4-15 ティエスちゃんは茶をしばく
「我々、こんな時に茶ァシバいてていいんでしょうか」
「良いのです。どうせわたくし、公務以外は
「……は」
おいおい、ライカ君がめっちゃ困った顔してんだろやめてやれよ。なんだかんだ流れでお茶会してるティエスちゃんだ。こういうノーブルなお茶会で梅昆布茶が出てくるの、なんていうかすげー違和感あるな。うまいけども。
「小官が相手では、とても有意義とは言えんでしょう。あまり面白みのない女ですので」
「えっ」
エルヴィン少年が思わずという調子で疑問符を漏らす。くそ、すねを蹴り上げてやりたいところだが茶室ではそうもいかない。あとで覚えとけよ。
「ふふ、有意義ですとも。ティエス卿の名は森域にも響き渡っているのですから」
「過分なお言葉です」
「かもしれませんが、すくなくともわたくし個人はティエス卿のファンなのですよ?」
「それは……もったいないお言葉です」
うおお! こそばゆい! 勘弁してくれ俺は自己肯定感くらい自給自足できるんだ! それをこんな外部から供給されたら過剰摂取もいいとこだ! 恥ずか死ぬ!
世辞ならいいんだよ、世辞なら。慣れてるからさ。でもこの姫さん、マジで言ってるっぽいんだよな。これが外面だけの演技だってんなら、リリィ姫の為政者レベルの推定値を上方修正する必要があるくらいだ。
「よかったじゃないですか中隊長」
「おまえは黙って羊羹でも食ってなさい」
ここぞとばかりにエルヴィン少年が追撃してくる。このガキ……! ここ最近は軍隊生活でお行儀良くなってたが、もとは悪ガキである。こういう人の弄り方に関する嗅覚は鋭い。鼻をもいでやりたい。
俺はこめかみに浮かびかけた青筋を消すために、茶請けの羊羹をひと切れ口に放り込んだ。oh、ナイステイスト。主張しすぎない上品な甘さであんこ特有の尾を引く酸っぱさがない。こりゃうま。昆布茶とのシナジーも抜群じゃねぇか。
「森域では、強い者こそ好かれます。王国からすれば原始の法が罷り通る蛮族の地に見えるのでしょうが……」
「まぁ、見えますな」
「お、おい!」
「かまいません」
おっと、ついぽろっと本心が。ライカ君がすっと目を細めるも、くつくつと笑った姫がやんわりと制止する。ほっ。
あとエルヴィン少年はツッコミ体質なのはわかったからこんなことでいちいち取り乱すんじゃないよ。舐められちゃうでしょ~?
「ふふ。本当に、正直なお方」
「性分ですので」
昆布茶をすする。王国ではバッドマナーだが、森域ではこれが礼儀だ。坪庭のなんちゃって鹿威しが、カコーンと子気味良い快音を響かせる。うむ。風流、だな。
「ねえティエス卿。貴方なら、もしも一国の軍隊をまるごと向こうに回しても、戦い抜くことができるかしら」
「なんです藪から棒に。無理ですよ」
急に飛んできた物騒な質問に、俺は即答で否を返した。いやそんな心外そうな顔をされても。無理だろ常識的に考えて。
「そりゃ、小官にも一騎当千の自負はありますがね。それでも相手が万を越えればすりつぶされますよ。個人の武力には限界があります。小官は戦術単位を覆せても、戦略単位はどうすることもできません。そういうのは、もっとえらい連中が考えるべきことです」
一対一を百回繰り返せば百人だって相手どれる理論は、相手の数の桁数が二つばかり増えれば途端に破綻する。もし俺の中隊がフルメンバーそろってたとして、敵軍全部を相手取れとか言われたらさすがに泣くぞ。ぴえんぴえん。近衛の連中じゃないんだから。
「そうですね。さすがに突飛な話をしました。忘れて――いえ、胸の内に留めておいてください」
「………………ずいぶん含みのある仰りようだ」
「あら、うふふ」
忘れさせてほしいなぁ。姫はいたずらが成功したようにくすりと笑っている。あ、ライカ君がまた頭抱えてらぁ。しかし、てことは、つまり――。
ティエスちゃんに電流走る! その瞬間、俺の超優秀かつ明晰すぎる脳内ではこれまでに得たさまざまな情報がまるでジグソーパズルのように組みあがり、一枚の大きな絵の全貌が現れていた。そうだったのか、ゲッターとは……人類とは……宇宙とは………俺はそれを急いで崩して全力で見なかったことにすると、昆布茶をすすった。
うーんいいお手前で!
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