素直になれる理由
オーバーラップ様より、二巻絶賛発売中!✨✨
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油断とも言うべきか。
しっかりと映像を確認し続けていれば、もしかしたらアレンがやって来る前にことを済ませられたかもしれない。
面倒だな、と。チューズは少しだけ頬を掻いた。
「ようこそおいでくださいました、王国の英雄殿」
瓦礫と共に現れた青年。
その姿は五体満足。パッと見ただけで、万全の状態だと言える。
軍を率い出してから一度も負けたことのない、王国の英雄。そんな人間が相手となると、気合いを入れなければならないかもしれない。
しかし―――
(……これはチャンスだ)
賢者の弟子も素体として極上。
英雄も魔術師。多くの戦場を生き抜き、数多の強敵をも倒してみせた逸材。
ここでアレンを倒すことができれば、更に研究が捗る素体が手に入るかもしれない。
チューズの口元に思わず笑みが浮かんでしまう。
とはいえ、慎重にことを進めなければ。
ジュナは、己に関する犠牲には口を挟まない。
逆に、アレンのことに関しては過剰に反応して見せる。
ここで下手に下心を出せば、もしかしたらジュナが回れ右をする可能性がある。
大きく一つ深呼吸を入れるチューズ。
だが、アレンはそんなチューズに目もくれず奥にいる三角帽子の美女に視線を向けた。
「勝手に家出されたら心配するだろ? せめて行き先ぐらいは教えてくれないと」
おどけた調子で口にするアレン。
ジュナはアレンに顔を見られたくないと、柔肌の見える太股を少しだけ露出しながら膝を抱える。
三角帽子を深く被り直し、小さく呟いた。
「……なんで来たの?」
「あ? そりゃ、家出の理由を聞きに来ただけだ。物騒な話を隣人から聞いたんだよ……このままだと、ジュナが危ない目に遭うって」
ビクッ、と。ジュナの肩が跳ねる。
「昨日まで殴り合ってた人間の一言って意外と怖くてな、ある程度確証がほしかったんだよ。ほら、本人に聞けば早いだろ?」
「……聞いてどうするの?」
「そりゃ、お前が笑っていられないんなら連れ帰るよ。誰に文句を言われようとも、ジュナが笑っていられるならそれでいい」
そのために、自分はここにいる。
アレンだけではない。国が違うはずなのに、一人の聖女まで腰を上げた。
すべては、たった一人の女の子が笑顔でいられるために。
ジュナの瞳が一瞬で潤んでしまった。
魔法国家にいた時には一切浮かばなかった涙が、温かくなった胸の内と共に現れる。
「……それは聞き捨てなりませんね」
チューズがアレンとジュナの間に割って入る。
「彼女は元々魔法国家側の人間ですよ。そんないち個人の感情だけで連れ返すなど、どういう理屈で?」
「元々うちの捕虜だろうが、戦争のルール無視して誘拐したのはそっちだろ」
「不当な理由で捕虜にされた仲間を取り返しただけですが?」
「……まぁ、百歩譲ってそういうことだとしよう」
ふぅ、と。アレンが小さく息を吐く。
「だが、てめぇだけはダメだ」
すると、その瞬間———アレンの体が一瞬にしてブレた。
そして、チューズの顔面に雷を纏った蹴りが突き刺さる。
「ばッ!?」
「どの口でほざいてんだ、散々子供を誘拐しておいて」
チューズの体が地面をバウンドして壁へと衝突していく。
真っ白い空間に少しだけ土煙が舞い、薄ら笑いの男が二人の間から消えていった。
「……さて」
アレンはジュナに向き直る。
「もし魔法国家に帰りたいんなら、俺はこのまま引き下がるよ。駄々をこねそうな聖女様に楯突いてでも、捕虜云々の話を捨てでも、俺は回れ右をする」
「…………」
「逆にこのまま進めば笑っていられないんなら、俺はお前を連れ返す。笑っていられる場所ぐらい、俺が作ってやる。まぁ、あいつだけはここで潰しておくがな、子供達のためにも」
さぁ、どうする? と、アレンはジュナに尋ねた。
少しだけの沈黙がこの場に広がる。端で男が起き上がる姿が映ったが、アレンは気にしない。
ただ、ジュナの言葉だけを。
ジュナがどうしたいのかを確認するため、女の子の反応を待った。
すると―――
「……行かない」
「そうか、じゃあ連れ帰るよ」
「ッ!?」
ジュナは思わず反射的に顔を上げてしまう。
「……どう、して? 私は、行かないって……行きたくないって言ったら帰してくれるって……ッ!」
「そりゃ、確かに言ったけどさ。お前、鏡でいっぺん自分の顔を見た方がいいぞ?」
何せ―――
「そんな辛そうな顔をする女の子の
自分がどんな顔をしているのか分からない。
瞳に涙が浮かんでいるのは分かる。けれど、表情だけは見えない。
アレンに即答されるほど酷い顔をしているのだろうか?
いや、それでも。
「……行かない」
「ダメだ」
「……行かないって」
「分からず屋」
「……行かないってば」
自分はアレンを傷つけたくはないのに。
アレンにこれ以上迷惑なんてかけられないのに。
このままもし王国に戻ったとしても、魔法国家が己の身ほしさに戦争を仕掛けてくるに違いない。
そうすれば、王国は日々魔法国家の進撃に怯える毎日を送るはず。
そんなのダメだ。
あんな楽しい空間を壊したらダメだ。
何より……嫌いだと、言ったではないか。
戦争はしたくないと、引き籠って自堕落な生活を送りたいんだと。
それなのに―――
「お前の帰る家は俺が用意してやる。だから、少しぐらいは素直になれ」
―――なんで、
「……私、は」
だからこそ、ダメだ。
「ッ!?」
アレンの背筋に悪寒が走る。
反射的に首を横に傾けると、そこへ火傷しそうな蹴りが現れた。
もしも、首を横に傾けれいなければ、今頃後方へ吹き飛ばされていたことだろう。
「ほんっ、と……分からず屋め」
アレンは頬を引き攣らせ、ジュナから距離を取る。
そして———
「……いいぜ、素直になるまで付き合ってやるよ」
アレンは拳を構えた。
同じく、ジュナも腰を落として拳を構える。
「いくらでもかかってこい、お前が素直になる理由を俺が作ってやる」
「……絶対に、私は戻らない」
同時に二人は地を駆けた。
王国の英雄と、魔法国家の賢者の弟子。
かつて一度戦った相手と、違う気持ちを持って相対が始まる。
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