思想と主義の戦争、閉幕
『魔法国家は魔法の研究のためならなんだってする』
『そっちの話は私達よりもセリア・セレスティンの方が分かるでしょ?』
『私はあの子を追う。あなた達にとってはただの捕虜だったかもしれないけど、私達にとっては国は違っても同じ
結局、アイシャ・アルシャラはそう言い残して去っていってしまった。
見逃したのは、此度の戦争が思想と主義の戦争でなければ、アレン達がこれ以上聖女達をどうにかする理由もないからだ。
あとは、今まで攻められた分をレティア国側がどう受け取り、どう対処し、どこで被害分を補填するか。
そのため、今までの話を受けてエレミスは別の天幕で身内同士話し合っていた。
とはいえ、それはアレン達も同じこと。
拠点としている天幕から少し離れた草原の真ん中。焚火を起こし、三百人の味方の兵士に囲まれながら、アレンはジーッと揺れる火を見ていた。
「いかがなさいますか、ご主人様?」
横に座るセリアがそっと温かい紅茶を差し出す。
「いかがします、って?」
「此度の戦争の話です。聖女様方の話が真実であろうがなかろうが、これ以上お遊戯に付き合う理由はなくなってしまいました」
アレン達が戦争に参加しているのは、思想と主義の戦争の手伝い。
加えて、捕虜を求めて攻めてきた魔法国家とのいざこざに対するほとぼりが冷めるのを待つため。
今、この場にジュナの姿はない。
アイシャの話を考えると、ジュナは魔法国家側に行ってしまったのだろうと考えられる。
ジュナがいなければ、魔法国家が攻めてくることもない。
つまり、アレン達がもう戦争に参加する理由はどこにもないのだ。
あとは、アレンの望む平和な日常へ戻っていくだけ。
「しかしよぉ、別にあの聖女の話がパンドラの箱の中身ってわけじゃねぇんだろ?」
スミノフが胡坐をかいて、頬杖までつきながらセリアに尋ねる。
「敗走に対する苦しい悪あがきからきた出まかせって線もあるんじゃねぇか?」
「一理ありますね。今のところ、聖女様の発言に確証も確信もありません。強いて言うのであれば、この場にジュナ様がいないことでしょうか?」
どことなく空気が重い。
それは兵士達も感じ取っているのか、皆一様に沈黙を貫いていた。
「ですが、まぁ……魔法国家がどのような場所であるかは、分かりすぎて怖いですけどね」
セリアが片目を押さえる。
魔法国家がどのような場所か。きっと、アイシャや神聖国の人間達よりもセリアの方が一番よく分かっているだろう。
分かりやすい犠牲者、魔法国家の闇の話。
研究のためであれば、素体の尊厳や肉体など些事にしか思わない探求に囚われた息苦しい場所。
だからこそ、セリアはあまり深く言いたくはない。
しかし、これからの行動指針のため———アレンの傍に居る者として、口を開かないわけにはいかなかった。
「これから起こせる行動は二つ。王国へ戻るか、我々の捕虜を取り戻しに行くか」
セリアが指を立てる。
「捕虜を取り戻しに行けば、間違いなく戦争は確定です。とはいえ、せっかくの捕虜を失ってしまうのは痛いですが、回れ右をすれば最低限今回は帝国の皇女様より確かな利益をもらえます」
どうせ、ただの捕虜。
これまでずっと攻められてきたのだ、手放したところでもったいないがそこまで痛い損害ではない。
現実的に、損得だけを考えるのであれば、圧倒的に前者だ。
セリアの言葉を聞いて、皆がアレンの反応を待つ。
そして———
「……セリアの言う通りだな」
アレンは、ゆっくりと口を開いた。
「所詮は捕虜。魔法国家との巨大な交渉材料ではあるが、俺達が粘る必要もない。兄貴にはぐちぐち言われるだろうが、ここで命を張るほどのものじゃねぇ」
「では……」
「けどさ、あいつ言ったんだよ」
ふと、アレンは同じ月明かりの下で話した時のことを思い出す。
『……ふわふわするの、一緒にいると。戦っている時はワクワクして、この人と戦うのは楽しいって思ってた。でも、それだけじゃなくて……一緒にいるだけで、胸がポカポカする』
一緒にいて楽しい。
王国に足を運んでよかったと、魔法国家は息苦しい場所なのだと。
もしかしたら、自分の扱いを酷いものにされないようアレンの情を誘っていただけなのかもしれない。
アイシャの話も、そもそもが詭弁を並べて見逃してもらうための嘘だったのかもしれない。
審議は、ここで話し合ったところで本人がいないのなら確かめようがない。
それでも―――
「嘘かどうかなんか、会って直接確かめてやればいい」
アレンは皆の注目を集めながら、立ち上がる。
そして、一つ大きな背伸びをしてみせた。
「辛気臭く暗い雰囲気なんて俺には似合わねぇな。俺はシリアスな舞台にキャスティングされるような役者じゃねぇんだ。ここは俺らしく、俺達らしいことをしよう」
王国兵全員が、アレンの言葉に耳を傾ける。
その姿は、何かを待っているかのような。やがて、兵士の期待に応えるかのようにアレンがきっぱりと言い放った。
「もし、二人の言葉が真実なら……女の子が一人泣くかもしれねぇ。だったら、俺達馬鹿は悲劇のヒロインのために拳を握るだけだ」
『『『『『うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!!』』』』』
野郎共の雄叫びが夜空の下に響き渡る。
『流石は大将、よく言った!』
『大将が言わなきゃ、俺は退職届を出していたぜ!』
『そうだ、魔法使いの美女を見捨てて我が家に戻るなんてあり得ねぇ!』
ご近所迷惑考えず、待ち侘びた言葉を受けて重苦しい空気は霧散した。
誰もが、少しばかりの付き合いしかないはずの女の子のために立ち上がる。
分かっている、これは阿呆なことなのだと。
現実的に、冷静に考えればただ損をしに足を運ぼうとしているだけ。
しかし、そこにもし女の子の涙が現れるのだとすれば。
どこまでいっても、馬鹿は追いかけて手を差し伸べたくなるのだ。
「ってわけだ、すまんなスミノフ」
「気にすんじゃねぇよ、大将。俺は戦えればそれでいいし、そもそも大将のそういうところが気に入ってるんだ!」
スミノフは豪快な笑みを浮かべて手を振る。
その姿に口元を緩めると、今度はセリアに視線を向けた。
「セリアもごめんな? またご令嬢には似合わない戦争だ」
「ふふっ、何を仰いますか……他のレディーのためにかっこいいお姿を見せるのは妬いてしまいますが、そういうところをお慕いしているのですよ」
お淑やかな笑みを浮かべ、セリアもまた立ち上がる。
これ以上、問答はいらない。
スミノフも、王国兵も続くようにして腰を上げ、アレンは先に歩き出す。
「さぁ、息苦しい世界から
敵は、魔法国家。
大義なんて、捕虜を奪い返すでもなんでも構わない。
今回のお話は、最初から最後まで変わらないのだ。
泣いている
「さーて、妾らはどっちの側につくかのぉ?」
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