1-5 ティエスちゃんは見舞われる③
「あんたもバカねぇ、ほんとバカ。大学の頃からなぁーんも変わってないじゃない。もっと自分大切にしなさいよバカ」
「だぅ~」
「うるせぇなぁ……」
術後1週間が経過し、そろそろリハビリ期間に入るってんでギプスが外れそうなティエスちゃんだ。現在来客対応中。
「だいたいねぇ、あんたはエーテル取扱者の、しかも甲種資格持ちとしての自覚が足りないのよバカ。いっぺん研修受けなおしてきなさいバカ。そんなんで後進に面目が立つと思ってんのバカ。あんたみたいなのが同期で、しかも次席だなんて、わたしの首席としての品位まで下がるじゃないバカ」
「だぁ~」
「しばらく会わねぇうちにバカが語尾になったのか? ずいぶん所帯じみやがってよ、国一の学者になるんじゃなかったのか? シャランさんよ」
ベッドサイドの丸椅子に腰かけているのは、大学時代にしのぎを削りあった腐れ縁の女、シャランだ。だぁだぁ言ってるのはその息子で、母親にしがみつきながら興味深そうに包帯ぐるぐる巻き人間の俺を観察している。かわよ。
しかしシャランのやつ、つんつくつんにとんがっていたあの頃に比べると、重ねた年の分だけ丸くなったようにも見える。まあ見てくれだけで中身は変わっていないようだが。
「せっかく見舞いに来てあげたのに何その憎まれ口! はー、最悪マジさいあくなんですけど。せっかくこの子の顔だって見せに来てあげたのに」
「あぅ~」
「ね~~。ティエスおばちゃんったらひどいわよねぇ~~~」
「言っとくけど私よりお前の方が4つ上だからな。でかいブーメランだからな」
「ぐぬぬ」
勝手に自縛したこいつはこれでも俺を凌ぐほどの天才で、大学の首席卒業者だ。なんだかデカい野望を持ってたはずだが、ガキができるとこうなっちまうもんなのかね。
「……なによ」
「いや、かの天才サマもこうなっちゃ形無しだなってね。旦那とはうまくいってんの?」
「それなりにね。あの人、基本好きにさせてくれるし。たまに女の子のいるお店に寄って帰ってくることはあるけど、まあ? 官僚だから? そういう付き合いもあるわけだし? 寛大な心で許してあげるのも妻の務めじゃない?」
「さよか。せいぜい愛想尽かされないようにしろよ」
シャランは3年前、合コンで知り合った王宮勤めの若手官僚をつかまえて結婚した。俺も男の裏取りに奔走したから断言できるが、超優良物件だ。公私ともに誠実で、変な性癖やヤバイ思想も持っていない。まったく、シャランみたいなやつにはお似合いの男だ。情報部に借りを作ることになったが、まあ祝儀代わりだと思えばいい。おかげで仕事が忙しくなって結婚式には出席できなかったが。
まあそれはともかくとして、こうやって逐一マウント取ってくるのは実にうざったい。
「ティエス……いい機会だし、あんたもそろそろ身を固めたら? 案外悪くないものよ、母親って」
「昔のお前からじゃ、絶対に聞けないセリフだよな」
「茶化すなバカ。あんたももういいトシなんだから、行き遅れても知らないわよ。いい感じの男、いないの?」
ティエスちゃん、御年とってぴちぴちのハタチだが、この国だと15から成人だし、早い奴だと13かそこらでもう子供を産んでいるのだってそう不思議じゃない。こういうとこ、妙に文明のちぐはぐさを感じるんだが、追及はすまい。22を超えれば行かず後家扱いだ。そういう意味ではシャランも割とぎりぎりだったわけで、そこからくる老婆心なんだろうけど、俺にとっては大きなお世話である。
「良い感じの男なぁ……そこそこ以上のやつは何人かいたし、実際味見もしてみたんだが、いざ結婚となるとな。もっと気楽なカンケイで居たいってのが本音だな」
「ちょ、ばっ、バッカじゃないの!?」
指折り数えながら言う俺に、シャランは顔を真っ赤にして怒った。なんだよ、うぶなねんねじゃあるまいに。
「なんだよ、うぶなねんねじゃあるまいに」
「あんたには淑女としての慎みみたいなものはないわけ!?」
「もともと持ち合わせちゃいねーや。だいたい、王国陸軍はフリーセックスだぜ? それくらいしか娯楽がないわけだし……」
「もーやめて! それ以上シスコの前で下ネタ言わないで!」
「あぅ~?」
シャランは息子の耳を優しくふさぎながら言った。当の息子君は不思議そうな目で母親を見てる。可愛いじゃねーかくそぉ。なでなでしちゃお。
「シスコ君も、大きくなったらおねーさんが手ほどきしてやっからなー」
「ぶっ殺すぞ」
「すまんて」
「キャッキャ」
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