第312話 VS幻英 超越せし神
エリンスは腰に提げた剣に手を添えて、アグルエも鞘から剣を抜いた。
この空間の中では、ただ立っているだけで流れる光の中へ呑まれそうにもなる。
だけど、込められた想いを――そうして
剣を構えたエリンスに、大きな白き翼を広げている
彼が手にしている剣は、天剣と星剣が合わさった刃渡り二メートルほどある長剣。それに、全身から禍々しく溢れ出している力の波動に、エリンスとアグルエは目の前にしているだけで怯み動けなくなり、呑まれそうにもなる。
だが、エリンスはアグルエの顔を見やって、アグルエも力強く頷いてくれて――まずエリンスが宙を蹴って飛び出した。
構えた剣に想いを込めて――白き炎に燃え上がる刃が、エリンスの想いへこたえてくれる。
飛びかかる一閃。しかし、
だけど続けざまに、アグルエが剣を振り抜き、背中に生やした黒き炎の翼を羽ばたいて翔け抜けた。
その
黒き炎に燃え上がる刃の一閃に、だが、
弾き飛ばされるだけで、身体がバラバラになるような感覚があった。
痛みを伴うものではない。空間の中に引き込まれてしまうような妙な不安感だ。
「くっ」と奥歯を噛み締めて、エリンスは自分自身をしっかり保つように意識する。
アグルエも同じように力を込めた表情を見せていて、きっと、エリンスと状況はあまり変わらないのだろう。
この空間で己を保っていられなくなれば、光の中へと自分自身の存在が消えてしまう――そんな嫌な予感が背筋を伝う。
白の軌跡や黒の軌跡の空間と同じような原理の場所なのだろう。だが、それ以上に周囲を流れる
流れ続けている白き光の奔流は、世界の全てを呑み込む大いなる巡りそのもの。
少しでも弱さを見せれば、エリンスであろうと、アグルエであろうと、呑まれてしまう。呑まれてしまえば、ただ無に還すだけ――。
「もう、己を保っているだけで、精いっぱいだろう?」
エリンスもアグルエも返事はせずに、もう一度宙を蹴って飛び出す。
手のうちに込める想いの炎、勇者の力、白き破壊の炎――それに、友から継いだ、全てを否定する白き光。
その向かいではアグルエの全身から溢れている黒き創造の炎、アグルエの想いが感じられる。
二人は視線を交差させ、
黒炎の刃、白炎の刃。
二つの光が混ざり合って黒白の刃が、
だが、
すかさずエリンスはもう一度、剣を振り上げ飛びかかる。
無駄のない動き、隙のない剣術。元より
弾かれるエリンスを横目に、アグルエも黒き炎の翼を羽ばたかせて
交差する刃。力強い蒼い瞳の先で、白いマスカレードマスクの奥から暗い瞳をのぞかせて、
「ぐっ」と弾き飛ばされるアグルエだったが、黒き翼を羽ばたいてバランスを取っている。
エリンスも体勢を立てなおして剣を構えなおすのだが、振り返る
「ひれ伏せ!」
空気が振動するような気配が、その
目には見えない何か大きな波紋のようなものが広がっていき、エリンスの全身を、アグルエの全身を、覆い包むように、重くのしかかる。
「ぐっ」
「はっ」
それぞれに込めた力が抜けるように息を吐いてしまった。
全身にのしかかってくる重さ、超重力。
あれは――星剣デウスアビスの持っていた力だろう。
一度エリンスも味わったことがある感覚だ。地面へ叩きつけられ、張り付けられるように身動きが取れなくなる重みが全身を襲う。
だが、この場には叩きつけられる地面もない。下に引っ張られるような感覚があって、まるで身体の中から何か力だけが引っ張られるような気持ち悪さだ。
身体と想いがバラバラになるように――もしもこの攻撃を受け続けてしまえば、この空間、全ては大いなる巡りの白き奔流の中に呑まれてしまう。
引っ張られそうにもなって、エリンスは両手で握り込む
全身から湧き上がってくる、そんな感覚を否定する想い。
身体の中から燃え上がる、白き否定の炎。
エリンスは、周囲へ向かって剣から力を振りまくように一閃、振り抜いた。
「
周囲に広がっていた
身体が軽くなる。アグルエの表情も軽くなった。
だが、そう一難去ってボーッともしていられない。
慌てて剣を縦に構えて受け止めるエリンスに、
「がっ」
なんとかこらえようとするエリンスだったが、しかし、単純に力の差で押し負ける。
弾き飛ばされて、しかし、その背中を黒き翼を大きく広げたアグルエが支えてくれた。
「……助かった!」
エリンスが顔を向ければ、アグルエは真っすぐと前を向いて真剣な眼差しをしている。
「次、来るよ」
返事をする余裕もなく、二人の目前には再び
振り抜かれる刃を、なんとか力を横に流すように弾き返して――しかし、重たそうな長い剣だというのに、
続けて横から、縦から。エリンスは持ち前の反射スピードで、それらをすべて弾き返す。アグルエが翼を羽ばたかせて、不安定な空間の中と言えど、バランスを取ってくれているおかげだ。
想いを通じ合わせて
横から、縦に。下から、斜め上から、そうしてもう一度、下から。
軽々と振り続けられる刃を、エリンスも流れるような剣捌きでやり過ごす。
反撃の隙をうかがうが、
上から振り下ろされる剣を、エリンスもなんとか受け止めようとして――しかし、受け止めきれずに逆に弾かれた。
その隙を、
「くっ」
噛み締める言葉に、エリンスが剣を振り返す余裕はなかった。
だけど、アグルエがエリンスの背中から飛び出して、手にしている
後ろへ飛ぶ
白いマスカレードマスクの奥からは、相変わらず冷たい暗い眼差しがのぞいている。
「持久戦じゃ……負ける……」
息を整えようとしながらエリンスが呟けば、アグルエも頷いてくれた。
「うん……消耗が、桁違いだよ……」
それが人と神の差なのか――
「一撃を、確実に、決めなきゃ」
アグルエの言葉にはエリンスも頷いた。
二人がそうして頷き合えば、
つまらなさそうに、退屈そうに。まるで格下の生き物を相手にする肉食獣のように、遊ぶ余裕すら見せている。
攻撃を受け止め続けることが精いっぱい。だが、それも
ただ、考えている暇もなかった。
咄嗟にかわそうとするエリンスに、その背中をアグルエが支えてくれて、黒き翼を広げて横へかわした。
すかさずアグルエは真っすぐと前を向きなおす。
「行くよ、エリンス!」
翼を細く平らに伸ばして、まるで鷹が滑空するような体勢をとるアグルエに、エリンスも真っすぐ前を向きなおして「あぁ!」と返事をした。
エリンスの返事を聞くやいなや、飛び出すアグルエは超スピードに乗って、瞬く間に
再び風のように飛翔するアグルエに、しかし今度は、
超高速のまま剣を振るえば、振り返され。飛翔するアグルエに、追いかけてくる
エリンスの中から弾ける白き光に、
アグルエの黒き光と、
何度目かになる空中での衝突で、交わす刃と刃が火花を散らせ、互いの勢いが殺される。
鍔迫り合いの形までは持ち込めた。
だが、
一瞬の後、込められた力で弾き返され、エリンスはバランスを崩した。ただ、アグルエはそんなエリンスの背中から飛び出すように、構えた剣をもう一度振り抜いた。
「
振り抜く刃から解き放たれる黒き炎。
空を翔ける龍のように大きく伸びて、広がる炎が龍の頭を象った。
大口を開くように広がる炎が、まるで
炎に呑まれる最中、ここにきて
残滓を振りまきながら消えゆくアグルエの放った黒炎を追従するように、エリンスももう一度飛び出した。
アグルエの大技は
だがそれでも、
黒き炎が白き光の奔流に呑まれて消えていく。
全身にそれを浴びたはずの
しかし、大きな動きを取る必要があったのだろう。エリンスはその隙を逃さなかった。
――「はぁぁぁ!」
大きく息吸い、両手で振り上げる剣に想いを込める。
白き炎を纏った
エリンスは、二人の想いの丈を叩きこむように――
刃と刃の衝突。
溢れ出す白き光に、
鍔迫り合い、交わした視線。
だが、彼の眼は――エリンスのことを捉えていながらも、そこを見てはいない。
――まだ、届かないってのか。
そうして一瞬見せてしまった気の弱み。
膨れ上がる黒き炎に、エリンスは成す術もなく弾き返される。
身体が再びバラバラになるような感覚があって、だけど、その背中をまたアグルエが支えてくれた。
弾き飛ばされる形になった二人に、
「その程度か、所詮」
バランスを取って構えなおす二人に、
その背中には、白き大きな二枚の翼に加え、黒き大きな炎の翼が二枚生えていた。
気配が増大している。空間を流れ続ける白き奔流の中を蠢いている巨大な嫌な気配が、全て
「まだ、力が……」
呆然と言葉を零したアグルエに、エリンスは真っすぐと
「だとしても……ここで、俺たちが、やらなきゃ」
悔しくもなりぎゅっと、手にしている
ここで
エリンスが剣を握り込む手は、無意識のうちに震えていた。
武者震いか、恐怖か――否、そのどちらでもないのだと、エリンスは気が付いた。
想いを、願いを、何か――エリンスに、こたえるかのようにして。
「剣が――」
そう口にして、思い返したのは夜空へ流れた一筋の光、願い星。
「わぁ!」と驚いたように声を上げるアグルエに、その手のうちでも
二つの剣が、共鳴するように啼いている――エリンスには、その声が聞こえた気がした。
――
刹那、エリンスが思い返したのは
天剣グランシエル、星剣デウスアビス。神々の時代に、二対が一本として知れ渡っていた伝説の聖剣。
その剣は今、
――この空間に呑まれたことによって、本来の姿へと還ったんだ。
ここが大いなる巡りの中、想いの光の中であるならば――想いは成せる、想いが成す。
エリンスは
アグルエも何かを悟ったように頷いてくれて、
エリンスはそんな彼女へ頷き返して――震え続ける剣を手に、もう一度、
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