2-29 ティエスちゃんははなむけられる
「――で、あるからして。諸君らは本基地代表としてのみならず、栄えある王国の代表としての自覚を持ち、大いにその力をふるい! 森域の連中に我が国が依然として脅威であるということを知らしめよ! 武運を祈る!」
「ズニノール大隊長に対し、敬礼ッ!」
講堂に集った総勢300名を数える軍人たちの一糸乱れぬ敬礼を背に聞きながら、自他ともに認める完璧な敬礼をして見せるティエスちゃんだ。
長いようで短かった準備期間は矢のように過ぎ去り、森域への出発を明日に控えた俺たちは基地で一番デカい講堂にて壮行会を執り行ってもらっているところだ。
ちなみにいくらデカい講堂とは言え軍人職員含めて4,000人近い基地の人間全員は到底入りきらないので、現在ここに集まってるのは士官階級以上の者と、抽選に勝って参加権を手に入れた連中だけだ。なんか倍率5倍くらいだったらしいね。
今まで特に言及がしなかったが、俺たちはちょっとしたヒーローみたいな感じで見られてる。芸能人みて―なもんだな。憧れと羨望と嫉妬と哀れみの的だ。人気者はつらいぜ。まぁ大半の連中はこの壮行会でふるまわれる飯が目当てだろうけどな。
そう、メシが出るんだよ。
ちなみに飯はめったにありつけねーようないい飯だ。
「それでは、エライゾ司令より乾杯の音頭を頂きます。エライゾ卿、お願いいたします」
「うむ」
司会の進行にしたがって、エライゾ卿が壇上に上がった。右手にはしゅわしゅわした液体の入ったフルートグラスを持っておられる。まあまだ真昼間なのでシャンペン風の炭酸ジュースである。日本人がクリスマスに飲むようなやつね。俺たちもテーブルに配られたグラスをとる。ちなみに給仕してるのはそこそこいいとこの出の下士官の皆さまである。場慣れしてるからね。悪いね。
「さて、私の言うべきことはほとんどズニノールに言われてしまったのでな。喋ることがなくなってしまった」
会場の随所から笑いが漏れる。なんでって、このおっさんはこういう会の時は毎回これだからだ。そういや結成式の時もそうだったな。こういうところに親しみやすさを感じてしまう。人心掌握術の一種なのかもしれんね。
エライゾ卿は続けた。
「とはいえ、心配がないのは事実である。なぜなら今回の遠征隊の指揮官はかの天才、ティエス・イセカイジン卿である」
うわぁ急にフルネームで呼ぶのやめろ! 俺は口の端をぴくぴくさせるだけでかろうじて耐えた。我慢できてえらい!
「さらに海軍きっての秀才、歴戦の古強者、テッテンドット家のご令嬢。……新進気鋭の若人が集っている。我が配下でも選りすぐりである。その力を十全に発揮さえしてくれればよい」
海軍きって、のところで副官が少し苦い顔をし、歴戦の、のところでトーマスが苦笑し、ご令嬢と呼ばれたニアは絶妙な顔をして、ちょっと言い淀まれたハンスはそれでも胸を張って見せた。
相変わらずこういうところ意地の悪い。いやまあハンスについては素で言葉が見つからなかったんだろうけどな。このメンバーの中で明らかにひとりだけパンピーだし。
「であるからして、気負わずいってきたまえ。今日は諸君らへの餞として、ささやかながら宴席を設けさせてもらった。十分楽しみ、明日からの英気を養いたまえ」
エライゾ卿はそういうと、グラスを目の高さまで掲げた。俺たちもそれに倣い、グラスを掲げる。青いソーダ水のような液体が講堂の照明を反射して七色にきらめく。
「乾杯」
エライゾ卿が短く言って、グラスわずかに傾けてから口に運び、一息に干す。
俺たちも同様の所作で杯を掲げてから、口をつけた。舌の上でぱちぱち弾けた液体が、嚥下とともに喉を焼く。ッかぁー!! 酒精はさっぱり入ってないが、これはこれでテンション上がるぜぇ~~。
ここから先は無礼講だ。いや無礼講ではないが、パーティーに違いはない。俺はテーブルに置いてある瓶から手酌で注いで、ひとまず隣にいたエルヴィン少年とカツンとグラスを合わせた。
ウェーイたのしんでるかー!
俺は雰囲気で酔っ払える女である。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます