1-10 ティエスちゃんはお姫様の夢を見るか

「姫様はやめてくださいティエス様。どうかわたくしのことはアリナシカ、と」


「は、アリナシカ様」


「様も不要です」


「えー、では、アリナシカ殿?」


「もう、呼び捨てで結構ですよ?」


 どないせっちゅーねん。まさかのVIP登場に頭のまわらないティエスちゃんだ。いや領主家の御令嬢、しかも直系だぞ? なんでこん、なんでこうなった??


「その、えへぇ? ええと、エライゾ卿……御父君はご存じなので?」


 ロミジュリとかお家騒動とかやだぞ俺、巻き込まれるの。アリナシカ嬢は「そのことでしたら」と得意げに胸を張った。豊満なバストがゆっさ…と重たく揺れる。俺は弟が羨ましくなった。

 俺のそんな煩悩をよそに、アリナシカ嬢は続けた。


「すでに父上とは顔合わせも済ませ、その場で承諾をいただいております。まだ成人前ですので、内々にではありますが」


 あ、あのオッサン~~! 貴族の結婚ってもう少しこう慎重に進めるもんなんじゃないのか??? いや、そうだよ貴族だよ。そこんとこどうなってんだよ?


「その……つまりヒョーイはエライゾ家に婿入りするということでしょうか。その、よろしいので? 小官から見ても人間性、能力共に優秀な弟ではありますが、しかし身分としては無位無官のド平民であります。エライゾ家は辺境を任された立派なお家、その、分不相応なのでは……?」


「かまいません」


「うわぁいいきっちゃった」


 おっといけね、つい素が。


「ティエス様、ご心配には及びません。婚儀の際は、わたくしが降嫁する段取りとなっております。ヒョーイに無用なそしりを受けさせるつもりはありませんわ」


「よ、よろしいので?」


「もちろん。そもそも優秀な兄姉たちがおります。わたくしも家督には興味がありませんし」


 うーんなんだろうこの姫様。恋愛脳ってわけじゃないんだろうけどそれにしたって思いきりが良すぎる。ヤベー女の匂いがするなぁ。


「いやまぁ、そういうことでしたら、小官としても否はないのですが……その、本当にヒョーイでよろしいのですか? 御身分を捨てられるほどの男であると?」


「いかにも」


「即答ゥ~~」


 おっとまた素が。ヒョーイを見やると、照れくさそうにはにかんでいる。大物だなあお前は!


「であればもう、本当に何もいうコトはありません。ふつつかな弟ではありますが、よろしくお願いします」


「こちらこそ、不束者ではございますが……」


 二人で頭を下げあってしばし、どちらともなく笑い声が混じる。なんかかしこまるのもバカらしくなってきたな。アリナシカも望んでることだし、ラフに行こうじゃないか。


「おいヒョーイ、紹介するっていいながらお前一言もしゃべってねーじゃねぇか。馴れ初めくらいは語ってもらわねぇとこっちも収まりがつかねぇよ。なぁ、アリナシカ?」


「っ、そうですね。ここはひとつ、ヒョーイにも男気を見せていただかないと」


「え、えぇ~~?」


 アリナシカは少しだけ驚いたようにしてから、悪戯っぽく笑んで嬉しそうにヒョーイの腕をとった。ヒョーイは突然の展開に素っ頓狂な声を上げ、俺とアリナシカはひとしきり笑った。

 ちなみに馴れ初めとしては暴漢に襲われそうになっていたアリナシカを偶然居合わせたヒョーイが助けたことが始まりだそうで、順調に異世界転生ものっぽいイベントをこなしていて俺は半笑いになった。なんか知らんがこれからも事件とかに巻き込まれそうだし、気を配っておくかぁ。


「……じゃあアリナ、僕らはそろそろお暇しよっか」


「そうですね。……ティエス様、もしお邪魔でなければなのですが、また顔を出してもよろしいでしょうか?」


 西日が窓からさして、病室を暖かな橙色に染めている。ずいぶんと話し込んでしまったようだった。


「おう。ま、あと1週間もすりゃ退院だけどな。どうせ暇してるし、いつでも来いよ」


 この段になると、もう口調は砕け切っていた。俺は去り際のアリナシカのささやかな願いに鷹揚に答え、それに一言だけ付け足すことにした。


「それとな、アリナシカ。俺のことも呼び捨てでいいからな」


「っ! はい、それじゃぁまたきますねっ、"おねえちゃん"!」


 なんだこの女!? ベッドの上でなかったら盛大にずっこけていたところだろう。ベッドごとコケるような桂三枝マインドは俺にはない。


「お、おねえちゃんとはまた……」


 スキップするように病室を後にしたアリナシカに、俺のつぶやきは聞こえはしなかっただろう。半笑いで見送る。先に退室したアリナシカを追いかけるように、慌ててヒョーイが戸口へ向かった。


「それじゃねぇさん、僕もこれで。くれぐれもお大事に。それと、ありがとう」


「おう。気ぃつけて帰れよ」


 手をひらひら振る。ヒョーイは人好きのする笑顔を見せて、病室を後にした。実に幸せそうな連中だった。

 俺は急に人気の消えた病室に少しの寂しさを覚えながら、どさりとベッドに背を埋めた。青白い蛍光灯が無機質な光を放っている。この天井ともそろそろお別れか。

 しっかし、まさかお姫様の義姉貴になる日がこようとはなぁ。俺は思いがけぬ二度目の人生に思いをはせながら、まぶたを閉じた。

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