4-11 ティエスちゃんは招かれる①

「いいか、とにかく行儀よくしてろよ」


「俺は中隊長のほうが心配なんだけど」


 小生意気なことを言いよる。エレベーター内のティエスちゃんだ。エルヴィン少年もいっしょ!

 詰襟のホックを留めてるせいでどこか息苦しそうなエルヴィン少年は、いささかげんなりとした顔をしている。ごめんね! 急だったよね! いきなりお姫様のお招きとか! でも俺ももっと急だったんだよねぇ!!

 暴れ散らかしたいのを我慢して、襟元に指を突っ込み息苦しさの緩和に努める。前世むかしピザってたから閉じた詰襟が苦しくてならなかったが、今は超絶健康体なので物理面で息苦しいことはない。気持ちの問題ですねぇ。


「あと、なにがあっても俺のそばから離れるなよ」


「………………お姫様に会うだけなんだよな??」


 唐突に漂う荒事の予感。エルヴィン少年はいぶかしんだ。俺はそっぽを向いて下手な口笛を吹いた。


「それで誤魔化せると思うなよ!?」


「バカ、これは暗黙の「そうだよ」のサインだよ。覚えとけ」


「どっちに対しての「そうだよ」なんだよ」


「そりゃお前、言わぬが花って奴よ」


 エルヴィン少年は肩を落とした。そう落ち込むなって。とりあえず何かあっても、お前くらいは守り抜いてやるよ。俺の周りは確かに危険地帯かもしれんが、同時に安全地帯だ。泥船は泥船でも水に溶けない特別仕様だから安心しとけ。

 そんなやり取りをしている間に、エレベーターは目的の最上階に到着する。チーンという澄んだベルの音がおしゃれだ。

 ちなみにこのエレベーターはVIP宿泊客とその客専用のエレベーターで、乗るときに綿密な身体検査とか身分確認がある。空港のチェックゲートみたいな感じ。同時にそれは、降り口でも同じらしかった。


「……いらっしゃいませ。身分証と許可証の提示をお願いいたします」


「ほいほい、ごくろーさん」


「……」


 エレベーター下りてすぐの小部屋にはパッツパツの礼服を着たオークとぶかぶかの礼服を着たゴブリンが二人、こちらを無遠慮にじろじろと眺めてくる。下から連絡は行ってるだろうからな。王国人相手の態度なんてのはこんなもんだ。いまさら気に咎めるほどのことでもないので、ハラグロイゼ卿と賢狼の姫の連名で裏書された許可証をフランクに渡す。あと身分証もな。

 確認役のゴブリンはそれを目を皿のようにして確認してから、内線電話をとって一言二言。その間も、警備役と思わしきオークはこちらを油断なく監視している。それなりに出来るな。まあ、いざとなれば突破は容易だろうが。


「確認が取れました。ティエス卿、どうぞお進みください」


 ゴブリンは形式上恭しく書類を返すと、ふかぶかとこうべを垂れて扉を示した。内心さっさといけやカス、とでも思ってそうだが、まぁ決めつけるのもよくないな。ホテルマンとしての仕事はちゃんとこなしているので文句もない。

 扉を塞ぐように立っていたオークもスッと脇に退き、きれいな一礼をして見せる。見た目に騙されるが、たいていのオークはちゃんと礼儀正しいんだよな。戦場だと本能がさらけ出される感じのバーサーカーになるが。

 俺はそんな二人にひらりと手を振って応えると、検問所のドアをくぐった。


「うお、すっげぇ……」


 最上階のロビーは、一言でいえば絢爛豪華だ。それも王国式ではなく、森域独特の様式である。エルヴィン少年が感嘆の声を思わず漏らしてしまうのも無理はないだろう。たとえるならあれだ。「千と千尋の神隠し」の油屋の内装。あんな感じ。和テイストをベースに、エキゾチックでどこかノスタルジーな空間である。いや、ノスタルジー感じてるのは多分俺が元日本人だからなんだろうけど。


「ほら、見惚れてねーで行くぞ。そんなお上りさん丸出しだと、連中に舐められちまうからな」


「お、おう。わりぃ」


「うし、しゃんとしとけ」


 我に返ったエルヴィン少年の背をポンと叩いて、いざ、お姫様の待つ「天の間」へ。さて、何事も起こらねーといいんだがなぁ。

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