第5話 問題児と恩師

 ナメクジの十字架を背負いつつ、僕が小学六年生になると、学校のクラスでは結構色々な事が起こった。

 学級崩壊とまでは言わないまでも、生徒達の悪ふざけが過ぎる事は多々あり、何人かの生徒が教師に逆らい、授業が始まる時間になると扉を動かせなくして、先生が教室に入って来られないようにしたり、生徒同士の争いが過熱して教室の窓ガラスが叩き割られた事もあった。


 他にも、ちょっとやり過ぎな、いじめに近いような悪戯も結構あったと思う。

 ある生徒は、体育の授業の度に体操着を取られて隠されたり、またある生徒は、教室にある掃除具が入ったロッカーに閉じ込められて、外から蹴られたり黒板消しで叩かれたり、そんな事がよく行われていた。

 とはいえ、所謂ハブるような事は絶対になく、なんだかんだみんなで一緒に遊んだりはしていたので、本当に救いようのないような、どうしようもない糞馬鹿野郎はいなかったように思う。

 ただ、様々な悪戯を受けていた側の生徒の心はわからない。

 深く傷つく事もあっただろうと思う。

 もし傷ついていたのなら、どんな理由があろうと、それはいじめだ。

 それに、子供の悪戯はとかく残酷なので注意を要する。


 このように、荒れていたとまではなかったが、様々な問題を抱えていたクラスであった事は間違いない。

 しかし中でも、常に一番の問題になっていた事がある。

 それは増岡君という生徒に関する事だ。


 彼は所謂問題児であった。

 精神的にもかなり情緒不安定なところがあり、精神分裂気味、もとい統合失調気味とでも言っていいようなぐらいで(そういった病を抱えている人達に、こういう表現は良くないかもしれない。ただ、僕はそういうものへの偏見は全くないと断言できる)、学校は休みがちだったが、いざ登校すれば問題を起こし、他の勝気な生徒との争いはもちろん、先生と取っ組み合いの喧嘩をしたり、授業の途中で教室を飛び出したっきり帰って来なかったり、とにかく増岡君はそんな事が日常茶飯事で、いつも厄介に慌ただしかった。


 そんな具合であるが故、彼はみんなからは敬遠される存在だった。

 しかし、どういう訳か、僕は増岡君と仲が良かった。

 なので、彼が学校を休んだ時に配られた重要なプリントを、彼の家まで届ける役目は常に僕が負っていた。

 別にそれを面倒臭いとも思わず、僕はその仕事をこなした。


 増岡君の家にはよく遊びにも行った。

 その度に彼のお母さんは過剰なぐらい優しく迎えてくれて、「息子をどうかよろしくお願いします」などと言われ恐縮した事もある。

 僕は増岡君とよく遊んだが、一緒に遊んでいる時の彼は、問題児の面影はなく、怒りなどの感情を僕にぶつけてきた事など一度もなかった。

 彼は確かに変な奴で、問題児であったのだろうが、僕が一緒に遊んでいる時の彼は、はにかみやさんで、いつも優しかった。


 そして僕は、増岡君もそうだが、このクラスの担任であった富田先生の事を忘れる事ができない。

 僕の人生で出会った最高の教師だと思う。

 富田先生だからこそ、こんなクラスの担任が務まったのだろう。

 富田先生は、熱血という感じではなく、でも熱い心を持った所謂人格者で、とにかく生徒のために尽力された方であった。


 その富田先生が一番に頭を抱えていた問題は、やはり増岡君で、彼との争いで怪我を負わされていた事もある。

 しかし、富田先生は、どんな問題に対しても決して逃げず、その一つ一つにしっかりと向き合い、増岡君に対しても、もう放っとけ、みたいな冷淡な扱いは絶対にせず、彼が何かを起こす度にきっちりと叱り、増岡君と仲が良かった僕に、彼の事についての相談や協力を求めてくる事もあった。


 僕は今でも、富田先生を尊敬している。

 僕の中で、数少ない、本当に尊敬できる大人なのである。


 卒業式の日、富田先生は、クラスの生徒一人一人に、それぞれに向けた言葉を書いた色紙を贈った。

 内気で引っ込み思案だった僕の色紙にはこう書かれていた。


 人生にあって笑いのないというのは

 花がぱっと開かないのと同じ事だ

 どんな時もユーモアだけは忘れたくない


 色紙をカバンにつめ、六年間通いなれた道を家に向かって歩いた。

 特別今までを振り返るでもなく、いよいよ、という気持ちもなく、ただ、小学校生活がまだ終わってほしくない気持ちと、よくわからない不安のようなものと、小学校にはもう行かないんだ、という何か不思議に思うような感覚があったのを覚えている。

 そして僕は、小学校を卒業した。

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