第59話 渦巻く思惑


「ふわーあ」と、アグルエの横でアメリアが大きなあくびをした。

 アメリアが話の内容を理解できなかったことも、ただならぬ緊張感に疲労を感じていることも、エリンスには想像ができた。


「アメリア、こちらへ来なさい」


 ウィンダンハが優しく呼びつけると、アメリアはこくりと頷き、ウィンダンハの指差した先にあったソファーへと寄りかかって目を瞑った。

 簡単なやりとりを見たところ、二人は顔見知りであったようだ。


「あなたたちも、座りなされ」


 ウィンダンハは近くにあった椅子に腰掛けてから言う。

 エリンスとアグルエも言葉に甘えて、近くにあった椅子へと腰掛けた。

 ツキノはエリンスの肩からするりと下りて、アグルエの影の中へと姿を隠す。


「魔王候補生、ですか。ふむぅ」


 ウィンダンハは悩むようにして考え込む。

 魔族というものを知っていても、その言葉にはピンッときていないようである。


 エリンスはそこで質問をすることにした。

 ウィンダンハであるならば、あの二人と接点があると確信ができた。


「どうして、アーキスとメルトシスが指名手配になっているんですか?」


 顔を上げたウィンダンハはエリンスにこたえる。


「あの二人と知り合いですか」

「はい、ミープルで一度別れたんです」

「ふむぅ。なるほど」


 ウィンダンハは納得したように頷いてから言葉を続けた。


「あの二人が街へ戻ってきたのは二日前でしたのう。

 どうにか侵入したのでしょうが、この街であの二人は目立ってしまう。

 ラージェスが接触して、二人にもわしが街の事情は話したのです。

 ただあの二人を取り巻く環境は、やや特殊でしてな。

 この街には、家族がいる。

 メルトシス様の家族はもちろん、エルフレイ家も王家に近いものです」


 二人とも国の中心に近いということだろう。

 アーキスが妹であるアメリアを助けたという話から考えると、エリンスにもどういうことなのか、話の事態が見えてきた気がした。


「人質だった?」

「うむぅ。それに近い。

 二人が街に入ったことも、やつら・・・にすぐ見つかってしまいましてな。

 こうしてアメリアは救出できたようですが……帰ってこないのは危うい。

 この結界内におれば、幻術の効力も防ぐことができます。

 ただ外に出てしまえば、幻術に掛かるのも時間の問題と言えてしまう」


 ウィンダンハはそう言って、「具体的に三日ほどです」と言葉を続けた。


「時間がないってことですか。それに、やつらって誰ですか?」


 エリンスはウィンダンハがそう言った言葉に具体性を感じた。


「この国を裏切って、国王を操り何やら企ているやつら……。

 国王ドラトシス様からも信頼を受けていた宰相、カベム・ナント。

 とその腹心、騎士団副団長であったベダルダス・モンダルの二人です」


 アグルエの語った魔王候補生は国の中枢、結界に関与している。

 ともなれば――その二人が無関係であるはずがない。


「どうして! あの二人が、その二人に……?」


 アグルエは混乱したように声を上げた。


「この国を取り巻く事情も、今はやや特殊でしてな。

 勇者候補生の事情を巡って、一筋縄ではいかぬもつれがあるのですよ」


 そこに取り入った魔族の二人――


操影そうえい」の魔王候補生、ルミラータ・モズ。

幻操げんそう」の魔王候補生、ルミアート・モズ。


 今までエリンスの出会った魔王候補生らとアグルエとのやり取りを見る限り、その二人ともアグルエは顔見知りなのだろう。


 こうして話を聞いたことで、街を襲っている嫌な予感の全貌が段々と見えてきた。

 しかし敵の名がわかったところで、エリンスたちにはどうすることもできない。

 街全体を包んだ結界装置があるのは街の中心、つまりは王城の中だ。

 国を裏切った二人も、結界装置に関与しているだろう魔王候補生の二人も、ファーラス城内部にいることになる。


 エリンスは考えをまとめて口を開く。


「敵は国の中枢にいる、つまりは城ってことだよな……」

「そうですな」


 返事をしたウィンダンハにも状況は見えているだろう。

 エリンスは視線をウィンダンハに向けて聞く。


「城に入る方法は?」

「……ないのう」


 ダメ元だったが、やはりないようだ。

 街へ入るだけであの厳重な警戒体制だ。

 敵の本陣であるファーラス城は、さらに厳重だと見て間違いない。


「いや、あるにはあるのです。強引な手段での正面突破……ただそれは、リスクが高すぎる」


 ウィンダンハはそう言った。

 アーキスとメルトシスは、家族の救出にその強引な手段を選んだのだろう。

 街で騒ぎになっている様子はなかったが、城は大騒ぎに違いない。

 それにしたって、ラージェスがボロボロであって、アーキスとメルトシスが未だ帰ってこないことを考えると、捨て身の作戦に近い。


「魔族が、人間に協力するなんて……」


 エリンスが考える横で、アグルエは悩みを吐くよう口からこぼす。


「ふむぅ。魔王候補生がなんなのかはわしにもわかりません。

 ですが、そこに利害の一致があるならば、あり得るのではないでしょうか」


 ダーナレクやエムレエイを見て考えるならば、到底人間に協力するとは思えない魔王候補生の連中だ。

 単純に魔族は人間よりも力が強い。協力する必要などないほどに。


 だからウィンダンハが口にした通り、何かモズ兄妹きょうだいにも利点があるということになる。

 国を手中に収める必要があるほどの利点が。

 アグルエが散々に語っていた『とてつもない嫌な予感』。きっとその正体もそれだ。


 だが、考え続けても解決策は思い浮かばず。

 やはりエリンスたちにはどうすることもできなかったのだ。


 思考を止めて、天井を包んだ小さな結界の内側へと目を向けてエリンスは息を吐いた。

 緊張の糸が切れたその瞬間に――カラーン、とベルのような音が部屋に響いた。


「むっ!」


 ウィンダンハは慌てたように立ち上がると、腰に下げた剣の柄へと手を掛けた。

 年齢を感じさせない身体の動きを見て、エリンスはただ事ではない事態を悟ってしまう。


「ここに近づく者がおります。それも多数!」


 声を張り上げたウィンダンハの言葉に、エリンスとアグルエも慌てて立ち上がった。


――後をつけられていたのか……?


 エリンスが考えている間にも、ウィンダンハは部屋のドアへと近づき何やら細工を仕掛けた。


「ラージェスとアメリアが逃げられたのは、どうやら泳がされていたようです」


 緊迫感を含んだその声で、エリンスとアグルエもそれぞれ剣に手を掛ける。

 部屋の外――ドアの向こう側に、金属音が混じった足音が近づいてきていた。

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