2-23 ティエスちゃんはアグレッサー②
「さぁ、死にてぇやつからかかってきなァッ!」
『死ぬのはあんたよッ!』
おうおう、威勢のいいこって。突出してくるニア機を見てほくそ笑むティエスちゃんだ。ちなみに演習開始直後から敵対チーム間の無線は封鎖しているので、上記のやり取りはわざわざ外部スピーカーで行っております。いやね、様式美って奴ですよ。
さて、ニアの得物はカトラスの二刀流。カトラスってのはあれだ。よくカリブの海賊とかが持ってる幅広のサーベルというか、でかいナイフというかな感じの片刃で反りの入った剣。一般的な西洋剣より取り回しがよく、ナイフなどに比べて打撃力が高い。そういうのを両手にぶん回しながら近づいてくるわけで、いやあ迫力がある。それでいて隙も少ないんだ。ただでさえ二刀流ってのはむつかしいってのに、さすがは腐ってもテッテンドット家のご令嬢だな。
しかも厄介なのはこれがニアの突発的な専行ではなく、事前に計画されたフォーメーションであるところだ。ニアの背後から飛んでくる支援砲撃が絶妙にこちらの選択肢を奪ってくる。なるほど手ごわいじゃねーの。俺は直撃コースの火の玉を切り払いながら、さらに広く演習区域を観察した。
まず突出してきているニア。前述のとおり腕前は確かで脅威度は高いが、俺なら対処は可能だ。
次に後方支援に徹している連中。副官・トーマス・ハナッパシラ君の3機だな。なるほど、よく統率された砲撃だ。穴といえばハナッパシラ機だが、それでも十分以上の働きをしている。とはいえ1方向のみからの砲撃。射線にニアを挟んで盾にするように動けばそこまでの脅威でもない。脅威度は中。そんでニアの突撃に合わせ、こっちの死角をついてまわりこんできたハンス機だが……
「まず、一つ」
ノールックショットで3発のバースト射撃がハンス機のコクピットに突き刺さる。あめぇあめぇ、そんな奇襲が通用すると思ったか?
もちろんペイント弾なのでパイロットの命に何ら別条はないが、一撃で撃墜判定。さすが俺、射撃の腕もさえている。ニア機に動揺は――ないな。織り込み済みか。挟撃でこっちの注意を散らそうって腹だろうが、残念だったな。俺にゃあ後ろにも目がついてんだ。サブカメラともいう。強化鎧骨格の関節可動域は人間の比じゃないからな。肘を逆に曲げて背面撃ちだって余裕だ。一足飛びにニアが迫る。まぁこれは習得にそこそこコツがいる。人体にできない動きだからな。この辺、俺は人型ロボットって奴に理解があったからつかむのも早かったが、こういうのも前世チートの一種なのかね? ニア機の斬撃をいなしながら思う。
「どォした! 5対1でかかってそんなもんかァ? おっと、今は4対1だったなぁ!」
『ッの野郎!!』
ハハハ、こんな安い挑発に引っかかってどうする。ニア機の攻める圧が強くなったが、それに反比例するように精細さを欠いた。隙だらけだぜぇ!
俺は片手の剣でニア機の二刀を捌きつつ、杖による刺突を織り交ぜる。一般に銃のような扱いをされる杖だが、例えば先端部付近の空間を高エネルギー状態にすることで近接武器として使うことだってできる。火魔法のちょっとした応用だ。尤もそんな使い方はまったく想定されてないから、実戦でやったら一発で杖のバレルがお釈迦になるので整備班の連中にしこたま怒られることになる。なった。が、演習なら問題ない。
こうやって刃渡り数メートルもある剣なんかをぶん回しているが、そう見えているのはコクピットからだけだ。実際は柄だけしか握っていない。刃の部分は完全なコンピュータ・グラフィックスというわけだ。杖も実戦仕様はアサルトライフルのような形状だが、演習用は短いダミーバレルにグリップのついたものでしかない。ピストルみたいな感じだな。弾は出ない。それでも重量や慣性なんかはちゃんと実戦仕様のものをエミュレートしてくれるので、演習と実戦で使用感が違う、なんてことは起こらないようになっている。
ほかにも体術を仕掛ける場合は全部寸止めになるし、魔法も実際には発動しない。攻撃を受けた相手はそれを感知して、自分から吹っ飛んだりするわけやね。まるで時代劇の殺陣だ。リアルタイムシミュレーションのかたまり。すごいよな演習モード。いちばんオーバーテクノロジーを感じる機能かもしれん。
まあ考えてみれば当たり前で、演習のたびにマシーンをぶっ壊すわけにもいかないからね。
そんなわけなので、まぁ、思うが儘に相手をいたぶれるというわけだ。
「足元がお留守だぞ、ほら!」
『あっ!?』
攻撃を捌く傍ら、足払いをかける。大外から刈られたニア機が一瞬宙を舞った。おっと危ない。投擲されたカトラスを弾き飛ばす。足掻いてくれるじゃねーか。その一瞬で側転するように宙返りしたニア機は、すでに体勢を取り戻していた。が、着地後の硬直は取り繕えなかったみてーだな!
刃を一閃する。胴を狙った逆袈裟は、しかし間一髪で脇の下から入って肩口に抜けた。残るカトラスを握った腕が切り飛ばされるも、いまだ中破判定。しぶといっ!
『っのぉ!』
腕を飛ばされてなお、ニア機の戦意は少しも衰えなかった。くそガッツの持ち主だ。第4小隊はこんなんばっかか!?
しかしその一瞬は確かに隙だった。俺の隙だ。腕を切り飛ばしたときに跳ね上がった剣を、引き戻すのが一瞬遅れた。その一瞬をついて、ニア機が仕掛けたタックルからの組み付きを阻むことができない。ボクシングでいうところのクリンチ。コクピットを衝撃が襲う。やってくれる。
「ハ、そのガッツは認めるがなァ! 片腕一本で組みついて、何になるってんだァ?」
振り払うのは容易だ。破れかぶれ、最後のチャンスを棒に振ったな? 俺はニア機のどてっぱらに膝を入れた。衝撃で宙に浮き上がるニア機。そのカメラ・アイと俺のカメラ・アイが交錯した瞬間、俺は口の端を吊り上げるニアの顔を幻視して、背を駆け上がる怖気を覚えた。
『この距離なら、逃げられないでしょ』
「まずっ……」
とっさに身を離そうとしたが、遅かった。光画盤に映るニア機の胴体に風穴があいたのを知覚した瞬間、視界が真っ赤に染まる。全身の駆動系が操作を受け付けなくなり、俺の機体はニア機と共にもたれるようにして地に頽れた。
「おいおい、マジかよ……」
半笑いになる。短い電子音とともに光画盤に映し出されたのは、この国の文字で「敗北」を示す、短い文字列だった。
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