第6話 思わぬ約束


 次から次へと面倒事に絡まれて「今日はひょっとして厄日なのか?」とエリンスは考えはじめる。

 二人の元へと寄って来たメルトシスは、エリンスの前を通りすぎるとアグルエのほうへと言い寄っていった。


「突然の無礼を大目に見てもらいたい。

 俺はメルトシス・ファーラス・リカーリオ。

 きみみたいな見たこともない魔法を使える魔導士が、どうしても同盟パーティーにほしかったんだ!」


 名乗って丁寧に語り出すメルトシスから「噂通りの人」だなとエリンスは思う。

 今年の勇者候補生のことを知っている人ならば、一度は聞いたことがある名前だった。

 西の大国ファーラス王国の王子の一人で、今年勇者に一番近い男として名が知れ渡っている。

 試験の成績も優秀。勇者候補生ランク第1位であるアーキスとは旧知の仲で、試験の段階で既に同盟パーティーを組んでいると噂好きの候補生らの話題に上がっていた。


「わたしはアグルエ・イラ」


 アグルエも胸に手を当てて名乗り返す。


「アグルエって言うのか。イラさんがいいのか……?

 いやもうどっちでもいい、俺らと組まないか?」


 エリンスから見てもわかるくらいに、メルトシスは興奮状態だった。

 どうしてなのかは散々にメルトシス自身が口にしていた。


「どうしてもきみみたいな、すごい魔導士がほしいんだ」


 熱意で訴えかけて、今にもアグルエの手を取りそうなほどだ。

 その勢いが単純に気持ち悪かったのか、アグルエは一歩引いてからこたえた。


「見ていたならわかると思うけど、もうわたしには同盟パーティー相手がいるの」


 成り行きでアグルエと同盟パーティーを組んだことにされているが、当然エリンスは了承していない。

 それに『勇者を探している』というならば、これほどふさわしい相手が他にいないのでは、とエリンスは考える。


 メルトシスは神速のメルトシスという二つ名の通り、神速剣しんそくけんと呼ばれる秘技を身につけ、ファーラス王国の宝剣である魔剣『風雷剣ツインウェザー』を手に旅立ったという話が有名だった。

 おまけに勇者候補生ランク第1位、天剣のアーキスの存在だ。

 二人が最初から同盟パーティーを組んでいるという事実。

 今年こそ、五つの軌跡を巡り勇者となる者が生まれるのでは、という話まで出る条件が揃っているようだ。


「せっかくのお誘いですが、お断りします」


 しかしアグルエは丁寧に会釈をしてメルトシスの誘いをキッパリと断った。


「それって、こいつだろ?」


 メルトシスがエリンスのことを指差す。


「こんな落ちこぼれと旅をするより、俺らと旅をしたほうが楽できると思うぜ。

 そして俺は必ず勇者になるからな。

 勇者同盟ブレイブパーティーの魔導士になれるんだ、悪い話じゃないだろう?」


 自信溢れる様子のメルトシスの語り口には、根拠もないのに本当にそうなる、という未来を感じさせる力強さがあった。

 エリンスからしてみても、メルトシスに悪気があってそう言ったようには聞こえなかった。

 しかしメルトシスの言葉はアグルエの逆鱗に触れたようだ。


「みんな寄ってたかって、エリンスをそう呼んで……。

 何がそうするのか、わたしには理解ができない。エリンスだって、同じ勇者候補生で同志なのでしょう?」


 先ほどのジャカスの件にしろ、どうしてアグルエがそうまでして怒ってくれるのか、エリンスは理解ができなかった。


「同志? そういうものか……?」


 メルトシスも純粋に、アグルエがどうして怒っているのかわからないようだった。


「エリンスは誰よりも力強い優しさを持っているわ。そういう人こそ勇者に相応しくあるべきよ」


「ふんっ」と顔を逸らし、腕を組んで言い放ったアグルエの主張は、メルトシスに負けない力強さがあった。


 しかしやはりエリンスには、どうしてそこまでアグルエが肩を持ってくれるのか、理解ができなかった。

 ただ成り行きで助けただけであって、出会ってから時間も経っていないのに――


「ふーん、まあ、俺も無理やりとかって、つもりはないんだ……」


 メルトシスは適当な相槌をつく。

 アグルエの主張を否定することはせず、何か考え続けている様子だった。


 エリンスにはメルトシスが考えていることのほうがわかる気がした。

 まだ諦めていないようだ。

 メルトシスは勇者への執着心が人一倍強いように見える。

 そしてそのために必要な同盟パーティーの仲間をどうしても集めたい、と思っているのだろう。


 だけどこのままアグルエを足止めしても二人の話は平行線だった。

 アグルエはテコでも動かない、と言ったように顔を逸らしたまま口も開かない。


「そうだ! いいこと思いついたぜ!」


 そこでパッとメルトシスの表情が明るくなった。


「決闘をしよう、アグルエ・イラ!

 俺が勝ったら仲間になってもらう。

 きみが勝ったら、俺はもうしつこくきみを誘わないし、こいつを認めてやる」


――決闘……? 馬鹿げたことを!


 散々槍玉に挙げられていたものの、黙っていられなくなったエリンスが口を出そうと動くよりも先に――今まで黙って二人のやり取りを見ているだけだったアーキスが口を出した。


「おいおい、いくら仲間探しに必死だからって、そんな子捕まえて決闘とは。メルトシス、やめておこう」


 決闘――それは騎士同士が互いに譲れない理念などを賭けて行われる、一対一の実戦形式の模擬戦だ。

 互いに誓約を口にして、戦い勝った者の理念に従うとされる、騎士道に基づいた考えのもと行われる、正式な勝負だ。


 もし勝負を受けて負けてしまえば、結果がアグルエの気に入らないものだったとしても、メルトシスの誘いを聞き入れなければいけなくなってしまう。

 しかも相手は勇者候補生第2位の実力を持つ神速のメルトシス。

 アグルエにその情報がなくとも、いくらなんでも無茶な申し出を受ける道理はないだろう、とエリンスは考えていたのだが――


「いいでしょう、受けましょう、その決闘」


 アグルエは胸を張って返事をしてしまった。


「ちょっとおい、アグルエ! 決闘がどういうものかわかっているのか」

「彼が言った通りでしょう? わたしのことをもう誘わないし、エリンスのことも認めるって」


 さすがに止めざるを得ないとエリンスは慌てて寄ったのだが、アグルエはとぼけた返事しかしなかった。


「へぇー言質もらったぜ。騎士道に沿って二言はなしだ」


 心底嬉しそうにしたメルトシスに比べ、その横にいたアーキスもまた「はぁ」とため息をついて呆れているようだった。


 成り行きで決闘に巻き込まれてしまうことになり、エリンスの額からは変な汗が噴き出した。


 たしかに決闘をすれば、アグルエの言ったことをメルトシスは守ってくれるだろう。

 だけどそれには大事なことが抜けている――アグルエが勝負に勝たなきゃいけないってことが。

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