4-5 ティエスちゃんは査問中
「私は見ました。確かに強化鎧骨格です」
「新月の影響で夜深く、現場付近の視認性悪化著しとの報告もあるが?」
「誤認だというんですか?」
イラつきを顔に出さないように必死なティエスちゃんだ。現在事件調査委員会という名の査問会にお呼ばれ中。カボチャの天ぷらのような形のテーブルには森域の軍関係者がずらりと座し、俺はその円弧の中心点に設けられた証言台に現在立ってる感じ。ただでさえ裁判にでもかけられてるようでいい気分はしないってのに、森域の連中はそろって高圧的で嫌になるね。
思わず眉根を寄せて聞き返した俺の問いに、いかにも後方職然とした角ぶち眼鏡のゴブリンがふんと鼻を鳴らした。
「そのとおり!」
「…………現場は、そちらの姫君も目撃されているはずですが?」
どうしよう、このまま戦争に突入しちゃってもいいかな。小鬼風情がいきがりやがって。俺は魔法を撃ちこみそうになる右手をかろうじて左手で押さえつけ、理知的な問答をつづけた。我慢できてえらい!
「しかしねぇ。自律稼働可能な身長1.5mの強化鎧骨格など、森域も帝国も作れんのだから……」
白いハンケチで額の汗をぬぐいながら、こちらも文官然としたオークが言う。オークは種族柄デブが多い。尤もその腹に詰まっているのは専ら筋肉だが、こいつは良い感じでサシが入ってそうだ。
文官オークはこちらの質問にこそ答えなかったが、しかし言っていることはそれなりに真っ当だ。身長1.5mの強化鎧骨格という筐体そのものは製造可能でも、それに搭乗できるものがいないのでは動かすことができない。この世界はラジオコントロールにまつわるテックツリーがほとんど未開発だ。ごく短距離の通信は可能だが、遠距離通信はできない。大体半径100メートルが限界かな。統合府の庭は開けていて、視界は100メートル以上ある。そもそも強化鎧骨格の遠隔操縦なんていうきめ細やかな操作はまるで無理だし、となれば自律稼働……つまりAI制御ということになる。この世界には昔からゴーレムとか式神みたいな魔法的人工知性が存在するので遠隔操縦よりは可能性があるが、それでもあそこまで人間的な受け答えと機動ができるような代物じゃない。
ちなみになんで帝国の名前が出てくるのかというと、森域の主力強化鎧骨格は帝国のライセンス生産品だからだな。森域としては国産強化鎧骨格の開発に躍起になってるみたいだがね。
ああ、もちろん王国もそんな高度な自律兵器は持ってないぞ。研究はしてるだろうけどな。シャランあたりが。持ち帰れたらいい土産になるだろうな。
「さる筋によれば、某氏族の陰謀という説もあるが?」
横やりを入れるように、蜥蜴人の武官がシューシューと言った。視線は俺ではなく、同じ席に座すドワーフにむけられている。爬虫類爬虫類したツラからは常ならば感情は読み取れないが、今ばかりはえげつないほどニヤついているのがわかった。口許から細く赤い舌をピロピロと出し入れしているのは、果たして習性なのかそれとも挑発なのか。まあ後者の色が強いだろうなぁ。
「なにぃ、黙れトカゲ野郎!そりゃあこっちの言うことだ!」
「上等だ! 表に出ろ!!」
案の定、ドワーフの参列者が噴きあがった。ドワーフという種族はとにかく短気で喧嘩っ早く、ちゃんと腕っぷしも強いうえに縄張り意識も強い。同じ岩窟を主な棲家とするドワーフと蜥蜴人は、必然的にバチバチに仲が悪かった。現状、ドワーフが武力でもって蜥蜴人を従えている格好だが、もちろんそれを蜥蜴人が面白く思っているはずもなく。
「静粛に。喧嘩であれば後日、式典が終わってからにしたまえ。……それでドワーフの。此度の件、どう見る?」
「チッ、覚えてやがれ……。ウチはハードウェア専門だからな、マシーンとして1.5メートルの強化鎧骨格を仕立てろといわれりゃあ出来るが、中身についてはさっぱりだ。ソフトウェアはお前らの専売だろう、エルフの」
ドワーフは鼻息荒く席に着くと、ぶっきらぼうに応えた。粗野と粗暴が服を着て歩いているようなドワーフだが、鍛冶に端を発する金属加工技術と精密機械の製造に関しては森域で最も優れている職人衆だ。そして場を収めたエルフは森域の4つの支配氏族の長であり、魔法研究とソフトウェア開発に秀でている。ま、どっちも王国にゃ劣るがね。
「ふむ。……トカゲの。それ以上場を乱すようなら退席してもらうぞ」
エルフに窘められるまで、蜥蜴人は頭の横に手をやって舌と一緒にピロピロしていた。煽るなよ……。
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「くそっ、なにが事件調査委員会だ! あいつらやる気あんのか!?」
査問会が終わり、控室のような部屋に通された俺はいら立ちのあまり原義の壁ドンをかました。控室の壁材は豪奢な石張りだが、俺の渾身の壁ドンによりクモの巣状にひびが入ってしまっている。やっべぇ器物破損だ。俺はあわてて魔法で修復した。ふぅ。
「こらこら、いかんよ」
「っと、ハラグロイゼ卿。この度は……」
「なに、かまわないさ」
今回の査問会には王国の責任者としてハラグロイゼ卿も列席していたが、見事なまでにハブにされていた。卿は気にもしていないようなそぶりで備え付けの紅茶のカップを傾けているが、その名の通り腹の中がわからんお人だ。
「さて、かくして王国陸軍は蚊帳の外。事件は森域統合軍に一任と相成り……」
「ハラグロイゼ卿、これでよろしいので?」
俺が憤懣やるかたないままに尋ねると、卿はクスリと笑った。なんとも底冷えする笑みだった。
「はっはっは。ま、確かに黙って見ている手はないからね。もう動いてもらっているよ、彼らにね」
「彼ら……?」
思い当たる節は…………あるな。こういう時頼りになるって言えば。
「まさか、観光局の?」
ハラグロイゼ卿は何も言わず、ただ笑んでティーカップを傾けた。まぁ、肯定のサインだわな。なるほど、あいつらも別ルートで森域に入ってたわけね。なら、調査については任せてしまおうか。
観光局調整課――またの名を、王国陸軍情報部に。
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