一方、グレイパーティは…⑥


~ガメル山脈~


 時間は少し遡り、転移魔法でガメル山脈に着いた頃――。


 グレイ達はガーゴイル討伐の為組まれていた隊列の半分から後ろにいた。この隊列は1番先頭と最後尾に実力のある者が配置されており、フリードや他の街のSランク冒険者、そしてルカとレベッカはこの先頭グループに配置されていた。最後尾も同様にリアーナや他の街のSランク冒険者が配置している。


 そして、それ以外の討伐隊は特に決まりはないが、自然と実力順に並んでおり、グレイ達は半分よりも後ろの隊列に配置されていたのだ。


(畜生ッ、何で俺達がこんなに後ろに配置されてるんだよ……!しかも何故ルカがあんな先頭にいるんだ! アイツは一体何をしてやがるッ!)


 グレイはもう全てが気に入らなかった。ルカの事も今の自分達の現状も……。何故こうなったと考えると、いつも最終的に辿り着く答えがまたルカだ。そこでまたイライラが募る、余りに見当違いな負の無限ループにハマっていたのだ。


 そんな調子でも一行はどんどん山を登っていき、頂上を捉えた辺りで当然先頭の方が何やら騒がしくなったのに気付いた。


 覗き込む様に前方を確認するグレイ達。

 すると、紅色に輝く大きな物体が動いているのを僅かに視界に捉えた。


「ド、ドラゴンだ……⁉」

「――マズイ!全員下がれッ!!」


 先頭からフリードの声が響き渡った。それと同時に聞こえた“ドラゴン”という言葉。場は瞬く間に戸惑いと困惑が生まれ、状況を瞬時に悟った皆が一斉に避難を始めるのだった。


「うわぁぁぁぁ!」

「ドラゴンが現れた⁉」

「早く下がれぇぇ!逃げるんだ!」


 ドラゴンの相手などSランク冒険者でも非常に困難。最早ほぼ全員が逃げると言う選択肢以外なかったのである。だが……グレイは全く逃げる素振りを見せなかった――。


(コレは願ってもないチャンスじゃねぇか……!あのドラゴンを討伐すれば一気にランクアップも夢じゃない!それどころか、国王がいるこの場で実力を認めさせれば、直属の護衛や騎士団に入る事も出来るぞきっと!)


 ピンチはチャンスなどとはよく言ったものだ。これは決して都合の良い言葉ではない。ピンチという逆境を乗り越えられる力がなければ、時にそれはただの無謀であり、勘違いも甚だしい滑稽な話となる――。


「おい、お前ら! あのドラゴンを俺達で討伐するぞ!」

「は⁉ 何言ってるんだよお前」

「そうよ、相手はドラゴンなのよ⁉ 勝てる訳ないでしょ!」

「それは無謀過ぎるぞグレイ!」


 グレイ以外の3人の判断はこの時確かに正しかった。いや、グレイの判断が可笑しいのだ。その証拠に、他の者達は全員が避難しよう今まさに慌てて下っている最中。


「それは俺も分かってる!だがよく考えろ、ここでもし俺達がドラゴンを討伐すれば、一気に俺達の実力が知れ渡り、地位も名声も戻るんだぞ!

しかも今は国王もいる。もし認められれば一生遊んで暮らせる未来がまってるんだ!俺達なら絶対に出来る!」

「それはそうかもしれないけど……相手はあのドラゴンだぞ……⁉」

「ドラゴンだから認められるんだろうが! お前らは逆にこのままでいいのかよ? ギルドに戻る度に笑われたり避難されてよ。ずっとこの状況で生きてくのか?」


 グレイの言葉もまた正しかった。

 ラミア達も今の自分達の状況から一刻も早く抜け出したかった。他の冒険者達から白い目で見られ、肩身の狭い思いをしていたからだ。クエストも失敗続きでもう本当に余裕がない。こんな現状を打破するには確かに一発逆転の大チャンスをものにしなくては到底不可能。


 そして……。


 逃げ一択から葛藤が生まれ。グレイの言葉に心が揺らいでしまった――。


「……くそ、分かったよ。行けばいいんだろ……」

「お前まで行く気になったのか? だったらしょうがねぇ。俺も行くぞ」

「え、本当に皆行くの?なら私も行くわよ」

「決まりだな! なら直ぐに行くぞ。幸い身を隠せる岩場が多い。ギリギリまで近づいて奇襲を掛ける――」


 こうしてグレイ達はルージュドラゴンの元へと向かった。


 そしてその事に気付く冒険者は誰もいなかったのだ……。


「……よし。かなり近づいたぞ」


 上手く身を隠しながらルージュドラゴンに近づいたグレイ達。もう自分達の目の前という所まで来たが、ドラゴンはその大きな巨体と岩場が相まって完全に死角の位置だった。


 今はSランク冒険者達が総攻撃を仕掛けている。


 ルカの攻撃で痺れているルージュドラゴンを見たグレイは、それが誰の攻撃かは知る由もなかったが、動けないそのドラゴンの姿を見て“攻撃が通じる”と思っていた。


「近づいたはいいが、ここだとドラゴンのケツ部分しか攻撃できないな」

「やっぱ一撃で仕留めるなら頭狙わないと」

「取り敢えず攻撃出来る場所狙えばいいんじゃない? 私が遠距離から攻撃してこっち向かせるわよ」

「よし、じゃあ奴がこっち向いた瞬間を狙って何時もの連携ッ……『――ブオォォォォッ!』


 グレイ達が作戦を練っていると、突如猛烈な熱波が4人を襲った。

 焼ける様なルージュドラゴンの炎がすぐ側を通り過ぎ、辺り一帯を消し飛ばしてしまった。


「「……ッ⁉⁉」」


 圧倒的な格の違い――。

 見せつけられてしまった余りの恐怖に、最早グレイ達は言葉を失い動けずにいた。ただひたすらガクガクと小刻みに体が震えている。


 今のドラゴンブレスによって隠れる岩場が何もなくなってしまったグレイ達は、突如暴れ出したルージュドラゴンに見つかった。だが当の本人達は呆気に取られそれにすら気付いていない。


 次の瞬間何とか我に返ったグレイであったが、時すでに遅し……。


 グレイ達を見つけたルージュドラゴンは大きな口を開け、既に次のドラゴンブレスを放つ直前であった。




(やべ……。死ぬ――)





 グレイはそう悟るのが精一杯だった。


 諦める1秒すら与えられない。


 もう何も考える事すら出来なかったグレイ達。


 ただ死を受け入れるしかなかったまさにその刹那、ルージュドラゴンの炎より先に“何か”が突然目の前に現れたのだった。




「――何してるんだ!ここから離れるからしっかり捕まってろ!」 




 これは夢だろうか……。

 奇しくもグレイ達は全員が同じ事を思っていた。


 突然現れたのは光り輝くドラゴン。しかも人の言葉を話したかと思いきや直ぐに腕で捕まれドラゴン背に乗せられた。


 そして、グレイ達は気が付いたら山の何処かにいた――。


♢♦♢



「――よし。ここならもう大丈夫だろ。直ぐに皆の所へ行けよ」


 突如現れたドラゴンはそう言うなり、グレイ達を背から下ろした。


 未だに状況を理解出来ない4人は茫然としている。

 徐に辺りを確認したラミアは、視界の上の方でルージュドラゴンの姿を見つけた。反対方向には多くの冒険者達の後姿が。


「……じゃあな“グレイ”」


 ドラゴンは静かにそう呟いた瞬間、バチバチと音を鳴らしながら一瞬で消え去ってしまった。


「ルカ……?」


 ドラゴンの正体は当然知らない。だがグレイの口からは自然とルカという名前が零れていた。そして無意識ながら自分で口に瞬間、今までグレイの奥底で引っ掛かっていたモヤモヤがスッと解消された――。





『あのさ、唐突な話なんだけど……竜神王ジークリートって知ってるだろ?あの伝説の』

『まぁ名前は確かにな。でもあんなの大昔のお伽話だろ。それが何だ?』

『ああ、実はこの間のモンスター軍の襲撃で俺死にかけたんだ。でも、その時にあのジークリートを召喚出来てさ、命も助かった挙句に相当強い力まで手に入れたんだ――』





 グレイの脳裏に過る、あの日のルカとの会話……。


(あれは本当の事だったのか……? アイツは本当にあの竜神王ジークリートを召喚していたのかよ……。スライム1体召喚出来ない召喚魔法でか……? 嘘だろ……)


 信じ難いが、そう思うとどんどんモヤモヤが晴れていく感覚を感じたグレイ。


「何でかしら……。あのドラゴンが何でかルカに思えたんだけど私……」

「お、俺もッ……!ハハ、でも有り得ないだろ」

「俺も何故か感じたぞ。しかもアイツ最後にグレイの名を……」


 ラミア、ブラハム、ゴウキンの3人もルカを感じていた。理由も根拠も全く無い。仮にそうだと言われても逆に信じられないが、確かにそう思った。


 そしてこの3人が抱いた違和感を、グレイが一蹴するのだった。


「間違いねぇ。あれはルカだ――」


 全てを理解したグレイが、まるで付き物が落ちたかの如くそう言った。自分でも受け入れて口にした事で、今までのモヤモヤが解消されスッキリとした表情になっていた。


 そして――。


「俺達冒険者はモンスターを討伐する事が目的……。なのにあのルカの野郎、討伐どころかあのジークリートを召喚して、まるで自分の力の様に使ってやがるじゃねぇか……!」


 様々な感情が全てリセットされたグレイ。スッキリとした彼の心に新たに芽生えたのは、ルカに対する“怒り”であった――。

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