2-11 ティエスちゃんはピクニックなう②

「〽山を越えて野を越えて、口笛吹いて川を越え~!」


『エイオ―エイオー!』


「〽ゆけゆけマスラオ地の果てへ、金の御旗を突き立てて~!」


『エイオ―エイオー!』


「〽いざや吾等王国陸軍声高らかに、進め、進め、すすめ~!」


『エイオーエイオ―エイオー!』


 麗らかな陽気についつい歌を口ずさんじゃうティエスちゃんだ。まあ口ずさむって声量ではないかもだけど。現在みんなで楽しくピクニック中。見渡す限り広がる田園地帯を貫く街道は、魔法がどうこう言ってるファンタジー世界に似つかわしくない片側2車線のアスファルト舗装された道路で、広い歩道も整備されている。この道は御山を越えて森域の入り口まで続いており、いわゆる主要幹線道路である。まぁ国道やね。車両の往来も多いので、俺たちはその騒音に負けないほどの大声で歌を歌い、軍靴を鳴らす。

 ちなみにこの歌は王国陸軍に古くから伝わる行軍歌だ。日本語に直訳すると絶妙にゴロが悪いので、俺の感性で七五調に加工している。現地語だとマーチのリズムに馴染む軽妙だが軽すぎず、力強くも暑苦しくない良い歌だ。こういう時に歌うと非常にアガる。歌詞は150題目まであるそうなんだが、たぶん現役の軍人で覚えてるやつはいねーんじゃないかな。もちろん俺も十題目くらいまでしか覚えてない。まぁアルプス一万尺みたいなもんで、メロディーが秀逸だから誰もかれもが歌詞をつけたみたいなやつじゃないか? 知らんけど。


「エルヴィン、歌え。キツイ時こそ歌うんだ。ちっとは楽になるぞ」


「ウソだろ、それに歌詞、わかんねぇ」


「ウソじゃないんだなぁこれが。医学的な裏付けもあったはずだぞ確か。知らんけど。あとこれ、歌詞カードな。おぼえときな」


「りょ、かい」


 現在時刻は17時ちょっと。目標地点までは5キロあるかないかだ。部隊員は全員余裕綽々なので特に気にすることはないとして、ひとまず疲労の極みみたいな顔をしているエルヴィンに声をかけた。歌は良いぞ~歌は。前世むかしはインドア派だった俺だが、カラオケは週1ペースで通ってたからな。腕前もJOYの精密採点でアベレージ85ってとこだったし。

 こっちにはさすがにカラオケ屋はないが、日常に歌はあふれている。大衆歌の類はそんなに豊富じゃないけどな。こういう軍歌とか、後は労働歌がメインだ。前の持ち歌は主にアニソンや特ソンだった俺としては若干物足りねーんだが、こっちじゃ日本語のまま歌うわけにもいかねーしなぁ。今度暇なときにでも翻訳してみるか。


「よーし野郎ども、目的地までもうすぐだ。気張っていけ―!」


『サー・イエッサー!』


 野太い声が田園地帯に響く。田植え前の草刈りをしていた農夫たちがめいめいに顔を上げて、こちらに手を振ってくれた。この国の主要産業は第一次産業で、その主軸を担っているのが彼らだ。俺たちが国の守りの要であるのなら、彼らは国の要そのものといえるだろう。民なくして王なし、が国是のこの国にとって、彼らと俺たちの関係が良好なのは素直に喜ばしい。だから俺たちも敬礼で応じる。農作業の手伝いをしていたガキどもが、目を輝かせて俺たち17人の隊列を眺めていた。お前らも大きくなって国を支える柱になるんだぞ~そんで余裕があったら俺たちと一緒に働こうゼ! 軍は常に若い力を求めているゾ!


「その物色するような目、やめろよな……こえーんだよ割と」


「お? だいぶヨユーあるみてーじゃねーか。負荷増やすか?」


「すいませんっしたぁ!」


 ったく、隙あらば憎まれ口をたたきたがるやつだぜ。今日のところは許してやろう。しかし俺ってそんなガン見してたか? これから気をつけよ。

 空の端がじわりと赤らみだした。前方視界の大半を御山が占めるようになり、楽しかったピクニックもそろそろ終わりが近い。この時期の日の入りはまだ先だが、野営施設の設営とかもあるからな。


「さぁ、楽しいピクニックの次は楽しいキャンプだ! 総員駆け足ッ! 俺に続け!」


『サー・イエッサー!!』


「い、いえっさぁ……」


 ほれほれ、もうひと踏ん張りだぞ。ファイトだ若人!

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