1-9 ティエスちゃんは見舞われる④
「もー、ねぇさんが入院したって聞いたときはびっくりしちゃったよ。母さんなんか動揺して皿を三枚も割っちゃったんだぜ?」
「そっか……心配かけたな……」
「いや、あのねぇさんみたいなのでも入院とかするんだ、って」
「はははこやつめ」
今月の仕送りを6割カットすることに決めたティエスちゃんだ。現在来客対応中。
「そういやヒョーイ、領学校の方はどうだ? うまくやれてるか?」
「父さんみたいなこと言うなぁ。うん、まあそれなりに」
「いじめられたりしてたらすぐ俺に言うんだぞ。強化鎧骨格で突入すっから」
「それきいたら言うに言えなくなっちゃう奴。大丈夫だよ、ねぇさん。というか、俺だってもうすぐ成人なんだから。あんまり子ども扱いしないでくれよな」
気恥ずかしそうにうなじを掻くこいつはヒョーイ。6歳離れた俺の実弟だ。あらまぁこんな生意気いえるようになっちゃって。ついこないだまではこーんなにちっちゃかったのにねぇ(大阪おばちゃん仕草)。いまじゃ線が細いながらも程よく筋肉がついてがっしりとしてきて、俺にそっくりな金髪と碧い目の爽やかイケメンハンサムボーイに成長しちゃってまぁ。前世の自分の容姿を鑑みるに、つくづく遺伝子って残酷だよなぁと思う。
なおヒョーイという名前に憑依という意味はない。無いんだけどぶっちゃけこいつも転生者だ。どーなってんだうちの家族は。
名前が名前だし、以前に神妙な面持ちで「なぁ、前世とか信じる方?」とかまをかけてみたら、「えっなに急に。スピ系にでも染まっちゃった?」とクソ冷静に返されたことがある。なお「スピ系」という概念はこの世界にはない。
俺がかわいらしく小首をかしげて「スピ系……??」とすっとぼけたら、ヒョーイのやつ慌ててとりなしやがったもんな。じつに"らしい"反応で笑っちまいそうになったよ。なんでまあ、確定とみていいだろう。どーなってんだうちの家族は。
「ま、ガッコの勉強で困ってることあったら何でも聞けよ。なんたって俺は大学の次席卒業者だかんな」
「うん。詰まった時は相談するよ」
そんでもね、やっぱり年の離れた弟ってのはかわいいもんなんですよ。ついこうやって見栄も張っちゃう。はにかむヒョーイ。うーん爽やかイケメンスマイル。実弟でなけりゃ味見していたところだ。それくらいの倫理観はあるんですよボクにもね??
「あの、それでさ。学校のこととは別件で……いや別件ってわけでもないか。その……ねぇさんに折り入って相談したいというか、紹介したい人がいて……」
「えっ」
俺は虚を突かれた。ヒョーイの顔を見つめる。もじもじしていながらもどこか覚悟を決めたようなかんばせ。間違いない、こいつぁオンナを知った顔ですよ兄貴。俺は思いのほかショックを受けた。
「結婚するのか……? 俺以外の奴と」
「ブフッ」
ヒョーイは盛大に吹き出した。なんだよぅ。
「いや、ごめん。結婚はまだ気が早いと思うんだけど、お付き合いしてる娘が……てか、なんだよ俺以外って」
「だってお前、ちっちゃい頃はおねぇちゃんと結婚するって……」
「いつの話だよ、もう」
ヒョーイは耳の裏を掻いた。しかし、そうか……あんなちっちゃかったヒョーイももうオトナで、彼女まで作っちゃったと……うーん、喜ばしくもあり、寂しくもありって感じだなぁ。前世だとひとりっ子だったからわからなかったけど、俺はひょっとするとブラコンかもしれない。
「そ、それで? そのお嬢さんは……連れてきてるのか? いま?」
「あ、うん。それがちょっと訳ありで……その、あまり驚かないでほしいんだけど……」
「なんだよもったいぶるなあ。俺はお前の相手がエルフだろうが獣人だろうが、もちろん人間だろうがとやかく言うほど了見は狭くねーぞ。もちろん為人は見るけど……」
「ありがとう。その、くれぐれも大きな声は出さないでくれよ」
最後に念押しして、ヒョーイは病室から出て言った。きっとロビーあたりに待たせていたのだろう。ややあって、再び病室の戸がノックされる。俺は深呼吸を一つして、どうぞと告げた。
「――お初にお目にかかります、ティエス様」
ヒョーイが伴って現れたのは、幅広の帽子を目深に被った少女だった。透明感のある、それでいて凛とした声音は鈴の鳴るような声ってやつだな。背格好からして年のころは同じだろう。身なりはいい。エルフや獣人じゃないな。あいつらの文化様式とはまるで違う服装だ。人間で、それなりにカネのあるやつ特有の格好。ありていに言えば、どこぞの令嬢と言った風体である。
少女はおもむろに帽子を脱ぐと、洗練された所作で礼をする。上げた顔をまじまじと見て、俺は思わず悲鳴が漏れそうになったのを辛うじて堪えた。
「ヒョーイさんと結婚を前提にお付き合いさせていただいている――アリナシカと申します。ティエス様のご活躍は、父から常々うかがっております。此度はご静養中に押しかけてしまい申し訳ありません。お会いできて光栄ですわ」
「えっ、あ、あぁ……えーと」
アリナシカ嬢は華やかに笑んでつらつらと口を回した。言葉に詰まった俺は鋭く視線をヒョーイに向ける。ヒョーイはついと視線をそらした。あっこいつ。くそ、俺は気を引き締めた。なんせこのお嬢さん……
「……いえ、失礼。このように寝台からの御挨拶になること御容赦ください。小官と致しましても、お会いできて光栄であります――姫様」
エライゾ卿のご息女じゃねーか!?
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