1-14 ティエスちゃんは密談中②
「あー、追加でもう一つ。"エルフ髪"は問題ないのか?」
「それも争点の一つですね。ちなみに母親は人ですが、家系を洗うと3代前にエルフの血が入っているようです。ですからまあ、先祖返りですね」
「確か母親は商売女だったよな。エルフの客はとってたのか?」
「とってたそうですよ」
うーん、頭が痛くなってきたティエスちゃんだ。現在密談継続中。というかその母親、よくその条件下で貴族に認知を求められたな。門前払いどころかその場で斬られても何ら不思議じゃねーぞ。
「よくその、先方のお貴族様は取引にまでもってってくれたな。無礼打ち上等の案件に見えるんだが」
「お優しい方ですので」
お優しいて……そんなもんかね。まあ往々にして、この世界にも差別というものはある。元の世界じゃ肌の色、こっちの世界じゃ髪の色だ。この国で一般的とされるのは金髪。それ以外の髪色は"混ざりもの"の象徴とされ、蔑視されている。
集団生活をする動物は群れから逸脱する存在を排除したがる。自然の摂理と言えばそうだろう。本能に基づいてるんだろうしな。
もっとも、それを理性でねじ伏せられるからこそ人は人たりうるわけで、この世界の人はそれなりに頑張って本能をねじ伏せているほうだろう。忌避はあっても排斥はない。少なくとも一般大衆には。
「で? そのお貴族様はどんな条件を付けて、結果この子をどうするつもりなんだ?」
「血縁が証明され、心身ともに壮健であれば、家の末席に加えると」
「なかなかクレイジーだな」
「ははは、思ってても言わないのが大人ですよ先輩」
渦中のガキ――エルヴィン少年(10)の頭髪は黄味の強い緑色で、エルフの血が混じっていることを如実に表している。血統をなにより尊ぶ貴族からしてみれば、その存在は許容できるものではないだろう。それなのにこの条件は破格だ。いや、条件というのもおこがましいんじゃないかこれ。ほぼ無条件の受け入れじゃん。そのお貴族様ってのは酔狂なのか、それとも大物なのか。
「母親には?」
「手切れ金として、5000万マギカ」
「何から何まで破格だな」
思わず半笑いになる。
「なんでも正妻は嫡子を産んだあと肥立ちが悪く身罷り、その嫡子も数年前に出奔。後妻との間に生まれた息女は虚弱で病気がち。背に腹は代えられんのでしょうな。髪色などはまあ、どうとでもなりますから」
ジョン爺さんが小粋にパイプをふかしながらそう言った。かっこいい。いや絵になってるけどココ全館禁煙だぞ。女医にすごい顔でにらみつけられて爺さんは慌ててパイプをしまった。かっこ悪い。
「養子という形でまず家に招き、しかる後に息女を娶らせて家督を譲る――大方そんなところかと」
「うーんブルーブラッド」
そんなだから病気がちになるのでは? ティエスは訝しんだ。まあ人ン家の方針に口出しするほど野暮じゃねーけどさ。俺はため息を吐いた。
「あー、つまり話を整理すると、だ? まずもってそもそもそのお貴族様から
「概ねその認識で問題ありません」
コーヒーを嗜みながら、イーサンがしれっと言った。こやつぅ~。母親の方は被害者じゃねーか。
「母親の同意は取れてんのか?」
「二つ返事で書類にサインしてくれましたよ」
どうだかなぁ。やはりこいつら、仕事以外信用できない。
「ハァ~~……そんで、マスターはウチに帰る気はないワケ?」
「お、見抜かれましたか」
コーヒーポット片手に会議を静観していたマスターに水を向けると、彼は茶目っ気たっぷりに舌を出して見せた。テヘペロである。現実でやるやつ初めて見た。どういう精神性してんだこいつ。妙に似合ってるのもまた腹立たしい。
「これだけ情報そろえば馬鹿でもわからぁ。で、どうなのよ実際」
「そこになければないですねぇ」
マスターはけらけら笑った。この話、だいたいこいつが元凶なのでは? なんでお貴族様から辺境のサ店のマスターに転身してんのよ。落差激しすぎて最後水飛沫になってるエンジェルフォールか?
「さすがに年端も行かない妹を嫁にするのは抵抗がありましてェ……。もちろんそれだけじゃありませんがね。あ、コーヒーのお代わり如何です?」
「もらうわ」
マスターは暢気に参加者にコーヒーを淹れていく。室内の空気が少し緩んだ。俺はスティックシュガーを3本ぶち込んだコーヒーで舌を湿らせてから、現状最も不可解な疑問を口にした。
「なぁジェイムズ――ちょっと聞きたいんだけどさぁ」
「なんでしょうか先輩」
「なんで俺巻き込まれたの??? もうケリついちゃってるだろこれェ!」
「ははは」
はははじゃねーよ!?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます