4-6 ティエスちゃんはくつろぐ

「おつとめごくろーさん」


「他人事みてーに言いやがって。ひたすら疲れたぜ、ったく」


 軍服も脱がずに布団にダイブするティエスちゃんだ。ちなみに血で汚れた軍服の方は査問会に出る前にクリーニングに出したので、今着てるのは予備で持ってきた方だ。バッジとか紐とか付け替えるの面倒なんだよなぁ。まぁそういうのは全部エルヴィン少年にやらせたが……。てかこいつ繕い物の類まで出来るのな。どんだけスーパー小学生だよまったく。


「おいおい、軍服はちゃんと脱げよな。シワになるだろ」


「うるせー、オカンかお前は」


 エルヴィン少年が座卓に頬杖ついて嘆息する。俺はふかふかの枕に顔をうずめてじたじたした。くそう、蛮族どものくせにいい寝具使ってやがるぜ。基地の支給品とは雲泥の差だ。

 まぁ、俺たちにあてがわれたのは統合府御用達高級ホテルの一室なので、そんな貧相な品を使ってるわけもないんだけどな。部屋のしつらえもそれなりに豪華だ。八畳敷き+床の間の和室が二間に縁と水回りが付いていて、縁に面した窓からは森域の首都を一望できる。ホテルっていうより旅館だなこりゃ。床の間にはセンスフルな生け花と山水画のような掛け軸がかかってる。布団も床に直敷きだ。王国民は床生活をしない民族だから不便かもしれんが、俺にとっては懐かしさすら感じる。


「茶ぁ淹れたけど、飲む?」


「のむのむ」


 俺はリビングデッドのごとき緩慢さで座卓まで這いずると、座椅子に背を預けて足を投げ出した。おおよそ淑女が人前でする格好ではないが、ここではこれが正しいのだ。エルヴィン少年が非常にもの言いたげな顔をしているが、無視して茶碗をすすった。うーん梅昆布茶。森域の茶といえばこれである。王国民に受けは悪いが、俺は結構好き。お茶じゃなくてスープじゃねーかと言われたらなんも反論できんがね。


「それでどうなったんだよ。事件調査委員会だっけ?」


「しらんがな。俺らは蚊帳の外だよ」


「ジェイムズさんとかは暗躍してねーの?」


「……ノーコメントだ、少年」


「アッハイ」


 察しがよすぎるのもどうかと思うね俺は。もうちょい腹芸できるようにならんと将来やっていけんぞ? いやまあ齢十のクソガキにそれを求めるのは酷なんだけどさ。国に帰ったらラッカあたりに教育させるか。あいつも一応エライゾ家につかえる譜代貴族の出だし、教師に最適だろう。ニア? ハハッご冗談を。


「しっかし、到着初日からトラブルって、あんたも大概だよな」


「俺がトラブル起こしたみてーな言い方はヤメロ。トラブルから寄ってきやがったんだ。俺は悪くねー」


「はいはい、さようで」


 エルヴィン少年は肩をすくめた。このガキぃ……わからせが必要みてーだナ??


「お茶のお代わりあるけど要る?」


「いるぅ」


 俺は茶碗を差し出した。エルヴィン少年が茶を淹れなおす。急須なんて初めて使ったろうに、その所作は洗練されている。花街でいろいろ仕込まれたにしろ、こんなに多芸なもんかね?俺は一服しながらいぶかしんだ。


「少年よ。おまえさん、ガキのくせになんでもできるよな」


「ん? そうかな」


「そうだよ。これでも感心してんだぜ? 誰に習った。かーちゃんか?」


 俺は自然に探りを入れた。昆布茶をすする。いいお点前だ。エルヴィン少年はいささか気恥ずかしそうに頬を掻くと、座椅子の背もたれをギッと軋ませた。


「母さんに直で教えてもらったことはあんまりないかな。忙しい人だし。どっちかというと店のねぇさん達とか、あとは店主のばばぁとか」


「ほーん。……そういや聞いてなかったけど、お前のかーちゃんが働いてる店ってどこよ。ほら、挨拶のひとつもしとかねーとな」


 いろいろバタバタしていて挨拶に出向く暇もなかったからな。一応子供を預かるわけだし、そういうとこの筋は通しておくべきだろう。それにまあ、店にもよるが帰りにちょいと遊んで行ってもいいわけだし。

 エルヴィン少年は俺の顔色から考えを目敏く読み取ったのか、幾分かげんなりした顔で答えた。


「あんたみたいなクセのわりぃ女に教えたくねーんだけど」


「言い草。おまえねぇ、俺ぁこれでも王国の騎士だぞ? 礼儀くらいはわきまえてらぁ」


「ほんとぉ?」


「ほんと」


 エルヴィン少年は露骨に胡散臭そうな目を向けた後、長く深いため息をついてからぶっきらぼうに言った。


「……寂柳亭せきりゅうていだよ」


「寂柳亭ェ!?」


 思いもしない店の名前が飛び出したもんで、俺はぶったまげて座椅子ごと転がった。オイオイまじかよ。どうせ場末の格安ソープとかだろうと高をくくってたんだが、寂柳亭っていやぁエライゾ領でも随一の高級妓楼。政府要人ご用達の、つまりザギンのクラブみたいなトコだ。一晩で相当の金が動くって話である。ちなみに店名は俺の翻訳ではなくマジで漢字だ。転生者ァ!!

 ――しかし、そうなると急にきな臭いぞ。そんな店で花魁やってる女が、エルフの客を? 俺はまじまじとエルヴィン少年を見た。


「……なんだよ、口ならきかねーぞ」


「そこをなんとか」


 俺は覚えず座卓に額をこすりつけていた。あそこで一晩遊ぶチャンスなんてそうそうないんだ。この際多少の陰謀には目をつぶるとも。

 だからエルヴィン先生ェ、そこをなんとか~~。

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