第12話 糞尿製造機

 五つ上の兄は、僕以上にかなりのお金を吸い取られていた。

 兄は就職して働いていたが奨学金の返済などもありまだ実家に居た。

 兄は父のせいで自分のお金が取られる事がすこぶる気に入らなく、とかくその鬱憤を僕にぶつけてきた。

 ほぼニート引きこもり状態の僕を憎んでいるようだった。


 兄は少々変わっていて、友達とどこか遊びに行く事などまるでなく、そもそも友達がいるのかどうかさえも怪しく、仕事以外は大体家に居て、ピアノを弾いているかクラシックを聴いているかの、侘しい変わり者だった。


 兄はさらに潔癖症で、超神経質のヒステリーで、僕が外から帰ってきて靴下を履いたままでリビングまで行くと、汚い!と怒鳴り、靴をそろえて置いていなかったらそれもまた怒り、節約は良い事だけど、少しでも必要以上に多く水や電気を使うと怒り、僕は兄が家にいる時は歯を磨くのも緊張気味で、たまに水が飛んで洗面所がちょっといつもよりも濡れたりしていたらそれもまた文句を言い、扉の開け閉めの音がちょっとでも大きいとまた文句を言い、足音がちょっとでも大きいとまた文句を言い、もうとにかく挙げればきりがなく、何か言われる度に僕は兄を本気で憎み、腹は煮え繰り返っていたが、その都度いちいち争うのも面倒臭く、第一こんな病的とも言えるような神経質な変わり者の兄を下手に逆らって刺激したら、どんな陰険な方法で陰惨な目に合わされるかわからないので、僕はひたすら歯を食いしばって我慢した。

 兄が家に居る時は、僕は胃が痛くてしょうがなかった。


 ある時、ずっと働けずにいた僕は、兄に「糞尿製造機」と言われた。

 僕の胃の痛みと兄への憎しみは増すばかりであった。


 この頃の家庭の雰囲気はとにかく気まずく、最悪だった。

 兄と父は口論するかしゃべらないかのどちらかで、たまりかねた母が父に苦言を呈しては、父はプライドを傷つけられたのか声を荒げて怒り、とにかくそんな事が毎日のように続いていたが、誰一人暴力を行使しなかったのは救いだった。

 おそらく父も兄も、実は臆病でプライドだけ高く、お金の貧乏以上に心の貧乏人だったのだろう。 

 僕は父と兄の事が本当に大嫌いで憎んでいて、あんな人間にだけはなりたくないと強く思っていた。


 でも僕は、ひたすら黙って耐えていた。

 兄にヒステリーな八つ当たりを受けて「今日こそは本気で殺してやろうか」と思う事もあったが、我慢した。

 なぜ我慢できたかというと、母の事を考えるとどうしても我慢せざるを得ない気持ちになるのだ。

「母が悲しむ」と思うと、握った拳も上げるに上げられなくなった。


 母は僕の唯一の味方で、母だけが僕を気遣い心配してくれた。

 そして母は、あと少しで崩壊しかねない家庭の最後の柱だった。

 もし母が折れてしまっていたら、全てが崩れ落ちていたように思う。

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