3-2 晴天の霹靂
「全員、そろっているね」
講堂に入ってきた顧問が、バンドごとに分かれてあちこちに散っている軽音学部部員たちをすばやく確認した。梓たちのバンドを含めて一年生だけのバンドは二つ、二年生だけのバンドが一つ、二年生と三年生との混合のバンドが一つと全部で四つのバンドが軽音学部には存在する。文化祭まで二週間と迫り、この日は軽音学部としての全体リハーサルを行う予定だった。
「みんな、舞台近くまで来てくれるか」
舞台の端に腰かけ、顧問が全員を手招いた。
「今日は文化祭での発表の全体リハーサルの日だが、その前に大事な話がある」
顧問はそこで言葉を切った。
「話って何だろう」と響が梓に小声で耳打ちした。梓は「さあ」と言ったものの、嫌な予感がぬぐえない。
「残念ながら、文化祭での軽音学部の発表は中止になった」
「えっ」と誰かが声をあげた。無意識にあがった驚きの声はまるで川面に投げ入れられた小石のようにどよめきの波紋を部員たちの間に広げていった。部員たちはバンド仲間と顔を見合わせ、戸惑っていた。響も「どういうこと?」とまず梓に話しかけてきた。
「どういう理由で中止になったんですか?」
部長の堤康介が顧問に尋ねた。部長として落ち着いて対応しようとしているものの、顔は青ざめて声は震えている。
「中止になる理由に心当たりはないか?」
逆に顧問が問い、部員全員を見渡した。中止のニュースがもたらされた時の動揺からして部員全員にとって寝耳に水の出来事だったことは明らかだ。部長は全員の考えを代表して「まったくありません」と応えた。
「そうか。なら、君は部長失格だな」
顧問は困ったものだと言わんばかりにため息まじりにぼやいた。
「なら、先生は顧問失格だな」と響が小声で呟いた。数学教師である大橋は若いという理由だけで軽音学部の顧問にされたらしく、部活動の指導にあまり熱心ではない。好きに活動できるといえばいいが、指導も監督もしないのなら何のための顧問だと疑問を抱いてしまう。
「本当に、心当たりはないんだな」
顧問がぐるりと部員たちを見回した。
「ありません。もったいぶらないで何で中止になったのか、教えてください」
部長は苛立ちを隠せずにいた。
「音楽室の使い方に問題があった」
「音楽室の使い方?」
部長が梓たちの方に一瞬、目をやった。
部長の頭には例のライヴが浮かんだのだろう。映像はすでにそこら中に出回っている。だが、音楽室は軽音学部の練習の場であるはずだ。楽器を演奏していて、たまたま人が集まってきてしまっただけで、音楽室の使い方に問題ありとされてしまってはたまったものではない。
「軽音学部の練習の場としてきちんと使っているつもりです。掃除や後片付けはちゃんとやっていますし、アンプなどの備品の管理も気をつけています。特に問題があるようには思えません」
部長が毅然とした態度で言った。
「私的に使ったことは?」
「私的というと?」
「軽音学部の練習の場として以外に音楽室を使ったことはないか?」
「ないと……思います。練習後に音楽室に居残っていることなら、あります。でも、部活動の延長線上で音楽室にいるだけで、練習以外で音楽室を使っていると言われてしまうと僕らとしては困ってしまいます」
部員の総意を部長が代表して述べた。
顧問はこめかみに手をやり、ため息をついた。
「煙草を吸ったり、酒を飲んだりしただろう? そんなことはしていないと嘘をついても無駄だからな。学校側はすべて把握していて、その上で処分を決定した。本来なら、部活動停止、下手したら廃部になっていたかもしれない。文化祭への参加中止で済んだだけマシな方だ」
部員たちの間にどよめきが沸き起こった。同時に、素行の悪い奴は誰だと探る目が行き来し始めた。
「そういうことだ。文化祭まであと少しというところで参加中止は悔しいだろうが、自分たちの行いのせいだからな。反省するんだな」
顧問が講堂を出ていくと、すすり泣きが遠慮なしの号泣に変わった。声こそあげてはいないものの響は真っ赤な顔をして流れる涙を拳で拭っていたし、鈴は自分がドラムを務める他のバンドのメンバーたちを慰めて一緒になって泣いていた。静佳は青ざめた顔で立ち尽くしていて、梓は部員全員の悔しさと悲しみの言霊をぼんやりと見つめていた。
「ったく、誰だよ?! 酒飲んだり、煙草吸ったりしたのはさー」
誰かが悲鳴にも似た声をあげた。声のした方を向けば誰だかわかっただろうが、梓はわざと宙を見上げたままでいた。声の主がわかれば、「そんなことを言うな」と責めて、文化祭へ参加できなくなった腹いせに八つ当たりしてしまいそうだった。
「誰がやったとか犯人さがしはやめよう。そんなことをしたって、学校側の決定はくつがえらないんだから」
「けど、そいつだけが文化祭参加を取り消されたらいいのに。なんで軽音学部全体が中止をくらわないといけないんですか!? おい、煙草吸った奴、出てこいよ!」
「やめろ! 誰かをつるし上げて何になる?! その部員だって文化祭には参加できなくなって悔しい思いをしているんだろうから」
「そいつは自業自得じゃないですか! 俺たちは巻き添えを食っただけです。悔しさの意味が違う! 先輩は悔しくないんですか? 三年生の先輩にとっては最後の文化祭じゃないですか!」
「とにかく、文化祭参加中止が決まった以上、ここでこうしていても仕方ない。今日はひとまず解散しよう」
穏やかな堤部長の口調は、沸騰しかけていた部員たちの怒りへの差し水となった。一番悔しい思いをしているはずの堤部長がそう言うのなら、と、部員たちは楽器を手にしぶしぶ帰り支度を始めた。梓もギターケースを手に取り、肩にかけた。ギターはいつもの何倍にも重く感じられた。
講堂を出て行こうとすると、静佳が梓の腕をつかんで引き留めた。
「何?」
梓は静佳の差し出したスマホをのぞき込んだ。
《僕たちの誰が音楽室でお酒を飲んだり、煙草を吸ったりするっていうの? お酒飲むにしても煙草吸うにしても、どうして学校、それも音楽室でないとならないの? お酒が飲みたいなら、僕ならバレないように学校以外で飲む。そもそも、音楽が楽しいから、お酒を飲みたいとか煙草を吸おうとも思わない。ボーカルならなおさら煙草なんて吸ったら喉を傷めるだけだ。軽音学部の部員がそんな軽率なことをするとは思えない》
「じゃあ、誰が?」と言いかけて、梓の頭に浮かんだ人物、いや人物たちがいた。
「職員室へ行こう。大橋先生と話をしてみるんだ」
梓がそう言うと静佳は深く頷いてみせた。
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