悪巧みの精算

 こんな結末があっていいのだろうか?

 放り投げられた際に意識を取り戻したチューズは、現状を見て愕然としていた。

 ここに至るまで、どれだけの保険をかけたと思っている? 神聖国を誑かし、レティア国をけしかけ、王国に残っているジュナを連れ戻す作戦。

 無論、そこに関しては成功した。神聖国の聖女も思った通りに動いてくれた。帝国の第一皇女が王国の英雄と親しく、レティア国を仲間に引き込んだという話も聞いた。だからけしかけ、レティア国を使って王国が動くようにした。

 魔法国家に攻められ続け、理由さえあれば一旦賢者の弟子を引き連れて他所へ逃げるのも想定通り。


 ことが全て終わって、今度は安全策を敷いた。

 王国の英雄が感情に動かされやすい性格をしているのは事前に把握済み。聖女と手を組んで奪還しようと考えるだろうと予測して、ゴールを『チルドレン』のいる施設という中間地点に設定。万が一対抗できるよう魔法士、『チルドレン』だけでなくレティア国まで引き入れた。

 ───にもかかわらず。

 なんだ、この現状はッッッ!!!???


「……さて」


 アレンの視線が、チューズへと向けられる。


「起きてるのは知ってんだ、野郎の寝たフリなんて気色悪い絵面はもうやめてもらおうか」


 気づかれていた。

 向けられるのは、ジュナに見せている優しいものとは打って変わって獣のようなもの。

 そこへ憤りが乗せられ、チューズは反射的に起き上がってしまった。


「確かに俺の目的はジュナの意思を確認して、必要なら連れ戻すこと。この段階で、姫様ヒロイン主人公ヒーローの役目は終わった」


 だがしかし、


「言っただろ、


 逃がさない。

 ステージを降りたとしても、諸悪の根源だけは。


(な、んなのですか……ッ!)


 ここに至るまで、多くの苦難があった。

 魔法至上主義。魔法を上手く扱える者こそが優遇される。

 そんな世界でようやくこの歳で魔術師に至り、エリート街道を歩き始めた頃なのだ。

 それが、たった一つの戦争で全てが泡となり掛けている。


(王国の、英雄……ッ!!!)


 こいつさえいなければ、何事もなかった。

 いや、もしかしたら。ジュナが王国の捕虜となった時に思ってしまった欲が……今の現状を生み出したのかもしれない。


『賢者の弟子……いいサンプルではないですか』


 ずっとほしかった、

 己の知る賢者は離れる者に対して感心を抱かず、捕虜になった時点で賢者の弟子の扱いは放棄する。

 だからこそ、もし取り返しさえすれば賢者の弟子は自分のものとなる───そう考え、漁夫の利を狙うように計画を立てた。


 あぁ、分かっている。


「ジュナを弄ぼうとし、子供達をクソったれな自己満足オナニーの道具にした」


 賢者の弟子を望んだ時点で、


「てめぇだけは、日の下を歩かせるようなことはさせない」


 虎の尻尾を、踏んでしまったのだ。


(どうする!?)


 ここで落ちていくわけにはいかない。

 施設の外がどうなっているか分からないが、アレンがこの場にいるということは少なからず被害はあるはず。

 それを盛り返すためにも、賢者の弟子のサンプルぐらいは確保しておきたい。


(だが……ッ!)


 予想以上の実力を持ったアレン。

 加えて、あの様子だと間違いなくジュナはこちら側にはついてこない。

 両者満身創痍そうではあるが、それは己も同じこと。

 もう、魔法一発が限界な体になってしまっている。


 敵は戦闘に愛された異端児と、魔法に愛された異端児。

 勝てる道理など───どこにもない。


「覚悟はできたか?」


 ゆっくりと、虎の足音が近づいてくる。

 間違いなく、アレンは己のことを逃がすつもりはないだろう。

 王国の英雄は無駄な殺傷を嫌うが、今の雰囲気がその情報を信じさせてくれないほど禍々しい。


(そうですね、覚悟ですね……ッ!)


 覚悟は、被害。

 ある程度の犠牲を被ってでも、地に堕ちるのだけは避ける。

 この命さえあれば、魔術師としてまだ盛り返せる機会などいくらでもあるのだ。

 故に───


「『転移テレポート』!」


 ───チューズは、この場から逃げることを選択した。



 ♦️♦️♦️



「ぜぇ……はぁ……!」


転移テレポート』の魔法はそこまで便利ではない。

 長距離を移動することはできないし、単身のみでしか運ぶことはできない。

 加えて魔力の消費量も激しく、施設の外に逃げ出したチューズは一瞬にして息を荒くしてしまっていた。


(魔力が、底を尽きましたか……ッ!)


 だが、これで逃げ切れた。

 あとは、外で戦っている己の部下とレティア国の人間を何人か使って確実に魔法国家まで戻る。


「い、ひゃひゃひゃ……」


 チューズは上がらない体のまま、地面に向かって狂気じみた笑みを見せる。


「このままでは終わらせません、王国の英雄! この辛苦は必ず、精算させて───」


 だから、気づかなかった。

 這い蹲っているからこそ、分からなかった。


「なーにを、精算するってー?」


 今、この施設の外という戦場には

 そして、代わりに己の目の前から誰かが顔を覗き込んでいることを。

 反射的に顔を上げると、そこにいたのは修道服を着た少女と───


「な、ん……ッ!? 何故あなたがそちら側にッ!?」

「どうしたのかの、わっぱ。そんな奇天烈でお茶の間ウケもせん顔をして?」


 ───、美女の姿があった。


「精算? あははっ! ねぇ、聞いた? 精算だって!」

「まぁ、言うことは間違っておらんじゃろ。思っていた解き方じゃなかったが、結局同じ答えになってしまったというだけじゃ」


 二人の女性は、チューズの内心とは裏腹に獰猛な笑みを見せる。

 そして───


「さて、お主の言う通り……そろそろこの戦争の精算でもしようかの」

「心の準備はいいかな、クソッタレさん。あーゆーれでぃー?」

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