃんみたいな有名どころが所属している事務所ならあり得る。だからこその余裕か。


「じゃあ、帰りどうします?」

「ん? 帰り?」


「いや、元の所帰れないんだったら……暫くここに居ますよね? 今日は仕事ないですけど、大学ですし……でも私居ないと部屋に入れないじゃないですか」

「えっ? 確かに元の所は帰りたくもないけど……何日もお世話になるのは……」

「はい? 昨日言いましたよね? 暫くお世話になりますって」


 あっ、はは……言いました……ね? 良く覚えてますね? って! だからその鋭い視線止めてって!


「いや……はい。お世話になります」

「はい。じゃあ、とりあえず連絡先交換しましょう」


「れっ、連絡先って、そんな簡単に教えても良いの?」

「なんならスペアキー渡しましょうか?」

「連絡先教えて下さい!」


 おいおい……流石にスペアキーはマズイだろっ!


「じゃあ、大学行く前に交換しましょう」

「りょっ、了解」

「それじゃあ、ご馳走様でした」


 ……昨日出会った女の子のえみちゃん。出世街道をひた走るモデルえみ。

 昨日の段階でも、意味が分からない女の子だったけど……今日はもっと意味が分からなくなったぞ?


『とりあえず、ウチ来て下さい。凍死の心配はないでしょうけど、目に入った人が何らかの事件に巻き込まれるのは後味悪いです』


 昨日から俺に声を掛けた理由は一貫している。でも、だとしてもメリットが見当たらない。ましてや、順風満帆な人生に、なぜそこまでリスクを冒したんだ?


 えみちゃん。本当に君は一体……


 どんな子なんだ?



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