第5話 ファス村
森を抜けると草原が広がっていた、小高い丘の部分に村の影が見える。
森は狩猟、採取の場ではあるが同時に魔物や危険な動物もいるため、それらの脅威から村を守るために少し小高い位置に村を開いている。
そして村の入口は森側と反対側にして、森の方向には監視するための見張り台が設置されている。
村の周囲には幅も心もとない簡素な堀と、同様に立派とは言えない木柵で囲われている。
「堀に落ちないように気をつけてくれよ、まーあんちゃんなら大丈夫だろうけど」
少し覗き込むと堀の底には斜めに切り出した木槍がたくさん刺さっている。
(なるほど、ここに落ちた動物はこれらの餌食になるのか……)
ヒデオはゲームでは描かれていない細かな設定に感心している。
「それにしてもあんちゃんは強いな! 一人であのデカさのビッグボア倒しちまうんだから!
来訪者が強いって噂は本当なんだな!
しかも素材をくれるなんて、お陰で今年の冬は少しはまともな生活ができそうだ!」
バンバンと力強くヒデオの背中を叩きながら、豪快に笑っている大男はボレス。
この村、ファス村の若い衆のまとめ役だそうだ。
裏表のなさそうな性格と、いかにヒデオのしたことが素晴らしいかを熱く語ってくれるので、悪い気はしていなかった。
「そういえば村についたらレンの家にいかないと、場所を教えてもらえるか?」
ドサッ
と、担いでいた100キロはありそうなビッグボアの肉を落としてしまうボレス、落ち着きなくソワソワしだしてしまう。
先程までの豪快なキャラが崩壊して、小動物のように不安そうだ。
「ああ、コイツはサリーさんのことになるとてんでダメになっちまうんだよ」
ホントしょうがねーなーと周りの村人が肉を担ぎ笑っている。
「ば、馬鹿野郎! サリーさんとレンに何かあったらガッシュの兄貴に申し訳が立たねーだろーが!」
オロオロとした失態を見せたのが恥ずかしいのか少し耳が赤い。
「……そうだな。ユキムラさん、レンの家は村に入って右奥の白い土壁の家だ。
村についたら行ってやってくれ」
別の村人が教えてくれる。そんなやり取りをしていると、村の入口に丁度到着する。
村の入口には、堀の底にあったような木槍を組み合わせた、魔物や野獣の侵入を阻む柵が置かれている。
「このあたりは襲撃が多いのか?」
「ああ、この設備ができてだいぶ減ったけどな。未だに夜は見張りを置かないといけない……」
コンコンと槍柵を叩きながら少しくたびれた表情をする。
(そういやいくつかクエストやると襲撃イベ来たな……その時……)
ゲームの中でこの村の未来は、暗い。
リーダーゴブリン率いるゴブリンの集団に夜襲をかけられ、主人公を村の宝である転移玉で逃されて、この村は滅びる……
(なんか、嫌だなそれは……)
いつもはイベントの一貫でスルーしてきたが、人と人との触れ合いがゲームと割り切れない感情を、すでにヒデオの中に産み付けていた。
直接的な人とのふれあいを極度に嫌っていたヒデオの心が、これはゲームだと思いながらも少しづずつ解ほどけていることに、ヒデオが気がつくのはまだまだ先の話になる。
(とりあえずはレンの家へ行くか)
村人たちに別れを告げレンの家へ向かう、村の中は中央の広場を囲うようにいくつかの建物が並んでいる。
広場に近い建物は石造りでしっかりとして少し大きめな建物が多い、その周囲に並ぶ家は土壁であったり木を組み合わせて作られたものが多い。
村の奥に進んでいくと白い土壁の小さな家がある。
村人の話ではここがレンの家のはずだ。
ヒデオは コンコン と軽く扉をノックする。
「はーい」
レンの声がする、扉を開けユキムラの姿を見ると満面の笑みをうかべる。
思わずヒデオも笑顔になってしまう。
「師匠! ようこそいらっしゃいました! ささ、どうぞ入って下さい!!」
「ああ、お邪魔するよ」
レンに勧められ部屋に入る、外との明るさの変化で少し目が慣れるのに時間がかかる。
床は石打で土足でいいようだ、テーブルセットにきれいに物が収められた棚がいくつかある。
よく整理された部屋である印象を受ける。
「レン、誰かいらっしゃったの?」
奥の部屋から凛としたきれいな声がする、
「だめだよ、母さん動いちゃ!」
見ると奥の部屋から足を引きずりながら一人の女性が出て来る、この方がレンの母親なのだろう、それにしても、美しい。
レンと同じ美しい金色の髪、腰のあたりまで伸びた髪は光り輝いているかのように錯覚させる。
美しい青い瞳、すっと通った鼻筋、色気を感じさせる唇、まさに絶世の美女だ。
レンは10歳くらいか、そんな子供がいるとは思えない透き通った白い肌、ボレスが骨抜きになるのも無理は無いな、そう思わせる。
おぼつかない足取りでこちらへ来るが躓いてしまう。
「おっと」
「す、すみませんうっ……」
傷が痛むのか顔をしかめてしまう。思わず受け止めたが女性独特なか細さ、それでいて触れている肌は温かく、そしてとてもいい香りがする。
「無理をなさらないように、どうぞ」
椅子を引き彼女を座らせる、ゲームだと思っているからか、必要以上にワタワタしないで済んだのは幸運だった、女性の手なんてそれこそ40年触れていない。
「母さんさっき話していた師匠! ユキムラ様だよ!」
「まぁ! 今回は息子を危ないところから救っていただいて本当に有難うございます」
深々と頭を下げられる、その瞬間ヒデオは見逃さなかった。
寝間着のような薄手の洋服で頭を下げたために、その豊かな双丘の谷間がはっきりと見えた。
「い、いや。たまたま偶然ですから気にしないでくだしゃい」
思わず噛んだ。仕方ない。生身の女性なんて(ry
「そうだ、師匠、せっかく師匠から貰った薬草なんだけど煎じ方調べてるんだけど……
よくわからなくて……」
(ああ、調合のクエか)
「道具はあるか? 俺がやろう」
(採取クエで最高のアイテムを出してもここではただの薬草になるんだよね)
クエスト経験値は増えるのでソレで我慢する。
ヒデオは慣れた手つきで薬草を薬へと調合していく。
回復剤(上)が出来た。
素材が普通の薬草だとこれが限界だ。
「やっぱ師匠は凄い! ほら母さん師匠が薬を作ってくれた、これで怪我も治る!」
レンは大喜びで薬の入った瓶を掲げて大はしゃぎだ。
「何から何まですみません……なんとお礼を言ったら……」
ヒデオの手際の良さに驚いていたサリーが、また深々と頭を下げようとする。
「気にしないでください!」
頭を下げようとするサリーさんを必死で止める、また強烈な精神攻撃を食らう訳にはいかない。
「ところで怪我を見せていただいてもいいですか?」
ヒデオの問いかけに一瞬驚くサリー、それから服の袖を捲し上げて傷を見せてくれる。
「はい? ええ、これなんです」
(やっぱり)
見せられた傷は少し深く2箇所穴が開いている。
何よりも傷口の周囲が紫色に変色している。
「これは普通の回復薬だけでは完全に治らない、そればかりだとこのままだと危ない」
突然のヒデオの発言にはしゃいでいたレンが驚く。
「え!? 師匠どういうこと!?」
「この怪我はトリカスパイダーに噛まれた傷だ、トリカスパイダーの毒はゆっくりと傷を広げるだけでなく全身を弱らせていく、解毒剤が必要だ」
「そ、そんな!? 解毒剤なんて街にでも行かないと手に入らない、しかもそんな高級品……」
今にも泣きそうになるレン、そして驚きで顔面を蒼白にしているサリーさん、
「俺が用意しよう、とりあえずサリーさん回復薬は飲んで下さい。
それで時間が稼げる、その間に俺はトリカスパイダーを倒して解毒剤を手に入れる」
森の中にあるトリカスパイダーの巣に行ってトリカスパイダーを倒す。
そうすればジャイアントトリカスパイダーが出てくるのでそれを倒すと、何故か解毒剤が手に入る。
なぜ蜘蛛が解毒剤をとか考えてはいけない。
「頼むよ師匠! このままじゃ父ちゃんだけじゃなくて母ちゃんまで……」
必死になって泣くのを我慢しているが、瞳は涙で溢れんばかりだ。
「任せとけ、時間が惜しい。すぐに行ってくる」
レンの頭をワシャワシャと撫でて立ち上がる。
(さて、蜘蛛退治だ!)
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