空白地帯鉱山奪還戦、終幕

「お、おぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!???」


 雷が迸ったその瞬間、男の悲鳴が響き渡る。

 辺りに目の眩むような光が見えたかと思えば、決して嗅ぎたくもないような焦げ臭い匂いが充満した。


 いや、確かにその部分も驚くことは分かる。

 しかし、それよりも―――


「あ、れ……?」


 ティナが首筋を触った瞬間、男の焦げた腕がボロりと崩れた。


「……消えてる」


 呪印の解除方法などアレンに分かるわけもない。

 何せ、そもそも他人に使用する機会などなかったし、使用しようとも思わなかったから。

 ただ、腕に刻まれているのならその腕を落としてしまえばいい。

 呪印は連動するもの。片方が消えれば片方も消えるのは道理である。


「な、ぜ……ッ!?」


 男は崩れた腕を押さえながらアレンを睨む。


「ここで王国側が戦争に参加する理由はないはず! なのに、どうして私をッッッ!!!」

「短絡的思考になってんぞ、ジジイ。その発言は必要な問答か?」


 アレンは小さく息を吐いて肩を竦める。

 睨まれていようとも、ただただ臆さず見つめ返す。


「そりゃ、聖女様が「戦争をやめる」って言えば俺達が戦争をする理由はない。連邦はともかく、俺達が戦ってたのはあくまで妹さんを助けることで、加えて聖女様のお願いを叶えてあげるためだ」

「だったら……ッ!」

「ただ、俺らが戦争をするのはそれがきっかけであってじゃない」


 アレンは少し離れた場所にいるソフィアを一瞥する。

 そして、ゆっくりと男の近くへと足を進めた。



「笑ってほしい……ただ、そんだけだ」



 聖女であるソフィアにやめろと言われてやめるのか?

 それが笑いながら言ったものであれば、アレン達は大声を上げてやめただろう。

 しかし、口にされた言葉は震えており、泣いていたのだ。

 そんな言葉を聞けるか? また泣かせてしまうと分かっているのに?

 それこそあり得ない―――アレンが拳を握っていたのは、あくまでソフィアが笑ってくれることなのだから。


「教皇戦なんか知ったことか。俺は政治云々は兄妹に任せてあるんだ……だが、チープな質問に対する解答はできたかね?」

「こ、の……王国の雑兵がッ!」

「その雑兵の力量を見誤るから物語のクライマックスが一瞬で終わるんだろうが。これじゃあ賢者の弟子と戦っていた時の方が熱かったよ」


 だからもう喋るな、と。

 アレンは祭服の男の顎めがけて蹴りを放った。

 それを受けて男は今度こそ地面へ倒れ込んでしまう。

 その姿を目撃した聖騎士である二人が、それぞれ自分の主人の下へと駆け寄った。


「「聖女様!!」」


 主人であるティナの命が弄ばれないのなら、ザックと戦う必要もない。

 加えて、倒れている男に加担する理由もなくなった。

 安堵がいっぱいになっている聖騎士に囲まれたソフィア。彼女はおぼつかない足取りでザックの側を離れると、最愛の妹の方へと向かった。


「お姉、ちゃん……」

「ティナ……」


 姉の顔が視界に入る。

 その瞬間、ティナの目元に大きな涙が浮かび上がった。

 そして、衝動の赴くままソフィアの胸へと飛び込む。


「ごめん、ごめん……なさいっ! 私が、ついて行ったりしなかったら……ッ!」


 泣き出し始める妹の頭を、ソフィアは優しく撫でる。

 慈しむように、安心させるように、自分の喜びを体現するかのように。


「よかったです、本当に……よかったですっ」


 そんな光景を見てアレンはホッと息を吐くと、祭服の男の襟首を掴んで足を進める。

 呆気なく最後は終わってしまったが、今の二人は明らかにエンディングに相応しい。

 感動の再会。妹を助けるために遠い地へとボロボロになりながらも進んだ少女が報われる瞬間。


(……あの姿さえ見られれば満足だろ)


 せめて、うちの人間にこの光景を見せてやりたかったと。

 アレンは笑みを浮かべながらも男を引き摺ってその場を離れようとした。

 込み上げるのは安堵。

 加えて、引き摺っているこの男をどうするべきかと悩ませる思考であった。


(さーて、こっから楽しい楽しい下山祭りかねぇ? さっさとセリア達に合流して温かい毛布とふかふかの枕に顔を埋めた―――)


 その時だった。

 パフっ、と。アレンの背中に温かい感触が襲い掛かる。


「アレン様……」


 ソフィアが抱き着いてきたのだと理解するのにそれほど時間は有しなかった。

 かっこよく黙って立ち去ろうとしたんだがと、アレンは苦笑いを浮かべながらソフィアを離して向き直った。


「どうした、聖女様? あんまり甘えん坊さんだと、妹に失望されちゃうぞ?」

「あ、あの……その……」


 何かを言いたそうにするソフィア。

 言いたいことはいっぱいあるのに、なんて紡いだらいいのか分からないといった様子なのは見れば分かった。

 アレンは仕方ないなと、ソフィアの目線に合わせてそっと頭に手を置いた。


「もしも、こんな見た目の俺にお礼でも言いたいんなら前置きなんかいらねぇよ」

「ッ!?」


 白馬の王子様が現れた時に投げかけてくれる言葉など多くはいらない。

 たった一言。それだけで―――


「ありがとう、ございます……」


 王子様ヒーローは、報われる生き物なのだ。


「ありがとうございますっ! 妹と……私を助けてくれてっ!」


 ソフィアの嬉しそうな満面の笑みが向けられる。

 先程の顔など比べ物にならない、心の底から湧いてきたのだと分かる顔。

 それを受けて、アレンの胸の内には確かな達成感が込み上げてきた。


(ほんと……男って損な生き物だよな)


 たくさん傷ついて、目に見える利益なんかなくて。

 それでも、女の子の嬉しそうな笑顔を見られただけで満足してしまうのだ。

 難儀……以外の言葉がどこに浮かぶ?

 アレンはもう一度苦笑いを浮かべながらも、ソフィアの目元に浮かんだ涙をそっと拭った。



 ―――ソフィアという聖女を手に入れるために始まった戦争。


 ここで一つ、本当の意味での幕を下ろす。







「あのっ! 腕……腕、治しますっ!」

「うっそ、治せるの? 超助かる! しっかり締めてかっこよく終わらせようとしたんだけど本当に痛かったのよさっきから!!!」

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