1-13 ティエスちゃんは密談中①

「やぁ、お久しぶりです先輩。シャランさんの結婚式以来でしょうか」


「やっぱりお前か……あと、結婚式は出席出来てねーんだよなぁ誰かさんらが仕事押し付けてきたせいで!」


「ははは。まぁ我々も時間外労働だったわけですし、おあいこということで」


 久方ぶりに顔を見せた知己に悪態ついちゃうティエスちゃんだ。あのあと身ぎれいにしてから朝飯を食って、病院の事務方に呼ばれ連れてこられたのはこの軍病院の中でも最もの整った部屋だった。メンツは俺で最後みたいだな。


「さて、全員揃ったようだし始めましょっか」


 上下を黒のスーツでパリッとキメたいかにもデキる男――大学時代の後輩であるイーサンボンドが気負いの一つもなく開会を宣言する。スパイになるために生まれてきたような名前をしているがもちろん偶然だ。まあ進路相談されたときに陸軍情報部をめっちゃおすすめしたのは俺だけど。こいつその名にたがわず能力がスパイ特化してるんだよな。ちなみに「イーサンボンド」までが名前。苗字は持ってなかったはずだ。


「まずは緊張をほぐしましょう。軽く自己紹介でもしましょうか。私から左回りで」


 会場に集った全員が首肯する。会議室の中には長机がロの字に組まれていて、総勢6人の人間が雁首をそろえていた。イーサンから左回りだと、俺がトリか。気が引けるなぁ。


「では言い出しっぺから。王国陸軍情報部のジェイムズです」


 あっこいつしれっと偽名を名乗りやがった。しかもジェイムズて。まあよくある名前ではあるけどさぁ!

 次に起立したのは、件の老爺だ。朝会った時は病院服だったが、今はこちらも黒のスーツでピシっとキメている。印象変わるなぁ。


「元・王国陸軍情報部のジョン・スミスです。まぁ今は一線を退いて隠居中なんだがね。後輩君に請われて外部協力員という形で参加しとります。よろしく」


 こちらもこちらで嘘くせー名前をしている。なんだ? 源氏名コードネームか? 常に柔和な顔つきを崩さない爺さんだが、今になるとそれがうすら恐ろしくもある。


「えー、院長の、おー、ヤヴィシャ・メィイーでぇ、あります。あー、こちらが、えー、渦中の、お子のぉ、主治医でぇ、あります」


 藪医者なのか名医なのか判然としない……まぁ喋り方から察するにヤブっぽい院長が、暑くもないのに顔中を汗まみれにしながら名乗る。医者の不養生ここに極まれりって感じだな。一体そのでかい腹に何を抱えてやがるんだか。いや、藪をつついて蛇を出すこともないか。


「主治医のメディア・メィイーです」


 そんなダメそうな院長に紹介され、短く簡潔に名乗った女は角縁の眼鏡をクイッと直す。すっかり顔なじみになっちまった、あの女医だ。俺の主治医でもある。


「お茶汲み兼オブザーバーの喫茶店のマスターです。あ、コーヒー冷めないうちにどうぞ」


 なんでぇ!?

 いや、部屋に入った時からおかしいおかしいとは感じてたけど、何でマスターがここにいるわけ!? 場違いにもほどがない???

 俺はコーヒーにスティックシュガーを3本ぶち込んで一口すする。ん~~、マンダム。


「ハァ~~……王国陸軍第3辺境方面軍所属、ティエス中隊長だ。気が付いたらなんか巻き込まれてた。またしても何も知らないティエスちゃん(20)になってるからわかりやすい説明を求む。以上」


「ええ、それはもちろん。さて、つつがなく自己紹介も終わったところで、本題に入りましょうか」


 どうやらイーサンが議事進行をつとめるようだ。イーサンは碇ゲンドウのポーズをとった。妙に様になってる。


「ことのあらましは皆さんご存じのことと思いますので省略してよろしいですね? ……はい、異議なしということで進行します。ではメディア女史、早速ですが検査結果の報告を」


「はい。お手元の資料6ページをご覧ください」


 手元の紙束をパラパラめくる。ん? 指定されたページには小難しい数値や表が所狭しと掲載されていた。なんもわからん。俺は報告の続きを待った。


魔導鎖まどうさ鑑定の結果から、凡そ9割6分の確率で対象Aは対象Bの血族であることが判明しました。サンプリングは血液、髄液、毛髪、口腔内粘膜等10の箇所からについて行い、いずれも同様の結果を示しています」


 魔導鎖というのは要するに魔法版遺伝子のようなもので、これを調べることでいろいろわかったりわからなかったりする。いや詳しい話は俺も知らん。専門家じゃねーからな……。


「ということは、決まりか」


 ジョン爺さんがふんすと鼻息を鳴らした。女医は軽くうなずいて、話を進める。


「その他の検査結果については報告書7ページ以降に記載していますが、結論のみ述べさせていただけば特別な疾患・障害はなく、すこぶる健康体です。対象Bの提示した条件はすべてクリアしているものと判断してよいでしょう。報告を終わります」


「ありがとうございます。ここまでで質問などは……はい、ティエス先輩」


「おう」


 俺は起立した。


「質問というか確認なんだが。その、今回争点になってるお子ってのは、この報告書3ページの写真のガキって認識でいいのか?」


「ええ、その認識で問題ありません」


「なるほどなぁ……」


 俺は資料を机に放り投げ、天を仰いだ。

 このガキ、いつも中庭で俺に絡んでくる二人組の片割れじゃねーか……!

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