第257話 大きな背中に託して

「これじゃ、きりがない!」


 振り返ってエリンスが叫べば、跳び上がって剣を振るったマリーも頷いてくれる。

 一歩前に出たメルトシスが魔導歩兵オートマタを三体ほどまとめて風の剣撃で吹き飛ばし、道を切り開いた。


「今のうちに!」


 叫んだメルトシスの声を聞いて、アルバラストが駆け出した。

 そのアルバラストを狙って迫る魔導歩兵オートマタへは、空中よりシスターマリーが応戦する。

 エリンスも地面を蹴ってアルバラストの前へと躍り出て、道を塞ぐように並ぶ魔導歩兵オートマタを一体斬り裂く。

 そうして三人が前進したことを確認したウルボが、勢いよく地面を蹴って跳び上がった。


「みんな、ウルボの衝撃を避けて!」


 シスターマリーが慌てたように叫ぶ。

 エリンスとメルトシスは上空を一瞥し、ウルボが両手を握り込んで地面へ叩きつけようとしていることを確認して、互いに頷き合った。

 何をしようとしているのか、瞬時に理解する。

 アルバラストが地面を蹴った。それを確認したエリンスとメルトシスも地面を蹴って目いっぱい跳び上がった。


「ウルボ、ハイパワー!」


 叫んだウルボが着地の瞬間、握り込んだ腕を思いっきり地面へ叩きつけた。

 響く轟音、空気まで振るわせる衝撃に、空中にいたエリンスもバランスを崩すが、その行く末を見守るように後ろを見た。

 崩れた建物、ひび割れる地面。がしゃんがしゃんと歪な駆動音を上げて、魔導歩兵オートマタたちの一部がひび割れた地面に挟まった。

 それだけで大部分の動きは止められただろう。ただ、それでも魔導歩兵オートマタの数が多すぎる。

 被害がない場所まで飛んだエリンスたちが着地をしたところで、しかし、次から次に、どこから湧いてくるのか魔導歩兵オートマタが顔を出す。

 ただ、幸いなことに、取り囲まれていた中心地は抜けた。シスターマリーとアルバラストもエリンスの横へ着地する。


「ウルボ!」


 エリンスは思わず叫んだ。視線の先にはウルボの大きな背中がある。両腕を広げて、追って来る魔導歩兵オートマタたちを振り払ってくれている。


「エリンス、先へ、行く!」


 そう叫んだウルボは再び飛びかかって来た魔導歩兵オートマタを振り払った。

「だが!」とエリンスが叫べば、それを否定したのはツキノだ。


「ここは、ウルボに任せるんじゃ!」


 魔導歩兵オートマタは次々に集まってくる。倒しても倒してもきりがない。

 わらわらとぞわぞわと、這い寄る無機質な恐怖にエリンスはごくりと生唾を呑み込んだ。


「ウルボに、任せる!」


 ウルボは力強く、いつもと変わらない調子で言う。いつもは何を考えているのかわからないような顔をしていたのに、今はその意志がはっきりと、エリンスにも伝わって来た。

「でも」と否定の言葉がエリンスの口を衝いて出る。だが、そんな想いを「くっ」と奥歯で噛みしめ呑み込んだ。

 それが現状最適な選択だということは理解できた。けれど、胸のうちがちくりと痛んだ。

 ウルボが腕を振り上げる。その隙を突くようにして魔導歩兵オートマタの一体が斬りかかり、ウルボの脇腹から鮮血が散った。

 だが彼はそれにも怯んだ様子は見せず、腕を叩き下ろす。叩き潰された魔導歩兵オートマタは粉々に砕け散り、衝撃が地面を伝わってエリンスたちのほうまで響いてくる。


「巻き込まれる前に、早く!」


 シスターマリーが叫ぶ。アルバラストも悔しそうな顔をしていて、だけど、そんなアルバラストの手を引いてシスターマリーは先へ走った。

 メルトシスも地面を蹴ると名残惜しそうにしながらも城を目指して跳び上がる。


「エリンス!」


 ツキノに急かされるように声をかけられて、エリンスも「ぐっ」と目を瞑って振り返った。

 地面を伝わった衝撃を避けるように跳び上がり、崩れる建物の砂煙を後ろに、エリンスは城へ向かって駆け出した。

 魔導歩兵オートマタたちはウルボが引きつけてくれている。がしんがしんと響いた音と、ウルボの雄叫び、腕を振り回す衝撃音が背後から聞こえてくる。

 これが幻英ファントムたちの包囲網に飛び込むということの意味合いだったのか。

 エリンスは悔しさを噛みしめ振り返りはせず、ただ走った。

 そうして走れば目の前には黒色をした石を固めて構えられた城門が迫っており、エリンスたちは一目散に城門を越えて、王城広間へと飛び込んだ。



◇◇◇



 黒い石壁は重苦しい暗い雰囲気もあるというのに、逆さ大樹の真下にいる影響か、どこか明るい印象を覚える。

 天井も十メートルほどの高さがあり、黒い柱が立ち並ぶ赤い絨毯が敷かれている王城の玄関口は、四方に数十メートルはあるかという大広間だった。

 大聖堂に似た厳かな空気もありながら、しかし、そんな王城も外と同様に荒れ果てている。

 床は捲れ上がり、崩れた瓦礫の山が目に付く。半ばより折れた黒色の柱に、壁には何かを叩きつけてめり込んだ跡まで見えた。

 まるで何か強大な力を持ったモノが暴れ回ったような空気は、その場の光景を見ればわかりきってしまうほどに溢れ出している。


 広間へ飛び込んだエリンス、ツキノ、メルトシス、シスターマリー、アルバラストの四人プラス一匹は、愕然とした様子で広間の中央の一点を見つめていた。


 そこに立っていたのは一人の魔族。

 屈強な身体つきに黒い肌。四本の腕を振り上げて、眉間の辺りからは二本の大きな角が生えている。腰には四本の剣を携えて、しかし、そのどれもを抜いていない。

 頑丈そうな黒紫色をした鎧を身に覆っていて、エリンスもひと目して実力者であることを理解した。

 だが、剣を抜いていないことといい、妙な違和感が付き纏う。その身体からは淡い白き光・・・が放たれる。

 赤紫色の輝きを持つ鋭い瞳はぎろりと、広間へ突入したエリンスたちへと向けられた。


 ごくり、とエリンスは緊張を呑み込んだ。

 ひと目して魔族だと判別できる四本の腕。その手のうちの一つに掴んでいた何かを壁に向かって投げ飛ばした。

 それが人なのだと、エリンスもすぐに気づく。

 ひび割れた眼鏡が落ちていた。漆黒の長い髪、髪を掻き分け生える二本の触角、項垂れた大きな黒い尻尾が特徴的な魔族は、全身が傷つき腕はあらぬ方向に曲がっている。投げ飛ばされながらも苦しそうに顔を歪めている様子がエリンスからも確認できた。

 そんなエリンスの肩の上で、ツキノが思わずといった調子で叫ぶ。


「ニルビーア!」


 彼女が、ニルビーア――エリンスがそう目を見開いた間にも、どすんと壁に叩きつけられたニルビーアは、砂埃に巻かれて見えなくなってしまう。


 王城の広間は、惨憺たる事態だ。

 よくよく目を凝らせば、もう一人倒れている人影も目に付く。

 くすんだ銀髪のポニーテールに、小柄な身体は魔族と言えどまだ子供だという証。

 エリンスと初めて人界で会ったときは感情を表に出さないような表情をしていた彼女も、しかし今ばかりは苦しそうな顔をして地に伏せている。


「マーキナス!」


 エリンスは叫びながら、周囲にあるだろうもう一人の姿を探した。

 だが、彼女・・は――ここには、いなかった。


「バーザント……どうして……」


 シスターマリーは驚いたように目を見開いて、広間の中央にただ一人立っている魔族を見つめている。

 その名が表す意味を、エリンスも避難地で話をしたときに聞いたところだ。

 アルバラストの味方であったはずの魔王五刃将の一人、バーザント・イウ。

 大広間のこの残忍な光景も、彼が引き起こしたことであるのは一目瞭然だった。


 アルバラストは怒っているのか、真剣な顔つきをしてバーザントを睨みつける。

 だが、バーザントは返事をしようとはしない。

 ただ静かに赤紫色・・・に輝く瞳を向けて、広間に入ったエリンスたちのことを見つめていた。

 嬉々と輝くその瞳の色に、何故だかエリンスは見覚えがある。

 何故だろう、と不思議に思いながらも、広間に走った緊張にはエリンスも身が震えた。


 一体、ここで何が起こったというのだろうか。

 何故、無惨にもニルビーアとマーキナスは地に伏せて、一緒にいたはずの彼女はどこへ行ったのだろう。

 エリンスはそう考えて、願星ネガイボシを握る手に力を込める――。


――時刻は、数時間前へと遡る。


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