老舗MMO(人生)が終わって俺の人生がはじまった件
穴の空いた靴下
第1話 サービス終了
その日、彼は自らの持つ資産全てを、赤の他人に寄付する遺書を書いた。
あるMMORPGがあった。
MMORPG、Massively Multiplayer Online Role-Playing Game。
大規模多人数同時参加型オンラインRPGと訳されたりする。
たくさんのプレイヤーが一つの世界に存在しており、ゲームでありなら中の人がいる生身の人間同士のプレイが最大の魅力だ。
すでに世間ではヘッドマウントディスプレイ(HMD)を用いたVR、いわゆる脳波観測型思考誘導式仮想現実入場方法のRPGが主体となっていた。
しかし、そのMMORPGはそんな最先端のものではなく骨董品とも言える、昔ながらのキーボードとマウスを用いたプレイ方式だった。
しかも、現存する現実世界と区別がつかないような華麗なビジュアルではなく、ドット絵による平面2Dだった。
それでも独特の味わいのあるグラフィックに固定ファンは少なくなく、大きな賑わいではないがそのゲームを本当に愛している人たちがひっそりとプレイしている。
そんなゲームだった。
名を【ヴェルフェリア・オンライン】という。
愛称はヴェルオン、VO。すでにサービス提供から40年が経過している老舗中の老舗だった。
ほそぼそと継続していたVOも新作大作ソフト、アルティメットファンタジークエスト23(通称:UFQ23 or 23)の発売で、とうとうトドメを刺されることになった。
大手メーカーが渾身の力を込めて開発したもので、広大なマップ、そのすべての場所に行くことができ、どんなことでも出来る。
選べる職業は3000以上、スキル構成は無限大、肉眼よりも美しいビジュアル、《 今、現実から卒業するときだ》テレビのCMがうるさいほど繰り返している。
過去には15あったサーバも統合に継ぐ統合でウリエルサーバー一つになり、そのたったひとつのサーバーも平日の接続人数は2桁、土日でも3桁止まりとUFQ23のオープンベータテスト開始後は接続人数が20分の1に減少してしまった。
数少ない古参プレイヤーが何十年と言ってきた、
「VO終わったな」
この冗談が現実のものとなる日も近いことを痛感していた。
この物語の主人公 真田サナダ 英雄ヒデオ(56)はそのVOにおいて伝説となっている古参プレイヤーだ。
クローズドテスターから始まり40年間ヴェルオンの酸いも甘いも体験してきた中卒ニート。
彼は16歳の時にVOと出会いそこから40年間メンテ以外はVOにいる。
と、言われるほどの廃人プレイヤーで。
彼のキャラ 【ユキムラ】は、前人未到のレベルカンスト9999、全Jobクラスコンプリート、キーボードを両足を含めて操作し、あらゆる職、あらゆるスキルを完全に使いこなし、伝説のGv戦、【終末のヴァルキリー砦攻防戦】において、たった1人で、敵対ギルド23、計975人相手に砦防衛に成功したという実力の持ち主だ。
彼の家は裕福な家庭だった。
彼の身に不幸が降り注いだのは15歳のときだった。
両親は海外での仕事を終え、日本へのフライト途中の飛行機が海上へ墜落しこの世を去ったのだ。
航空会社からの莫大な損害賠償に加え、両親の保険金などは彼が成人した時に全額が支払われることになった。
日常生活における資金などはやや過剰気味に日々支払われていた。
日本での彼の世話をしていた母方の祖父母は突然の交通事故で亡くなってしまい、15歳にして一人暮らしを余儀なくされた。
それ以外の血縁者はすでにおらず、15歳にして天涯孤独の身となってしまった。
周囲の人間は腫れ物を触るように接するか、彼の持つ莫大な遺産を狙って寄ってくる人間しかいなかった。
唯一彼が幸運だったのは、遺産管理を任されていた弁護士、宗像ムナカタ 守マモルが人格者であり、依頼主である彼の両親の意思を厳格に守り、彼を様々な悪意から守ってくれた事だった。
それでもまだ若い彼の心が、人々の悪意と厄介者のような扱いをされ続けたことは、彼の心に癒やすことのできない傷を残すことになる。
彼がネットゲームに没頭するのにはそんな哀しい背景もあった。
立て続けに起きた数々の事件は彼の心を疲弊させ、現実の人間への恐怖心を植え付けてしまった。
ネットゲームでは気軽だった。
誰も彼ユキムラの中の人がわからない。
彼の背景も探ってこないし、一緒に冒険すればそれで認めてもらえた。
みるみるうちに彼はその世界にのめり込んでいく。
彼は有り余る資金を使い、課金要素をフルに使い、常に先陣を切り、トップを走り続けた。
そんな彼の世界に今、終わりが訪れようとしていた。
それは彼にとって全ての終わりのような事であった……
そしてそれは現実となる。
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ヴェルフェリア・オンラインをご愛顧していただいているプレイヤーの皆様への重要なご連絡
(サービス終了について)
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彼はディスプレイに映る赤く点滅をするメッセージをクリックすることができなかった。
胃酸が上がってくる。心拍数が上がっている。
目の前が真っ白になるような、真っ暗になるような、手が震える。
カーっと身体が熱くなり、驚くほど冷たくなりガタガタと震える。
(嘘だろ……、ログイン、できない……
そんな、こんな、突然……)
彼は絶望した。
彼は自分の全てがある世界を奪われ……、なにもないこの世界から去る決意をした。
彼は自らの資産全てを運営会社に寄付する遺書を書いた。
『今まで僕の世界を作ってくれてありがとう。
このお金はその御礼です。』
ただそれだけの文章だが、ヒデオは自分の想い、感謝をすべて詰め込んでいた。
ヒデオはゆっくり立ち上がり椅子の上に立つ。
梁にかけた縄を首にかける。
ピンポーン
ヒデオはもうどうでも良かった。
このゲームをやるためだけの生活の為に、元あった家も売り自らが建てた1Rマンションへと転居した。
自分の部屋は自らの要望から魔改造した部屋になっている。
完全防音・最高のネット回線、最高スペックのマシン、音響システム、冷蔵庫と電子レンジ、お風呂好きなので1Rには似つかわしくない立派なユニットバス、シンクはあるがガス台はない、トイレは日本が誇るToTToの最高級品。それしかない部屋だ。
一階にあるコンビニ、エイトテン(オーナーはヒデオだ)から、部屋まで24時間いつでも宅配してくれる。
まさに彼のヴェルオンをやるためだけの城であった。
チャイムの音を無視して、ヒデオは一歩足を踏み出そうとした。
しかし外の宅配員の次の一言でぐっと踏みとどまることになる。
「すみませーん、㈱ レインボー 様からお荷物が届いていますーいませんかー?」
他のどんな物でもヒデオは無視した。
しかし、その宛先だけは無視できなかった。
㈱ レインボー、ヴェルオンの運営会社だ。
ヒデオは慌てて首の縄を外し玄関に急ぐ、足がもつれて大きく転んでしまう、痛みに耐え息も絶え絶えに扉を開く。
「キャ!? びっくりしたー、真田 英雄様ですよね、
お荷物でーすこちらにハンコお願いしまーす、
はい、あっしたー」
ヒデオは基本、人の顔が見れないので、一言も発っすることなくハンコを押していたが、絶世の美女と呼んでもおかしくない宅配員から荷物を半ばひったくるように受け取る。
「いままでありがとね」
その宅配員の去り際のつぶやきはヒデオの耳には届かなかった。
ヒデオはばりばりと破るように包装を剥がし取った。
ダンボールを開けると最近流行りのHMDとペラ紙が一枚入っていた。
HMDはPCのUSBに差し込んで使えるタイプだった。
ペラ紙にはこう書いてあった。
『今までの感謝を込めて、貴方の世界を、貴方だけの世界を、貴方に……』
(まさか、まさか、まさか! 続編か!?
頼む!! 俺から世界を奪わないでくれ!!)
すがるような思いで自身のパソコンにHMDを繋ぎ、今まで数万回と行ってきたログイン作業を行う。
(入れる!! 入れるじゃないか!!
ああ、何も変わっていない……)
もう何万回と見てきたキャラ選択画面。
貪るように何度もキャラを選択するがエラー表示がされる。
(なんでだよ!! さっきはここまで入れなかったじゃないか!!
ぬか喜びかよ!! ふざけやがって!!)
そこに見慣れないタブがある。
【HMDを装着の上、クリックして下さい】
ヒデオは誰に奪われるわけでもないのに乱暴にHMDを装着する。
焦りからなかなかうまく装着できず苛立ちが募る。
やっとのことで装着を終え、祈るようにタブをクリックする。
彼の意識はそこで途切れる事になる。
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